13. クレイジー礼二とピーピング猫





 吾輩は飼い主の真弦の為に、美羽との和解策を考えた。

 猫のモフモフの毛で美羽を癒して心を解し、それから真弦が謝罪すればあっさりと元の仲に戻るのではないかと。

 で、残された対策と言えば……。


 確か礼二の部屋って半開きだったよな?

 美羽の部屋と隣りだから壁伝いに何とかならないかな?


 そんな軽い気持ちで吾輩は礼二の部屋に入ってみた。


「ニャー(お邪魔するよー)」


「…………」


 礼二に返事は無く、ベッドの上で美羽の部屋の方向を空虚に見つめながら正座し続けている。

 もしかして、礼二、美羽に「動かないで」って命令されてじっとしているのか?

 妹の言う事しか聞かない性質故に、物凄く哀れな奴だ。


 部屋を見渡すと、小学生の頃から使っているだろう学習机にパイプベッド、木製の箪笥しか目立った家具は見当たらない。壁面は実妹の美羽の隠し撮り写真で埋め尽くされ、天井まで美羽の写真が飾られていた。……ああ、美羽の成長ぶりがこの部屋でいっぺんにわかるな。吾輩の正直な感想としては、わー気持ち悪ぃしか出て来ない。


 窓を開けて隣の窓に飛び移ろうか……どうしたものか……。


 礼二の気持ち悪い部屋で考えあぐねていると、天井の端に違和感を感じた。

 写真の貼られていないスペースがあって、人間一人が座れる座布団程度の大きさで真四角く空間が出来ていた。あからさまに怪しいし何かありそうだな!


 吾輩はここに何かが隠されているのではないかという好奇心が湧き始め、学習机によじ登って作り付けの本棚に後ろ足を掛け、怪しい四角い空間目掛けてジャンプした。


 ガン! 手応えを感じ、吾輩が天井に衝突した衝撃で天上の四角い空間が動いて隙間が出来た。


 天上収納? そんな疑問を抱いていると、音で我に返った礼二と目が合った。


「わーっ! 糞猫、いつの間に俺様のプライベートスペースに入りやがったんだ!?」


 吾輩を追い出しかねない形相でベッドから立ち上がり、枕を武器にして投げつけてきた。


「……!」


 枕は当たらなかったけど、びっくりして空間の隙間に入り込んでしまう吾輩である。


「うわあああああ! 糞猫! そんなとこに入るんじゃねえええ!」


 礼二は美羽の命令を破って動きだし、吾輩を追いかけるように天上の板を押し上げた。





 天井の上は柱や木材がむき出しになっており、真っ暗である。

 収納スペースだと一瞬勘違いしていたが、どうやらこの天井の上は礼二が勝手に穴を開けて秘密の空間を作っていたみたいなのだ!


 美羽の部屋の真下辺りなのであろう、その天井板に複数の小さな穴があるのを真っ先に発見してしまった。部屋の光りが漏れてきて丸判りなのである。

 礼二め、ここから美羽のおはようからおやすみまで暮らしを見つめていたりしてそうだな。


「この糞猫め! 今すぐ皮を剥いで三味線にしてやるから覚悟しろよ」


 工作用の大きめのカッターを握りしめた礼二が狂った瞳をしながら天井によじ登ってきた。

 まずい! 思い詰めた礼二なら吾輩の皮を剥いで惨殺しかねん……!


 吾輩は毛を逆立て尻尾を立てながらずりずりと背後に下がった。

 わああああ! 行き止まりだよー!


 そんな大ピンチな時、美羽の部屋から彼女の声が漏れ聞こえてきた……。


「どうして勝手に部屋に入って来るの? 大っ嫌いって言ってるじゃない!」


 美羽は勝手に部屋に入ってきた真弦に対して半狂乱で怒鳴っている。

 やっぱり真弦に彼氏みたいな存在が出来た事にご立腹の様子だ。


「美羽……!」


 不意に礼二の動きが止まり、注意が吾輩から逸れて近くの穴に向かって飛び込むように静かに下界を覗きこんだ。よっしゃ―! 吾輩の命は美羽の怒声で繋がったみたいだ。


 そういや下界はどうなっているんだろう?

