4. 女同士でナニやってるんだ?




 今日は真弦が帰ってこない。

 学校帰りに牛山家にでも晩飯をたかりに寄っているのだろう。こういう時に限って吾輩の飯が無いので、外に出るしかあるまい……。


 初夏なので昼間は暑い所為か、ベランダとは別の窓が少し開いているのだ。1階の乙女の部屋にしては不用心だが、散歩を生業とする猫の吾輩としてはありがたい。……まあ、外観は乙女の部屋と言うより、漫画オタクが生息する汚部屋なんだが。


 窓を抜け、真弦のアパートと隣りの児童公園を隔てた塀を歩いていると、見慣れないキャンプ用のテントが張ってあった。緑色のコール●ン製で、ちゃんとしたアウトドアを目的としている。……まさか、うちの(腐った)乙女の家の隣にホームレスが引っ越してきちゃったとか!?


 ……公園の地面に降りて、周囲を警戒しながら様子を伺ってみるが、

 家主は不在のようで明かりはついていない。

 代わりに、ヘンプや色布で作られたガーランドがテントに張り巡らされて『welcome』という文字が入り口付近にあるイーゼルに立てかけられていた。

 何だろう? なんか店でもやってるのかな?

 クンクンすると絵具の甘ったるい変な匂いしかしないんだけどな。


 まあ、どうでもいい、吾輩が外食から帰って来たらここにテントを建てた主が帰ってくるだろう。




 行きつけの『寿司の海瀬』の大将は厳格なハゲ親父で、猫が大嫌いだが、大学生ぐらいの年の大将の息子は猫が大好きで、吾輩によく新鮮な魚をくれたりする。

 息子に期待して店に行ってみるが、

 ……今日は不機嫌な大将が待ち構えていた。


 残念ながら飯にはありつけず、次の家へ向かう事にする。


 趣味で駄菓子屋を営んでいる蕪木さんのおばあちゃんの家に行ってみる。

 ……留守だった。

 くそう、老人会で温泉旅行があるとか言ってたな。


 他にも餌をくれそうな場所をあたって見たものの、残念な事に餌を恵んでくれる家は見つからなかった。最近は夜遅くまで仕事してる家が多いからなー。

 野良をやってた頃の様に、ゴミをあさって飢えを凌ぐ事は出来るが、今の吾輩にはそんな落ちぶれた真似はしたくない。それに、腹を壊して動物病院の世話にはなりたくないのだ。


 最後の当てはあるんだ!

 牛山家だ!

 吾輩は飼い主にならって牛山家に晩飯をご馳走になりに向かった。

 美羽に甘えると礼二が吾輩を殺しに襲いかかってきて迷惑だが、返り討ちにしてひっかき傷塗れにしてやればいい事だ。




 住宅街の一角にある白とレンガ色が基調の分譲住宅が牛山家だ。狭いながらも庭があり、家庭菜園でトマトとゴーヤが植えてある。庭付き一戸建てって庶民の憧れだよな。


 吾輩は正面のインターホンを押す事が出来ないので、裏口から侵入して、いつものように美羽に迎えて貰う事にしよう。

 裏口に回り込む。


 すると、バスルームがある窓の下で礼二が仁王立ちしていた。

 大体午後8時くらい。不審者と間違えられてもおかしくない時刻だ。


 バスルームの向こうに何があるのか、礼二の頭の上に乗ってみる。

 が、奴は吾輩の存在を気にしていないのか(むしろ奴は美羽以外の存在は全く見えていないからな)、曇りガラスの向こう側を微動だにせずに凝視したままだ。

 どうやら、バスルームの中の様子を伺っているみたいだ。

 覗きだ! 覗き! おまわりさーん、覗き魔はここでーす! と、叫びたいが、吾輩は猫であるし、曇りガラスで中の様子が見えている訳でもないので何も言えない。


 楽しそうな話声が聞こえる。

 キャッキャウフフ。そんな感じだ。

 吾輩の飼い主の真弦と、この家の娘の美羽だ。二人は一緒に仲良く風呂に入っているらしい。

 礼二は「美羽、何でお兄ちゃんと風呂に入ってくれない?」等とブツブツ小声で文句を言いながら覗きというか、風呂の中の様子に聞き耳を立てる事に徹している。一緒に入っている真弦に関しては存在を認めていないようだ。


 ……吾輩も雄だ。

 風呂の中で女達が何をやっているのか気になる……なっ!




