70. そのメイドロイドは薔薇園亜梨香なのか?
薔薇園亜梨香の降霊は深夜に行われる。
光矢の働く研究室の上司であるシメノがジムから帰宅してきて、巫女の衣装を身に纏う。
祭壇に故障して動かなくなったセイヤを祭る。
荘厳な雅楽の音楽と共に因幡が御幣を振り、祝詞を唱えている。
巫女姿のシメノは霊をセイヤの中に入れようと導こうと美しい舞を舞っている。
深夜なので、椅子に座っているヤミーがうとうとしている。奉納料に大金をはたいたらしい光矢なんて既に居眠りをしていた。
降霊の儀式はとても長い。
セイヤの傍で焚いている焚き火がパチっと跳ねた。
……うーん、吾輩もさすがに飽きて来たぞ。
飽きたので社務所に戻ってナガトと遊ぼうと思う。
社務所と併設されている住宅に行くと、ナガトが因幡家の長男と一緒に寝ていた。
そこは暖かく心地よくて吾輩もすやすやと寝てしまった。
明け方、ドーンという激しい音と共に美空神社の御神木に雷が落ちた。
外は激しい雨が降っており、神社の社の中に行こうか少し迷ったが、ナガトが行こうと急かしたので急いだ。
薔薇園亜梨香の魂がセイヤに宿り、停止していた筈のセイヤの体は半身を起こしていた。
「うっそお……」
降霊が嘘だと信じていた光矢が眠そうな目を完全に見開いて驚いている。
「キャーッ、紫の薔薇姫、お会いしたかったでし!」
ヤミーは歓喜しながら起き上がったセイヤの体に抱きついた。
仕事をやり終えた因幡夫妻は汗を拭いながら得意げにグッと親指を突き出していた。
「……どうなってるの?」
セイヤの体を借りた薔薇園亜梨香らしき者の第一声だった。
ヤミーは魂の入ったセイヤに頬ずりしながら「薔薇姫、薔薇姫」と彼女(?)を呼び続けている。
「薔薇姫? それは僕の呼び名なのかな?」
……僕?
本当にセイヤの中に入った魂は薔薇園亜梨香なのだろうか?
「そうでし! 薔薇園亜梨香の前世は紫の薔薇姫というそれはとてもとても美しいお姫様だったでしよ。そしてボクの婚約者だった存在!」
「……ちょっと待って下さい。あの、この人じゃなくてもうちょっと日本語が上手な人に説明お願いできないでしょうか?」
セイヤの中に入った薔薇園亜梨香(?)はオロオロしながら解説を得ようと周囲の大人を見回す。
日本語が上手な大人は3人いるが、説明役に光矢が抜擢される。ヤミーの事情を含めて色々ざっくり知っているという簡単な理由である。
「そうですか。僕はやはり死んでいるのですね」
僕と名乗った魂は光矢の説明に納得したようだ。死因については彼も薔薇園亜梨香と同じ自殺らしい。どうやら死神のグラニーは2か月前に自分と薔薇園亜梨香の魂を間違えて刈り取ったらしい。
「はあ~、薔薇園亜梨香たん薔薇園亜梨香たん……!」
ヤミーの頭はお花畑で、この入れ間違った魂を薔薇園亜梨香と思い込んでいる。乙女らしく手を組み合わせて夢見心地でくるくると踊っている。
周囲にいた大人達は顔面蒼白でヤミーとセイヤを見比べていた。
「因幡さん、魂入れ間違ってるんですけど、返品とか出来ないでしょうか?」
「今更出来る筈があるまい。そこのお嬢さんの鞄に入っていた魂をそのまま移植しただけだからな」
因幡夫妻は首を横に振り続け、返品に応じないのだった。
「ボク、薔薇園亜梨香たんが息を吹き返したから頑張って働くでしよ!」
未だ少年の魂を薔薇園亜梨香と勘違いしているヤミーは就労の意欲を見せ始める。いい傾向に傾いてくれたが、動機を詐称させてしまった気がしてこちらの胸がなぜか痛み始める。
「君の生前の名前と職業をこっそり教えてくれないか?」
「
「セイヤ君んんんん! ……君、今から薔薇園亜梨香になってくれ」
光矢は執事メイドロイドのセイヤと同じ名前の魂に向かって頼んだのだった。
「どうしよう、ボク、胸が熱くなってきたでし。会いたかったよ、ボクの薔薇姫」
ヤミーはポロポロと涙を流してロボットの体の聖也に抱きつく。胸の大きい少女に抱きつかれた聖也の方は頬を赤らめて戸惑っている。
年頃の聖也の魂はヤミーを抱き返そうかどうしようか手を宙に彷徨わせている。
薔薇園亜梨香になってくれと頼まれていたので、観念して彼女らしく抱き返して見せる。
「……くかー」
「あ、寝た……」
ヤミーは疲労がピークに達していたのか、薔薇園亜梨香と認めた存在と再会して安心して倒れるように寝てしまった。
眠るヤミーを因幡家のリビングに運び、聖也が薔薇園亜梨香と間違えられたいきさつを話し始めた。
「僕はいじめを苦にしてマンションの屋上に行きました……」
聖也の話では、自分の自殺を止めに入ったのが元アイドルの薔薇園亜梨香だったらしい。薔薇園亜梨香は聖也がいる鉄柵の外に降りてきて押し戻そうとしてくれたと言う。すごく親切な人じゃないか!
