カラスの野営地とトロル
第1話
俺が恥ずかしさに居たたまれない気持ちで俯きっぱなしなのを他所に、ククーはどんどん暗い森の道を先に立って案内していく。
いつまで凹んでいるのかって?
俺の気が済むまでに決まっているでしょ!
立ち直りが遅いって?
立ち直っていましたよ! 少し前まで!
所詮無様なところを見られたとて相手は男だ。
減るもんでもなし! と、開き直った半時前のこと。
「エルフの皆さんはどこら辺に住んでるんですか?」
「もっと奥の方」
アバウトにあっちと指差すけど、土地勘のない俺にはさっぱりわからない。
「ククーさんもカラスなんですね」
「そう」
「助けてくれてありがとう」
「仕事だから」
話が続かねぇ。
あまり喋りたくないのか、それとも無口な性格なのかククーは話を振っても広げてはくれない。
めげるな俺! と自分を鼓舞して何とか話をしようともがく。
そんなに迄して喋らなくとも良いじゃない。
うん。そうだね。
でも、ついさっき凄惨な現場を見ただけに何か喋っていないと不安なんだよ俺は!
「ククーさんはコルージャさんの家族?」
「まぁ」
「コルージャさんの弟さんなの?」
「姪だ」
姪!?
姪って確か女子だよな?
俺は初めて会ったエルフの女子の前で
いや、まてよ。その前の女神の前でも失態を犯していたわけだ。
更にはその父親の神の前でも同じく。
俺は凹みのループへ嵌まり込んだ。
だってある意味『父と子と聖霊』の名のもと……もとい。
『父神と女神とエルフの御前』で失態を演じる3コンボなわけですよ。
あぁ、はい。
そうですね。やっちまいましたよ。
俺の無様っプリが異世界の多種族の皆様に知れ渡ったわ!
俺が顔を赤くして黙っていると、何か察したのかククーさんが。
「大丈夫。見えてなかった」
ーーえっ!? それって小さすぎて?
そして今に至る。
そうこうしているうちに、エルフの野営地に着いた。
生い茂る蔦の影に大きな葉や枝を組んで建てられた天幕は、ククーさんにこれと示してもらうまで俺には分からなかった。ナットさんが言っていた事を今更ながら実感する。なるほど、俺の目では探せないわけだよ。
入り口の幕を開くと八畳ほどの空間が現れ、中央で焚かれた火の傍に、額に包帯を巻いたナットさんが座って休んでいた。
「ナットさん!」
俺が走り寄るとナットさんが嬉しそうに両手を広げた。
「あぁ! マサル!」
「ナットさんが無事でよかったよ!」
「無事でよかったではありません! 何処に行っていたんですか! 夜に独りで出歩くなんて何を考えているんですか!」
頭から湯気が出そうな勢いでナットさんが怒っている。
ゴブリンが襲ってきた時には無我夢中で応戦したが、所詮多勢に無勢。押されているところにククーが加わりどうにか襲撃者を撃退したらしい。その後慌てて俺を探したのだが、居ないと分かったときは生きた心地がしなかったそうな。
「連れ去られて食べられていたらどうしようとか、本当に心配したんですからね!」
「ナットさんごめん」
違うところで、ケルピーに食べられそうになっていたけれど--流石に今は言えない--ちゃんと無事でいたからそんなに怒らないで。
毛を逆立てて、黄色い団子のようになっているナットさんに謝り倒す。何はともあれ、俺の無事を確かめられたナットさんは、すんなり怒りを納めてくれた。
その代わりに、少しごわごわして血で茶に変色した頬を俺の腹に擦り寄せてきた。ギュッと腰を抱き締められる。
『良かった。本当に良かった』と、繰り返される呟きに、ナットさんをどれだけ心配させてしまったのかが感じられて、罪悪感に俺の心は沈んだ。
「本当に大丈夫だから。ごめん」
包帯の巻かれたナットさんの頭を撫でながら、ひたすら謝るしかなかった。
ムスタルト王国の中央を占める広大な森は、様々な生き物が生息している。神や霊獣、魔物の類いから普通の鳥や動物まで、それこそ何でもありらしい。そんな不思議の森で、それぞれの種族はお互いの範囲が重ならないように生きている。それが最近トロルが入ってきたせいでバランスが崩れているらしい。
「彼らはたくさん食べるからね。ゴブリンの生息圏を荒らしているらしい」
「そのせいで、未だ浅い森の縁までゴブリンが現れるようになった」
それでコルージャとククーは、見回りの回数を増やしているらしい。
何それ、すごく迷惑。
だいたいトロルは何処から入ってきたの?
「本来ならもっと岩の多い北の渓谷付近に住んでいるはずなんだけどね」
突然何の前触れもなく、群れの一つが移動してきたらしい。湧いて出たかワープしてきたみたいに。
待てよ。ワープ……。
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