ハードル上がりました

第1話

華々しい見送りをうけ、俺たちは、意気揚々と砦の町 《セグローク》へ続く街道を進んでいた。いい天気。気候も暖かい。

王都を囲むいちばん外側の壁を出てしまうと、そこは見渡す限りの草原だった。所々に白い花を咲かせる大きな木が点在する以外は他に何もない。街道といっても王都を出てしまえば舗装してあるわけでもなし、草の生えていない茶色く埃っぽい道が、どこまでも続いているといったようすだ。


「ナットさん。今日はどこまでいけるの?」

「とりあえず、私の家まで行きます」

「え? ナットさんのお家?」

「はい。この平原を抜けた森の近くにわたくしの家があるんです」


ナットさんの家は代々、森と平原に挟まれたあたり一帯の地を与えられ暮らしてきたそうだ。なんでも王様の御先祖がこの国を切り開いたときに、お伴のひとりとして付いてきたのが一族の始まりなのだとか。


今は穀物や果物、染料になる草を育てて平和に暮らしているらしい。


そんな話をしていると、テールが突然足を止めてしまった。

ナットさんが手綱で促しても動こうとしない。足でも痛めたのかとようすを見に行った彼が、困ったようなうなり声をあげた。


「やっぱりケガしてるの?」


俺も馬車から降りてナットさんのそばへ行った。テールと彼の視線の先に、何やらうごめいている物体がある。浜に打ち上げられたクラゲに似た透明な生き物が、三つほどブヨブヨと体をゆすって居座っていた。それほど大きくは無い。でも、サッカーボールくらいはある。


「ナットさん。あれ何?」

「スライムです」

「スライム?」

「えぇ。モンスターですよ」


あらゆるゲームで、その名を聞かないことはないくらい有名なモンスターと、初顔合わせですよ! でも、道端に特大のゼリーを落としてしまったといわれても納得してしまいそうな、何の変哲もない姿だ。

あまり感動はない。


「彼らは、比較的おとなしいモンスターです。

こうして道に落ちている果物や、死骸なんかを食べて生きています。掃除屋さんですね。ただ厄介なことに、家畜がうっかり踏み潰したりすると、酸性の体液でひづめや皮膚が荒れてしまうんですよ」


「それでテールは止まったんだ」


――賢い動物だな。


テールは自分が褒められているのに、分ってないのか、まつ毛の長い眠そうな目でモグモグ口を動かしている。


「どうするの? やっつける?」


俺がゲーム的発想でナットさんに聞くと。


「いえいえ。そこまでする必要は無いですよ」


と言って、馬車の荷台からリンゴを2~3コ持ってきた。

ナイフで半分に切り分けると、爽やかな甘い香りがあたりに漂う。

その匂いにつられるように、先ほどまで道端で伸びていたスライムたちが、匂いの元を探ってぬるぬると動き出す。


「彼らは目が無い分、嗅覚と触覚が優れているそうですよ」


そういいながらナットさんは、街道脇の草原にリンゴを投げ入れる。スライムたちはそれを追って道の真ん中から姿を消した。


手に残った最後の1切れを、御褒美としてテールに差し出す。テールは相変わらず眠そうな顔のまま、のんびりとそれを咥えた。


「倒して持って帰ってもいいですが、頑固な汚れ落としくらいにしか使えませんよ?」


漂白剤かよ。

洗剤確保してもこの先使う予定は無いので止めておこう。


再び馬車に乗り込み道を急ぐ。

またスライムにあったら、食料がいくらあっても足りなくなってしまうから。


移動中することも無い俺は、スライムの話題が出たついでに、もっと詳しく教えてもらうことにした。


スライムは齢を重ねるごとに大きくなる。

最終的には、ナットさんくらいになるそうなのだが、そこまで大きくなると《分裂する》か《縮まる》かのどちらかの成長を選ぶそうだ。スライムに雌雄はなく、分裂して増える。


収縮を選んだ奴は、最初のサッカーボールくらいまで縮んで、うっすら青みを帯びるそうだ。そしてまた、大きくなって分裂か収縮を選ぶことになる。


収縮を選び続けたものはどんどん青くなり、その色に比例して酸性が増す。色が濃ければ濃いほど危険な体液の持ち主なのだそうな。倒すのは簡単だが、まき散らされる体液に十分気を付けないと、ひどい火傷を負う羽目になる。


ただ、このようにして収縮を繰り返し色の濃くなったスライムは体内に結晶が出来る。これは大変高価な宝石として扱われるため、スライム狩りをする者が後を絶たないという。ナットさんの村でも、若者の間でちょっとしたおこずかい稼ぎとして流行っているそうだ。


「危ないから止めて欲しいんですけどね。死骸はきちんと埋めないと、踏んだ者がケガしますし」


と、ナットさんはため息をつく。

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