中二病と向き合う話

62. 電波少女ヤミー




 また年月が経過する。

 時というのは何て残酷なのだろうか。

 吾輩がダラダラと日々を過ごしていたらすっかり老猫の仲間入りをしてしまったではないか! うっかり日記をさぼっていたのも老化の原因だろう。

 真弦の6人目の出産から2年が経過し、その間に2人も子供が生まれている。

 6人目は真利まりといい、光矢にそっくりな女児だ。7人目は真矢しんやといって、父母に似ていないモブ顔の男児である。

 一気に賑やかになったなと思っていたら、また真弦は妊娠して女児を身籠っている。

 どこまで真弦の子供が増えるのだろう? 現在の吉良家の子供の人口は6人だ。相変わらず長男の真尋は天上院家から帰ってこないからカウントしていない。


 ピンポーン! 家のインターホンが鳴る。

 今日は日曜日だから、勝手に漫画イラストスクールの講座を受けに佐藤が来たのだろう。佐藤もプロ並みに腕が上がったのによく来るよな……。


「ハイ、いらっしゃい」


 真弦がいつものようにドアを開けると、見慣れない黒髪ツインテールの少女が立っていた。

 少女は真っ黒なゴスロリの服を白磁の様な白肌に纏っている。若さをこれ見よがしに見せつけるような胸元が少し開いているデザインの服で老けてきた真弦を威圧していた。


「……どちら様?」


 寿ヤックンの八雲の方の親戚かとちょっと疑う。が、胸の造形を見て貧乳の八雲とずいぶん違うなと判断したようだ。


「紫の薔薇姫を先程こちらでお見かけしたのでしが、お邪魔してもよろしいでしか?」


 舌足らずなゴスロリの少女は真弦の制止も無視して着脱が面倒臭そうな靴を勝手に脱ぎ始める。


「だから、お前誰だって聞いてるんだよ!?」


「ボク、百合原闇音ゆりはらやみね……。黒の百合姫でし」

 

 黒の百合姫と名乗ったゴスロリ女は靴を脱ぎ終わると、夢遊病のように子供の声と子供番組の音がするリビングへと吸い寄せられていった。


「はー? だからって勝手に人様の家に上がるなよ!」


 さらっと電波発言を聞いた真弦はただ事じゃないとゴスロリ女を追いかけようと姿勢を変える。が、妊婦腹が邪魔して緩慢にしか動けない。

 そんな時、ピンポーンとインターホンが鳴った。


「なんだ、佐藤か」


 ドアを開けてホッとする。

 急激に成長して大人の男に近づいた高校生の佐藤が玄関前に立っている。


「なんだとは何ですか。真弦さん、顔真っ青ですけど、何かあったんですか?」


「セイヤをメンテに出した時に限って不審者が入って来た」


 真弦は落ち着いて佐藤に説明すると、ゆっくりした動作で佐藤と一緒にリビングへ向かった。


 リビングでは、真弦の子供達と一緒に百合原闇音という不審者が乳幼児用の知育DVDを大人しく見ていた。


「ママー、ヤミーにお茶あげて」


 いつの間にか子供が百合原闇音に手懐けられている……。それとも子供達はヤミーという女を友達と認識したのだろうか?


「なんだ真弦さん、不審者なんてどこにもいないじゃないですか」


「お前の目は節穴か? そこのソファーに陣取ってる変な女がいるだろうが」


「……確かにいますね。あいつ」


「佐藤、あの女と知り合いなのか?」


「1年と2年の時に彼女と同じクラスで、3年に進級したら登校拒否してた鈴木好子すずきよしこですよ。……こんな所で何やってるんでしょうね?」


 なんと、百合原闇音もとい鈴木好子は佐藤の元クラスメイトだったようだ。


「真弦さん、鈴木と何か関係があるんですか?」


「ないない! さっき勝手に入って来て『こどもトライ1歳。DVD』を見ている」


 真弦はリビングでくつろいでいるヤミー(自称と本名のどちらを呼ぶか迷ったのでヤミーにする)を見て困惑しながらテレビを指差した。

 液晶の中で歌のお姉さんが延々と同じ歌を歌っているのが見える。ヤミーはリモコンで繰り返し同じ曲をリピートしているようだ。


「……『こどもトライ』ですか。寄りによって何で1歳なんでしょうね?」


「それよりも何で知らない人間の家にあいつが入って来たのか不審に思わないのか?」


 ヤミーはひたすらDVDを見ているだけで、暴れる様子も見せないし大人しいものだ。子供にも危害を加えないだろうし、緊急性を感じずに傍観できる。

 真弦と佐藤がヤミーの様子を伺っていると、


「うわーん! このおうたもうあきたー!」


 モブ顔の光弦が泣き始めた。何度も同じ歌をリピートされまくって本気で飽きたらしい。


「うわーん! うわーん!」


 光弦につられて下の子達も泣き始める。乳幼児は全員泣いていた。


「おー、よしよしよし」


 真弓は慣れた様子で下の子をあやしている。年長組の光男や光太も下の子を上手にあやしていた。


 ヤミーは子供を泣かせるほど、DVDのある部分をリピートして見ていた。


 DVDが壊れてしまうんじゃないか、真弦がそう考えて前に出ようと足を動かした時、ヤミーは首をこちらに向けて頬を染めた顔で満足そうに話しかけてきた。


「紫の薔薇姫、やっと見つけたでし! この映像を何処で?」


「出版社の人が好意でくれたんだよ。『こどもトライ』の漫画描いてるの私だし」


 現在の真弦は、こどもトライの別冊漫画付録の漫画を不定期で描いている。『こどもトライ』は年齢別の知育を得意とする人気の教材セットである。


「なんでし!? キミは現世の紫の薔薇姫の関係者なんでしか?」


 ヤミーは素早く立ち上がって真弦に詰め寄る。低い背で真弦の肩を掴もうとするが、前にせり出す妊婦腹と巨乳で上手く掴めない。


「あんたが何を言ってるかわからないが、『こどもトライ』の制作サイドにいるのは間違いないよ」


 真弦は包み隠す事無く正直にヤミーに伝えた。ご近所さんや、マトリョーシカ弦の公式サイトでは宣伝しているので誰もが知っている事実なのだ。


「キター! ついに紫の薔薇姫に近づく事が出来たぁー!!」


 ヤミーは奇声を上げてガッツポーズを取りまくっている。意味が分からないよ。


「ねえ、佐藤、この子ってずっとこんななの?」


「……いや、学校ではすごく大人しい目立たない地味な子でした」


 登校拒否のヤミーに何があったのかは佐藤も知らないみたいだ


「キミの名前は何ていうでしか? 黒の百合姫に教えるでし!」


「吉良真弦。またの名をマトリョーシカ弦。職業は漫画家」


 真弦はヤミーの斜め上の質問に淡々と答える。かなり表情が引きつっている。


「……漫画家さん。そう、黒の牡丹姫はつるつると言う花言葉でしか」


 ヤミーは勝手に真弦を「つるつる」と呼び始めた。どうやら敬意の念を精一杯込めてそう呼んでいるらしかった。だが、真弦にはよく伝わっていない。


「えーと、鈴木好子さんだっけ、いきなりうちに上がって来てどういうつもりなのか説明してくれないかな? 私を勝手につるつると呼ぶのは結構だけども、知らない人の家に無断で上がり込むのは道理がおかしいだろう?」


 真弦は常識的な事をヤミーに懇々と説いている。そういえば一端の大人になったんだな、真弦も。



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