3. 真弦は佐藤少年の漫画の師匠




 ある夕方の午後、吾輩は日課の散歩を終えて真弦のいる家に帰った。

 すると、真弦と美羽、礼二に加えて見知らぬ匂いがした。

 ん? 背格好からして近所の小学生かな。それにしても顔に特徴の無さそうな普通の男子児童だが、あるショタ属性の腐った女なら喜びそうな容姿である事は確かだ。傍らに黒いランドセルを置いて、Tシャツ、短めのハーフパンツみたいのに白いハイソックスを履いている。彼は熱心に真弦の話を傾聴しているようだ。


「いいか、ここにはフラッシュと言う効果線を生かし、驚きの表現を誇張させる」


「うんうん」


 真弦は自分が描いたイラストのノートを男児に見せて熱弁を振るっている。

 男児が頷く横で麦茶を持った美羽が黙って座っており、背後ではなぜか筋肉の部位がはっきりとプリントされた全身タイツを身に着けた礼二が睨みを利かせながら胡坐をかいて座っている。

 狭い6畳の部屋は真弦の持ち物でいっそう狭い。その中に人間が4人もひしめき合ってるもんだから、なんつーか、暑苦しい訳で……。

 しかし、吾輩は狭い所が大好きなのであまり問題は無い。

 吾輩が漫画講義の渦中に飛び込んで行く。真弦の膝の上に着地。


「ここに逆さにした足を入れると即、オチが完成するわけだ」


 フラッシュと言うベタを放射状に散らして周囲を塗った漫画の効果の中心に、人間の両足の切り抜きを張り付ける。


「今時、犬神家なんて古いしダサイですよ」


 小学生は生意気にも眉間にしわを寄せて真弦に抗議する。


「違う、これは古典漫画がよく使った効果にあえてベタフラを入れてキャラクターが激しく驚いたように」


「4コマのオチにしても、こんな人間学を無視した体制でキャラクターが驚くとは思えません!」


「ぐ……ぬ……」


 小学生にもわかる様に簡単に説明をしようとしていた真弦の魂胆は、どうやら相手の男子児童には見透かされているみたいだ。





「少年漫画大賞に間に合わないんです! もっと難しい技法を教えて下さい」


「佐藤、漫画の道は厳しいんだぞ……」


 真弦が佐藤と呼んだ小学生に精神的なダメージを与えられたようだ。かなりめんどくさい話を持ち掛けられてよろめいている。

 どうやら真弦は近所では「漫画の上手なお姉さん」と評判らしいのだ。たまに花屋の前を通ると真弦の描いたPOPを目にする事がある。


博文ひろふみ君、そんなに大賞の10万円が欲しいの?」


 佐藤の描いた漫画のノート(ネーム? 落書き?)を見て心配になった美羽が彼に優しく話し掛ける。


「いいえ、僕は賞品の最新型ノートパソコンか天体望遠鏡が欲しいんです」


 きっぱりと答えた佐藤に対し、


「ケッ、……テストで100点でも取って親父に買って貰え」


 美羽(や真弦)に食って掛かる佐藤に苛立ちを覚えた礼二が今回初めて美羽以外の人間に微弱ながら興味を示し、佐藤に口答えをした。

 するとどうだろう、佐藤は「ハッ!」と気が付くが……。


「どうせ僕はどう頑張ってもテストで100点なんか取れっこないんです。目立たないから頑張っても70点か80点の境目が限度です……」


 思いっきり落ち込んだ――――!

 それはもう、絶望的な表情で、悟ったように口元だけ笑みを浮かべている。


「小学5年にして算数や国語のばかばかしい現実を知ったんです。やる気ないです。英語なんてネイティブの生の英会話じゃないから現場で役に立たないし覚える気なんてさらさら無いんです」


 目頭に涙が浮かんでいる。むかつく言い分だが、よっぽど凡人の才能しか持ち合わせていないのだろう。それを美羽は見逃さなかった。

 美羽が礼二の制止を遮って佐藤に寄って抱きしめる。


「泣かなくていいよ。博文君が頑張れそうなのは美術なんだもんね?」


「美術じゃなくて小学校は図工ですよ」


 生意気なのは慰められても相変わらずだ。

 もふもふ。佐藤は美羽に抱きしめられ胸の中で何度か頬ずりし、ついでにふわふわのロングの髪の感触を確かめている。……それを見ている礼二の顔は憤怒、というか、唇を噛み締めて血を流して鬼のようになっていた。