 真弦が美羽の部屋に来たっていう事は、覚悟が決まって何かを伝えに来たのは間違いないだろう。





 天井に潜む形となった吾輩と礼二は息を殺して下界にいる美羽の様子を伺う。

 美羽に拒絶をされた真弦は毅然としてドアを開け放ち、美羽の部屋にずかずかと上り込んだ。さすが図々しい性格を貫く我がご主人様である。


 真弦は黙ってドアを閉め、泣き叫んで半分混乱している美羽と対峙する。


 部屋の中は美羽の性格を表したピンクが基調の調度品で占められており、天井から所々薄いオーガンジーやレースの布が垂れ下がっており、ベッド周りが特にお姫様の様に飾り付けられている。成程、天井から布が垂れてたり装飾されているから各所に小さな穴が開いていても薄布で気が付かれないって事か。美羽の特性をよく考えてるな礼二、さすが兄だ……。まあ、布の所為ではっきり姿が見えないってのもあるが、贅沢は言ってられないだろうな。


「話を聞いてくれ、美羽」


 真弦は落ち着いた様子で、ベッドにしがみつく美羽に話し掛ける。


「男が出来たから、親友の私を捨てるんでしょ? ねえ、真弦……」


 美羽は悲しげに真弦に今思っている気持ちをぶつける。


「何を言っているんだ? 美羽。話がよく解らない。だが、美羽が怒っている理由はなんとなくわかる」


「あのピカリンさんとかいう男の人は真弦の恋人なの?」


 直球の質問に真弦は逡巡する。自分の部屋に招いた男は一体何なのだろう? そんな思いが彼女の中では渦巻いているみたいだ。恋人でもなく、彼氏でもなく。だが、ここに来る前に濃厚なキスはしていた。


「…………。光矢は恋人ではない。現に、美羽、お前が私の恋人では無かったのか?」


 恋人発言キター! やっぱり真弦と美羽は恋人だったって訳か!

 確かに、風呂場での情事。アレは親友同士では一線を越えないだろうし絶対にやらない行為であろう。

 不意に一緒に覗き見していた礼二を見ると、驚愕でガタガタと震え始めている。


「私は美羽と結婚したいとまで思っているんだ。もし私が男だったら美羽を幸せにする自信だってある」


 真弦の声は真剣で、かつ、しんと静まり返った部屋に凛として響き渡った。


「ま……真弦! そこまでわたしの事を……!」


 美羽は真弦の告白を聞いて嬉しさで涙が滲んでいるのだろう、目をこすってグスリと鼻をすすっている。





 隣でガリガリと音がする。

 覗き穴から顔を上げると、たった今真弦からプロポーズを受けた美羽の兄の礼二が目と口から血を流しながら天井床を引っ掻き続けている。


「許さん……お兄ちゃんは断じて許さん……。許さんぞぉぉぉ……」


 修羅の様な形相で怒りと呪いのオーラを発している。だが、美羽の命令を忠実に守ろうというポリシーだけは貫いているので、声を押し殺して下界に存在を知られないようにしているのが何とも物悲しいというか反発する根性が無いというのか……。


「牛山美羽と結婚できるのは牛山礼二……俺しか存在しないんだ……」


 ほの暗い中、ウフフと笑みを浮かべた礼二の瞳は既に狂人としか表現できない。まあ、元から狂ってるからデフォルトで狂人なのだが。


 礼二は元々ゆるい頭のネジが飛んで放心しながらブツブツ言い始めたし、特に吾輩に危害が加わる心配は今の所無さそうだから下界の様子を伺う事に専念しようか!