その時に死神を発見して聖也はマンションから落ちて死ぬと予感したのだが、死神の鎌が逸れて、薔薇園亜梨香の胸に刃が突き刺さって代わりに彼女が下界に落ちて死んだ。
彼女を殺したと思って聖也はどうする事もできずにその場から逃げた。
その後、事故の証拠が見つからずに薔薇園亜梨香は警察で自殺扱いになった。
一週間後、同級生の酷い虐めと薔薇園亜梨香殺害の良心の呵責の二つに苛まれて聖也は自らの命を絶ったと言うのだ。
聖也がアンドロイドの体にもかかわらず目から水分を溜めて泣いている。魂が機械に宿ると不思議な現象が起こるみたいだ。
「聖也は悪くないよ……。悪いのはその死神だよ……きっと」
少年霊の不幸を憐れんだ光矢は彼の肩を抱いて慰める。
その時、その薔薇園亜梨香殺害の犯人である死神が姿を現していた。
「俺ちゃん悪くないよ。悪いのはイレギュラーという魔物が生前の薔薇園亜梨香にくっついていた訳でそれで……」
グラニーの言い訳は人間には聞こえていない。機械人形として息を吹き返された聖也にも彼の存在は見えなくなっていた。
「げげー、どうしよう。度重なるイレギュラーの所為で魂魄が人形に宿っちゃったよぉ! やべー、俺ちゃん以外が無理やりくっつけちゃったから取れないよアレ」
グラニーは聖也の状態を見てあたふたしながら頭を抱え始めた。死神の鎌を抱えながら「どうする? どうしちゃう?」等と自問自答を始める。
「ニャー(おい、クソ死神! ちゃんと仕事してねーみたいだな)」
吾輩はグラニーに関わりたくないが、薔薇園亜梨香どうなったのか気になったので話し掛ける事にした。
死神のグラニーは猫の吾輩とナガトに話しかけられ、視線をこちらに向けてしゃがみ込んだ。彼はリビングのテレビの前に立っているのだが、人間には見えない体をしているので弊害はない。猫の親子がただテレビの前で早朝の番組を仲良く見ているような構図にしか見えなかった。
「(薔薇園亜梨香は結局どうなったんだ?)」
「ああ、魂の事? それならもう45日過ぎたから輪廻に回しちゃったよー、ハハハ」
グラニーは気楽に答えていた。
「イレギュラーで生物が潰れる事はよくある事だし、その場合はすぐに人生をやり直して貰う為に赤ちゃんにしちゃうんだわ~。原型留めてたら魂を即元に戻すんだけど、ミンチの時はちょっとねぇ~」
「(えげつねえ!)」
「(それで、肝心の薔薇園亜梨香はどこに行ったの?)」
グラニーは帳面を開いて数枚捲って薔薇園亜梨香の所在を調べた。
しばらくして、グラニーが光矢を見る。
「あいつ。の奥さんの腹の中に宿る」
「ニャ!?(え? 真弦は既に妊娠しているぞ。「宿ってる」の間違いじゃ?)」
「ネタバレするとさ、真弦さんは女の双子を産む事になるよ。既に一人腹に入ってたけど、無理やり薔薇園亜梨香の魂ねじ込んだ事で分裂するってさー。閻魔様言ってたYO☆」
「ニャニャーッ!(ちょっと待てぇぇぇ!)」
吾輩がメタ発言するとしたら、このグラニーという死神が現れてからめちゃくちゃな事しか起こっていない気がするのはどうしてなのか……。
話に収拾がつかないまま、グラニーは聖也をだるそうに見つめていた。
「あーあ、あの子の存在どうするかなぁ?」
白紙の帳面を覗いてため息をついている。グラニーはメイドロイドに宿った聖也の魂を刈り取ろうとせず、何者かとテレパシーで連絡を取り合っている。
「あ、ケルベロスたん、おっつー。それでさ、今度の飲み会の件だけど……」
グラニーは真面目に仕事をしてくれていなかった……。
聖也の存在は一体どうなるのだろうかはわからないが、グラニーは「一旦保留」という事で冥界に消えて行った。コイツ、いい加減にして欲しい。
光矢は眠り続けるヤミーとメイドロイドに宿った聖也をバンに乗せた。
「よしよし、玉五郎、来い」
吾輩も車に乗せて車を発進させる。