「しょうがないな、佐藤! 人間は一つでも才能がある筈だ」


 わしゃわしゃ。真弦が佐藤の特徴の無い髪をなでてやる。誰にでも尊大な態度を取る真弦だが、意外にも子供には優しいみたいだ。


「漫画は糞小学生レベルだが、基本のデッサンを極めればまともになる。オイ、礼二、何かポーズを」


「嫌だね」


 真弦に命令されてそっぽを向く礼二。奴は妹の美羽しかいう事を聞いてくれない超問題児なのだ。


「デッサンには骨格や筋肉の動きが重要なのだが」


「お兄ちゃん! 何でも良いからボディービルダーのポーズ取って」


 美羽が礼二に命令すると、


「ああ、任せろ」


 二つ返事で立ち上がり、その場でプリントの筋肉が強調されるようなポーズを取り始めた。礼二は可愛い妹を溺愛している余り周りが見えない人物なのだ。


「よし、佐藤! 涙を拭ってデッサンしろ」


「……うう」


 佐藤は美羽の抱擁から離れたくなくて、美羽にしばらく頭を撫でられている。奴め、計算づくでこの中でいちばん優しい美羽に甘えているらしい。


「博文君、少年漫画大賞頑張ろう?」


「……はい」


 佐藤は美羽に言われて涙を拭い、ノートと鉛筆を手に、礼二の取ったポーズをデッサンし始める。

 ……所詮は小学生の写生大会の様な一般的で特徴の無い絵だな。


 佐藤が午後6時になるまで漫画のレッスンを受けていると、佐藤の母が迎えに来た。


「どうも、うちの子が無理を言ってすみません。ご迷惑じゃなかったでしょうか?」


 ごく一般的な中肉中背のおばさん体型の特徴の無い親である。商店街のモブにいそうな地味な女だな。


「あ、いえいえ」


 家主の真弦が先に玄関先に出て、佐藤の母に応対する。

 後ろでランドセルを背負った佐藤が真弦の後ろに立っていた。


「コレ、良かったら食べて下さい」


「あ、風来堂の! 私、大好きなんですよ。ありがとうおばさん!」


 どうやら、漫画のレッスンのお礼にマドレーヌをひと箱貰ったようだ。チッ、同居してる吾輩にも配慮してカニの缶詰じゃねえのか……。


「ほら、博文、挨拶は?」


「今日はありがとうございました」


 佐藤親子は真弦と、部屋の中にいた牛山兄弟に深々と挨拶をして家に帰って行った。

 アイツら、今度は気を利かせてせめてサンマの缶詰でも良いから持ってこないだろうか。吾輩はお礼の品を不満に思いながら、少年漫画大賞の締切に切羽詰った佐藤がまたこの家に来るだろうと予測した。





 牛山兄弟も家に帰り、真弦は夜食のカップめんを啜りながら漫画の原稿に着手していた。吾輩が漫画のネームを先に見ているのだが、ショタ×教師ものらしい。


 夕方に来た佐藤の姿をモデルにしてるのか、小学生男子は半袖短パンの白いハイソックスである。顔は佐藤とは違い、中性的な美少年にしてある。


『先生、僕に新しい技法教えて』


 生徒は縦笛を持っていて、小学生とは思えない蠱惑的な笑みを浮かべている。


『おい、檜山! 先生を脱がしてどうするつもりだ?』


 漫画の中の全裸の『先生』の表情はニヤリとしている。


 テーマは音楽教師と小学生の男の子(大体10歳くらい)のいけない遊びみたいだ。

 『檜山』君が彼に惚れている教師に命令して脱がしてあれこれする漫画だ。


『ねえ、先生、リコーダーをお尻で吹いたらどんな音がするのかな?』


『そ、それを、先生に挿してみるのか?』


『うん、僕にエロい目線で口説いてくる変態なんだからいいよね?』


 そうして『檜山』君は興味本位で『先生』の尻穴にリコーダーを挿入する!

 アッー! ところでローションとかどうしたのさ?

 何も潤滑剤塗ってない異物をそのまま尻にぶち込むとか実際にはあり得ないよね!


『あおっ……おふっ……あふ』


 『先生』は『檜山』君にリコーダーで弄ばれて悦楽の表情を浮かべ、喘いでいる。

 漫画のネームは殴り書きで汚いが、たまに清書より生々しい事がある。今回はそんな感じで、勢いと臨場感が感じられた。


『……あああっん!』


 『先生』は白濁液をまき散らして果て、音楽教室のピアノにもたれかかる。


『先生、気持ち良かった?』


 『先生』は艶やかな視線を『檜山』君に送り、肯定の表情を浮かべている。


『……ハァハァ……お前もどうだ?』


『えっ?』


 『檜山』君に衝撃が……。あっという間に彼は全裸に脱がされ、包茎チンコを『先生』に見せる事になった。

 『先生』が包茎チンコをパクリ!


『ああーーっ! 先生ぇーー!!』


 いけない二人の放課後はこれからも続くみたいなENDで、白い薔薇が散らされて締めくくられていた。

 真弦にしてはまあまあの出来なのだろうか?

 結局、真弦はオールナイトで学校の登校時間ギリギリまで原稿を描いていて、遅刻しそうになったみたいだ。


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