 下界では一体何が……!


「……嬉しい! 真弦、わたしの事好きにしていいよ」


 プロポーズを受け取った美羽は何を思ったのか、着ていたワンピースを脱ぎ、お揃いのピンク色で可愛らしいブラパン姿になった。……下着はティーン向けのお洒落で可愛いデザインだな。


「わたし、真弦の事、愛してるから!」


 パサッ、ストッ。僅かに残されていたブラパンも全部脱ぎ捨て、全裸になる美羽。……お前さん、そこまでする程真弦の事を!


 一方で真弦の方は妙に男らしいのか何なのか、仁王立ちのまま頷いている。


「美羽の気持ちはずっと前から知っていた。気付かない振りをするのはもうやめだ」


 きっぱりと宣言し、真弦は裸の美羽抱きしめて気持ちを受け入れるつもりでいるみたいだ。

 ねえ、あんたは朝っぱらから違う人に思いっきりホの字だったよね? あの湧きあがった乙女の恋心みたいのどこに行ったの?


「真弦、……して!」


 美羽は生まれたままの姿で真っ直ぐ真弦を見つめて彼女を誘う。

 まさか……! ♀と♀が今結ばれようとしている……!





 美羽は自らベッドに上がり、可憐で純朴な乙女の表情のまま真弦を誘う。まったく躊躇する様子も見えないのだが、やはり羞恥心は微かに残っている。


「わたし、しばらくお預けを喰らってたから我慢できないのよぅ……」


 女は誰でも欲深い生き物だと、見守るしか出来ない吾輩でも思い知る事になる。


 それはオタクの業界ではくぱぁと呼ぶに相応しい開脚だった。

 桃色の秘部が期待をしてぬらぬらと濡れ光っている。


「ふふふ、美羽ってばスケベだな。もうずぶ濡れじゃないか」


 真弦はバリタチの表情を浮かべて美羽の誘うベッドに脚をかけた。



 その時、天井ではギコギコガリガリと音を立て、礼二が天井板にカッターを立てて上下に腕を光速移動させていた……。


 どうしよう……吾輩としてはどっちにコメントしていいのやら判らなくなってきて混乱してきた。


 下界では、自らの手淫の音と羞恥と悦びで気が付かない美羽と、オナニー姿を被さる様にして隠し、ちゃっかり美羽の唇を奪う真弦の姿が見えた。あ、真弦め、天井にやっと気が付いたな!





 下界ではしばらく美羽の甘い声が続いている。覗いているアングルじゃ判らないけど、真弦は美羽の乳首を攻めているみたいだな。

 だが、左手はタオルケットを手繰り寄せており、天井から迫りくる何かに対して防御に備えている。



 ギコギコギコ……! その時、吾輩を含めた覗き犯礼二の足元が揺らいだ。

 礼二は工作用のカッター一本で天井を今まさにぶち抜こうとしていた。

 バリバリバリ! 木造建築だった牛山家の娘の部屋の天上は礼二の体重を支えきれなくなり、無残にも大きな穴が開いた!


「美羽ー! 泣くな、お兄ちゃんが今助け……ぶぐぉおっ!」


 礼二はドゴーンという衝撃音と破られた天井板と装飾を巻き込んで上半身から無様に落下した。


「フギャアアアアアアア!」


 吾輩は礼二と一緒に落下したが、中途半端に垂れ下がっていたオーガンジーに前脚を取られて引っ掛かり、いつものように華麗に着地できず尻から床に落ちた。

 ぐさ……。何かケツに刺さっ……!


「フギェェェェェェェェェ!!」


 礼二が落下する時に放り出したカッターの刃が吾輩の尻頬に突き刺さっていた!

