第2話
「だからさ、どうしようもなくて逃げた人を助けることにしたんだよね」
ミティさん自身、数年前にハディさんに救われたのだと言う。
「ミティさんも……払ったの。その」
「払ったよ。私の場合は首の皮」
今は何の痕跡もない綺麗な首をペタペタと軽く叩いて見せる。奴隷商人や主が焼き印や入れ墨を入れるとき、隠しにくく、取り除くときに躊躇うような場所にわざといれる。
皮を取り除きながら治癒の魔法で傷を塞いでいく。それでも痛みを取り除くことができないため、処置を受けるものは地獄の苦しみを味わうそうだ。
ハディさんはどうだろう。
彼女も代償を払ったのかな。
そのとき、小さなふた付きの桶を抱えたお婆さんがテントから出てきた。帰るところらしい。
「また、宜しくね」
「あぁ、いつでもいいよ。用ができたら呼んどくれ」
ハディさんはお婆さんを見送ったあと、隣り合わせで店に座る私たちに気がついて顔をしかめる。
「教えたね。言わなくても良いことを」
人のためになる事をしている。そうかもしれない。だけど、見つかれば法のもと裁かれる行為でもある。もし、気づかれたとき、知ってて加担したのと知らずに利用されたのでは罪の重さが違うのだ。
それを考えて、ハディさんは私になにも言うなと言っていた。
「巻き込まなくてもいい奴を巻き込むんじゃないよ」
「ルビーは大丈夫だよ。帰る国があるんだから。それよりオーヌは?」
「気絶してそのまま寝てる」
「その方がいいよ。ハディも少し眠った方がいい」
顔色の優れない彼女をミティさんが気遣う。
「店の番はあたしがするから」
「おや、お優しいこと。じゃ遠慮なく。昼になったら交代するよ。《失せ物探し屋》にいくんだろう?」
力なく微笑むと、ハディさんは私とミティさんの頭をポンポンと交互に撫でた。それが済むとテントの奥の寝台へ戻っていく。
疲れたんだろうな。
それから昼までの間、何事もなく時間は流れていった。
店先はいつものように賑わいをみせ、私もミティさんも客の対応に追われていた。忙しくしていられるのは正直助かる。朝から色々あり過ぎて、考え始めたら頭がパンクしてしまいそうだったから。
オーダーを聞いて、袋に詰めて、お客に渡す。お金の勘定は出来ないので、それはミティさんに任す。単純な作業に没頭していると、落ち着けるような気がした。
「私も何か手伝えないかな?」
気が付けばオーヌが近くに立っていた。
先ほど大変な目にあったばかりなのに、店先でお手伝いするなどさせていいのだろうか。私が戸惑っているとミティさんが、彼女に紙袋を差し出した。
「ん? じゃあ、そっちのアンズを一袋黄色のスカーフの夫人に渡して」
オーヌのそばに置かれているオレンジ色のドライフルーツの麻袋を指さす。
「任せた~」
と言ったきり、他のお客の対応に回る。
オーヌは嬉しそうな顔をして、袋に手際よくアンズを詰めるとスカーフのご夫人に渡した。
「大丈夫?」
手を動かしながら、気遣わしげに言うと。
「全然平気です。傷も治ったし。今は何かしていたいんです」
と、ほほ笑む。強いんだ。
やっぱり一人増えると仕事が楽だ。
ミティさんが会計をし、私とオーヌが袋詰めしてお客に渡す。流れ作業が板についてきたころ、ハディさんが店先に出てきた。
客足が引けたタイミングで私たちに休息を促す。
「お疲れ~。偉いじゃない。いい売り上げよ。はい。これはお給金。」
と、小さな革袋をそれぞれの手のひらへ載せていく。
「ミティ。あんたは無駄遣いするんじゃないよ」
「はいは~い」
念を押されているそばから『ピアスでしょ~、サンダルでしょ~』とほしい物を指折り数えている。それとは対照的に、硬貨の入った袋を捧げ持ったまま固まっている私とオーヌを見て、ハディさんが『どうした?』と聞いてきた。
「少なかったかい? 相応の額だと思うけど」
「そうじゃないんです。お世話になってるのに、お金までもらうのはどうなのかなって」
こちらの世界に来てからというもの、ハディさんには『衣・食・住』全て頼りっぱなしなのにお金をもらうのは悪い気がする。
オーヌも革袋を返すように差し出しながら下を向く。
「私も逃げ出す時に払ったお金が少なかったのに、お給金もらうなんて」
テントで見つかった時に持っていたシミだらけの革袋は、助けてもらうときに渡すお金だったらしい。奴隷の身でそれこそ爪に火を点すように貯めたであろうお金はそう多くない。
オーヌは足りなかったら働いて返そうと思っていたようだ。
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