6. 腐女子の強烈なフィルターは性別を超える




 吾輩は夕方の商店街を闊歩していた。

 丸裸に近かった毛皮は少し伸びて、野球少年みたいなマリモ坊主頭の長さ位には毛が生え揃ってきている。

 とりあえず1週間、真弦の家で引きこもっていたのだが、野良出身はいかんせん退屈過ぎたのだった。

 久しぶりに散歩を楽しんでいたら少々時間を忘れてしまったようだ。そろそろ、真弦も学校から帰ってくるだろうし家で迎えてやらねば……。


 家路につこうと踵を返すと、向こうに制服姿の真弦と美羽が見えた。

 美容室に入る。

 たしか、『ヘアーサロンきさらぎ』で美容師見習いがカットモデルを募集していたみたいだな。どちらもロングヘアだし、暑いからタダで髪を切って貰うのかな?


 美容室ってガラス張りになっていて店内が見えるんだよな。

 真弦がどんな頭になるのか店の外で観察させてもらおうか……。


「あらートラ坊ちゃん! 見ないうちにスッキリしたのねー」


 美容室の外で中の様子を観察していたら、アフロヘアで年齢不詳の女店主の如月に見つかった。吾輩、ここでは『トラ坊ちゃん』と呼ばれている。


 どんな時でも始終笑顔の女、如月に出会いざま抱き上げられた吾輩は無条件に顎をもふもふされる。


「この頃暑いものねー。トリミングも大切ね」


 今日の如月は暇らしいな。店内に客は真弦と美羽だけだ。接客は如月の弟子が二人でやっているようで。弟子のうち一人は見習いと言う訳か。


「玉五郎、こんな所にも来てるのか」


 真弦が、如月に抱っこされている吾輩を見つけて店の外に出てきた。

 なんだ。真弦は今カットしないのか……。


「あら、この子、玉五郎っていうの?」


「ええ、うちの子です」


 名前の事はどうでもいいんだ別に。吾輩は何と呼ばれようとも吾輩であるのだから。

 真弦に吾輩の飼い主だと肯定してくれたのは少し嬉しいかな。





「今日は予約も入って無いし、猫ちゃんも一緒に入れていいわよ」


 如月は上機嫌で吾輩を店内に招き入れてくれた。


 真弦は麦茶とお菓子を待合ブースに用意されて寛いでいる。同伴の吾輩もちくわを用意されて、一緒にくつろぐ事が出来た。しかし、おまけでおしゃべりな如月がくっついているのは仕方が無い。

 彼女らは最近ワイドショーを騒がせている猟奇殺人犯の話題で盛り上がっていた。


 そんな時、


「ええー!? 勿体ない」


 向こうで如月の弟子達が騒いでいる。

 美羽に何かあったのか?


「大丈夫。バッサリ切って下さい」


 美羽は凛とした佇まいで椅子に座って、頭にタオルを巻かれ、全身をカットクロスに巻かれ、ててるてる坊主みたくなっている。

 自慢のロングウェービーヘアを短くしてしまうみたいだ。


「本当にいいの? マジでやっちゃうよ?」


 美容師見習いの子は、鋏を持って震えている。真弦達と同じくらいの年の頃だろう。美容師にしてはすげえ若い。多分、高校に進学しないで美容室に就職したんだろうな。


「高山、怖がるな! 頑張れ、こんな長さの髪をベリーショートに出来るなんて滅多にないんだからね!」


 先輩の美容師のおねーさんは、横でアシスタント兼指導を務めるようで、美羽のヘアカットを務める高山を少し離れた場所で見守っている。

 ベリーショートだと!? 美羽に何か心境の変化でもあったのだろうか?


「高山さん、友達の髪を気軽に切る感じでいいから。気軽に気軽に」


 高山、客の美羽にも励まされている。


「……僕、頑張りますね!」


「へー、高山さんってボクっ子なんだね。うちの学校でも漫画好きな子でそういう子いるんだー」


 美羽は見習いの高山の緊張を解そうとあれこれ話す事にしたみたいだ。同年代みたいだし波長が合うのかも知れない。

 美羽の髪をカットしている高山の緊張は少々ほぐれた。


 美羽は高山の事女だと思っているみたいだが、コイツ匂いからして男だぞ。顔は綺麗な女の子みたいだけど。美羽って肝心な所あんまり気にしないみたいだな。


 次第に短くなっていく美羽の髪を待合で観察している真弦はいいネタが思いついたのかニンマリほくそ笑んでいて気持ち悪かった。おそらく、美羽を男に見立て、美容師の高山といちゃつく妄想でもしているんだろう。腐女子フィルターってすげえな。

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