 吾輩にも礼二と平等に覗きの天罰が下った様だ。


「きゃあああ、お兄ちゃん!?」


「礼二! と、玉五郎!?」


 タオルケットで粉塵を防御した少女二人はほぼ同時に叫んでいた。

 真弦は天井から一緒に覗いていた礼二に対しては粗大ゴミを見る様な目で一瞥し蔑んでいる。が、吾輩に関しては、何故吾輩が一緒に落ちてきたかよく解っていない表情をして驚いているみたいだ。


「美羽、とりあえずタオルケットを全身に巻いておくんだ」


 階下から牛山母の呼び声が迫って来るのを察知し、真弦が即座にベッドから降りて美羽のワンピースと下着を拾い上げた。それをタオルケットの下から押し込む。


「美羽―? 真弦ー? 何か凄い音がしたダニよー?」


 牛山母が階段を駆け上る足音が、一瞬静寂に包まれていた室内に近づいてきた。





 物音に驚いた牛山母が娘の部屋のドアを開け放つと、惨劇の跡が待っていた。


「ンノモォォォォォォォォォォォッ!?」


 牛とも人間ともよく解らない雄たけびを上げ、真っ先に目についたんだろう天井を突き破って死んだようにうつぶせに倒れている息子の元に駆け寄った。


「美羽、怪我はナイ?」


 だが、気遣っているのはベッドの上でタオルケットを全身に巻いている娘の方だった。


「ママ、……お兄ちゃんがいきなり天井から落ちてきたよ……」


「困った子ネ。真弦も怪我はナイ?」


 牛山母が次に気遣ったのはよその子の真弦だった。


「ええ、大丈夫。それよりも、うちの猫が……」


 未だカッターが突き刺さった状態の吾輩は困惑した真弦に抱っこされた。

 うう、痛えよ。ケツから刃を抜いてくれ……。


「タイヘン! 何か金属みたいのがオシリに刺さってるワ!」


 何だと! 吾輩は柔らかい体を生かし、ズキズキと痛む患部を覗き込んだ。カッターそのものじゃなく、鉄片となった何かが尻を抉って突き刺さって血を滲ませているいる。

 礼二の奴、人間を超越した物凄い勢いで天井をたった一本のカッターで切り裂いていたからな。常人ではまったくもって無理な手業だったものな。そら、カッターの刃もボロボロになるし溶けるさ……。うわ、怖え!


「病院に連れて行きまショ! そうだ、病院……!」


 牛山母は部屋で倒れている礼二と負傷した吾輩を交互に見てオロオロし始めた。


「美羽、玉五郎を頼んだ。……後から付いてきて?」


「……う、うん」


 真弦は美羽の座り込んでいるベッドに吾輩をそっと横たえる。

 美羽はまだ服の装着が終わってないみたいだった。


 未だ顔面を天井の残骸にくっつけたままの礼二の脇腹を真弦が蹴り上げる。


「うううっ……!」


 礼二に意識はあった様だ。だが、顔と胸をしこたま打ち付けたのか上手く呼吸が出来ないみたいだ。鼻血が両側から出ている。


「……礼二お兄ちゃん、可愛い妹のおしゃべりをこっそり堪能してるなんて、メッだぞ☆ ……天井裏で貴様のバナナはどうなっていたのか後でじっくりじーっくり事情聴取してやるから覚悟して置け」


 前者で可愛らしい声色を作っていたが、表情は全く可愛くない。むしろ礼二を蔑み続けてなぶって苛め、自らの実益を得ようと悪い顔をしていた。


「パトリシアさん! まずは礼二を車に運びましょう」


「ハイ! 了解デース!」


 我に返った牛山母は転がっている礼二の脇腹に腕を入れて肩から担いだ。


「ゲホッゲホッ! ……!」


 礼二はまともに呼吸が出来ず、何かを喋ろうとしていたが言葉になっていない。

 ドゴッ! 真弦はそんな状態の礼二にエルボーでとどめを刺し、反対側から礼二を支えて牛山母と一緒に彼を家の外の車まで運んだ。

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