光矢は奥さんの真弦と相談して物事を決めるという結論に至ったのだ。
バンが吉良家のある美容整形外科の前に着くと、先客のタクシーが停まっていた。
「ママーッ! 死んじゃ嫌だよう!」
「腹が痛いぃぃ……」
真弦は青息吐息で子供達に付き添われながら外の階段を下りてきていた。
「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……。クソッ予定日はまだまだ先なのに……!」
吾輩達が出かけた時より腹が大きくなった気がする真弦が涙目になりながらタクシーの運転手に手を引かれて車に乗り込もうとする。
「真弦っ!!」
驚いた光矢がバンから降りて真弦の傍に駆けつける。
「ヤバい、間隔が3分になってきたからそろそろ生まれる……」
「わかった! 後で下の子達と追いかけるから、真弓を連れて行って受付を済ませるんだ!」
「ママの事は任せて」
長女の真弓はすごくしっかりしており、真弦に付き添ってタクシーに乗り込んだ。
「オレ達も行くぅ!」
「あっちに乗せてよー」
母親を心配する光男と光太がタクシーに乗りたがっていたが、光矢が制止した。彼らは光矢の運転する車で病院に向かうらしい。
「聖也君、すまないけど、ヤミーと家で留守番しててくれるかな?」
「わ、わかりました……」
突然の事で事態についていけない聖也がとりあえず頷いてヤミーと一緒に車を降りた。吾輩も当然車を降りる。猫は人間の病院に行けないからだ。
真弦が産婦人科に行って数時間後、グラニーの宣言通り双子の女の子が誕生した。吉良家一同は予測しなかった双子に驚いていた。分裂した双子は二卵性の双生児で名前をそれぞれ
……この赤ちゃんの話、ヤミーに話すべきかどうなのか。どうしよう? ……ややこしいな。
真弦の出産を終えた事を電話口で聞いた聖也はまるで自分の事のように喜ぶ。
「おめでとうございます、光矢さん!」
これで吉良家の子供が8人に増えたという事実を聞いて驚いているのが見える。今まで無機質なロボットだったから人間臭いアクションが新鮮だなー。
「早くこちらに来るでし!」
眠りから目を覚ましたヤミーは電話をしている聖也にこちらに来るように急かす。
聖也は正直にヤミーの「生前の事は覚えていない」と答えていたので、ヤミーは丁寧に生前、薔薇園亜梨香が何をしていたか教えてくれるそうだ。
通話を切った聖也は泣きそうな顔で吾輩を見る。
「玉五郎さん、助けてくださいよぉ」
なんと聖也は元のロボットの機能で吾輩の声にならない声が聞こえるみたいなのだ。
ヤミーも吾輩の声が何となく聞こえるから、吾輩に邪魔をしないようにとムッっとしている。
「なーん(いいじゃねえか、生前は女にモテなかったんだろ?)」
「そういう問題じゃないです……。音痴な僕に歌えと強要するんですよ、彼女」
「なー(DVDに合わせて歌ってやればいいじゃねえか)」
「そうでし、ボクの為に歌うでしよ! 薔薇姫っ」
ヤミーはキラキラと目を輝かせながら聖也に詰め寄る。だが、彼はブンブンと首を横に振って頑なに拒んだ。
思うに、彼は生前音痴を同級生に馬鹿にされていたのではないだろうか? 歌がトラウマとなっているみたいだった。
「……あのう、玉五郎さん、僕はヤミーさんの言うように薔薇園亜梨香として生きていけばいいんでしょうか?」
聖也はしゃがみ込んでこっそり吾輩に新しい人生を訪ねてきた。
「ニャー(猫がそんなの知るかよ。てめえの好きなように生きればいいだろ)」
「ですよね!」
聖也が納得して吾輩を抱きしめる。機械の体なのでひんやりしていて固い。人間としてのぬくもりみたいのは無かった。この半生物をどうしてやったらいいのかは吾輩にはわからない。
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