 もやしみたいにひょろ長い礼二の長身を使って、吾輩はバスルームの窓に前脚をかけてみた。

 ……手応えも無く開くようだ! オイ、不用心だな!

 うっすらと開けて中の様子を伺ってみようか……。お、礼二も吾輩の存在に気が付いて一緒に窓の中の様子を気配を殺して覗く気で居る様だな(笑)。


 浴槽の中で……。


 真弦と美羽が抱き合ってる!?

 何が起こっている? ♀と♀だぞ?

 吾輩が半分混乱しかけていると、真弦が美羽の左耳をペロッと舐めた。


「ひゃぅん。……くすぐったいよぉ、まつるぅ……」


「美羽はここが弱いからな……クスクス」


 何々!? これってレズビアンプレイ?

 男女のアレと違ってレアなので黙って鑑賞するとしようか!

 まさか、吾輩のご主人様がBLとか男同士の恋愛描いてる癖に現実では女好きだったとはな、知らなんだ。


「ここか? ここがええのんか? ん?」


「あぅ、ダメ、そこはダメだよぉ……」


 弱々しい美羽の声に対し、真弦は荒々しく美羽の乳房や股間の秘部を白魚の様な指でまさぐる。

 くちゅくちゅという生々しい音が浴室内に響いている。

 おおおおおお! 近所の不用心なエロ青年の家で鑑賞したレズ動画が、まさに今ここでライブで行われているなんて! 


「……ぅあぅ……あっ……あ……っ!」


「美羽、変に声出したら兄に気付かれる……んっ」


 真弦は快楽に喘ぐ美羽の唇を自らの唇で塞いだ。

 気付かれるどころか、既に見られてるんですけどね……(笑)。

 礼二は風呂場をガン見しながら股間の辺りをモゾモゾやっている。まさか、妹の痴態を見てマスでもかいてんのかよ? 規格外の変態だな。


「んっ……ンっ……ンンッ」


 ま、まさか……、キスしながらの手マンってやつですかい? やるな。

 うちのご主人様は結構なテクニシャンなのか、数分の後、美羽は浴槽の中で幸せそうにぐったりとした。




 真弦はのぼせそうになった美羽を浴槽の縁に座らせる。ふむ、湯あたりしないように休ませるてやるみたいだな。


「そろそろいい頃合いかな、よし、美羽! 脚を広げてくれ」


「……ふぁ? なに、するの?」


 悦楽の余韻で夢見心地な美羽が、強引な真弦に従い、閉じていた足をガバッと開脚する。瞬間、湯気が舞った。


「いや、なに、肥大したクリトリスの資料が欲しかったんだ」


 言うや否や、真弦は脱衣所に駆けて行く。あいつ、本気で美羽の恥ずかしい股間を撮影するつもりでいやがる……!


「キャアアアアッ! 真弦! それだけはやめてー!」


「イベントで女の子の無修正のエロ画像頼まれてな、本物の局部を知りたかっただけなんだ。ちょっとで済むから撮影させてくれ」


 無駄にでかい乳房を揺らしてデジカメを持ってきた真弦は図々しくも漢らしい。さすが吾輩の飼い主である。


「いくら真弦の頼みでも嫌だよっ!」


 美羽は声を荒らげて股を閉じて両手で股間をガードした。どうやら悦楽の余韻は一気に冷めたようだ。


 このままだと、強引な真弦に押し倒されて美羽が可哀想な事になりそうだから、そろそろ吾輩が出て行ってやっても良い頃だろう。


「ニャ~ン」


 吾輩はひと鳴きし、存在を風呂場の中の二人に知らせた。


「玉ちゃん!」


 美羽は助かったと顔を上げ、


「なんだ、玉五郎。お楽しみの最中を邪魔しに来たのか」


 真弦は「邪魔者が入った」と吾輩を睨みつけた。


 二人が規格外の変態である礼二を見つける前に吾輩は奴の額を蹴って倒し、窓を開けてバスルームに侵入した。よし、これで礼二の罪は隠ぺいされただろう。


「お腹が減っていたんだね?」


 美羽の足元に纏わりついて、いつもの飯のおねだりをした。

 吾輩は猫であるから覗きの罪は免罪されるのだった。


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