83. 真弦の本当の長男




 聖也に抱っこされ、真弦を捜していると、児童公園の前を通りかかった。

 日が暮れて暗くなっているというのに、小学生ぐらいの子供が一人でブランコに乗って遊んでいた。


 ブランコに乗る彼は明らかに庶民の空気とは違う気品みたいなものが漂っていた。

 ちゃんと座ってブランコを漕いでいる。


「最近は塾が嫌になった子がここで遊んでいたりしますよね。あの子、誘拐されないか心配です」


 聖也はその気品あふれる一張羅を着た子供に違和感も何とも思わないようだった。

 とりあえずその子供に話しかけようと臆せずに近づいていく。


「あのーすみませーん」


 そう声を掛けると、子供が振り返り顔を強張らせた。ブランコは急に止まらずに弧を描く運動を続けている。


「貴様! 天上院エレクトロニクスのメイドロイドか?」


 子供は声を荒らげながら悔しそうに眉を寄せる。ブランコは未だ半円の弧を描いている。

 ブランコが揺れる中で見える、その垂れ下がった目とくっきりした鼻筋にどこか見覚えがあるような……。


「違います! 僕は吉良家で使われているメイドです」


 まず、聖也はそう答えた。自分は天上院家の者ではないとアピールする。


「なんだ。一般家庭用のメイドロイドか。……びっくりしたな」


 子供はザッザッと足を使ってブランコを止める。


「ところで、腰までの超ロングヘアで眼鏡をかけてるお腹の大きな女の人を見なかったかな?」


 聖也は簡潔に子供に真弦の行方を尋ねた。


「……うーん、そんな人は見なかったぞ。僕はついさっきここに来たばかりだからな」


「そう。ありがとう」


 聖也はお礼を言って一礼すると、特に何も考えずに吾輩を抱いたまま踵を返した。


 ぐいっ


 聖也のメイド服のスカートを何者かが掴む。


「はい?」


 聖也が振り返ると、その子供がメイド服のスカートを掴んでいた。


「僕は天上院真尋てんじょういんまひろという者だ。訳あって家には帰れない。そこで、上流階級であろうお前の主人に一晩世話になれないか聞いてくれないだろうか? お前、暇そうだし問題は無いだろう?」


 雰囲気にどこか気品があると思ったら、天上院家のお坊ちゃまじゃありませんか!

『天上院真尋』って超最近聞いたことあるけど……。

 まっ真尋ーーーー!?


「まさか、君は家出しているのかい? 両親が心配してるからちゃんと帰らないと駄目だよ」


 聖也は真尋に視線を合わせて諭し始める。

 が、真尋はフンと不満げに鼻を鳴らした。


「あいつらが心配するわけないだろう。僕は両親の本当の子供じゃないし、どこかの施設から父親が引き取ったと聞く。天上院家の人間のメイドはおしゃべりだから噂で全部わかるんだ」


 真尋はベラベラと一般家庭用のメイドロイドの聖也に天上院家の話を始めた。

 大体の話は真尋の武芸の自慢ばかりだが、自分を卑下していて物悲しげなのが可哀想に思える。


「とにかく、僕はお腹が空いている。金は払うからお前の家で何か食べさせてくれ」


 世間知らずで尊大な真尋お坊ちゃまは聖也に気を許し、自分を吉良家に連れて行くようせがんできた。

 連れて行ってもいいが、真弦と鉢合わせしてしまったら、真尋は一体どうなるのだろうか……?

 真弦が成長した真尋に向かって「おお、我が子よ」なんて言わなければ問題は無さそうな気が……しない! 真弦は真尋と親子の縁を無理やり切られているのだ。何かひと悶着起こるのは間違いないだろう。


「……困ったなぁ。家で何かって言っても、ウチは大所帯だし、粗末な物しか出せないし」


 聖也が考えた結果、彼は吾輩を自らの絶壁胸に隠してファミレスに真尋を連れて行った。金は真尋が持っているのだから問題は無さそうだ。


「いらっしゃいませ。2名様ですね」


 店員に席に案内され、聖也と真尋は向かい合って座った。


「ファミレスって初めてだ」


 真尋は庶民の店に入る事は初めてで、遠慮がちに店内に視線を巡らせている。行儀が悪いと思っているのか、きょろきょろとあからさまに見渡したりはしない。


「何を食べるか決まったらボタンを押して店員を呼ぶんだよ」


 聖也は真尋に説明しながらメニュー表を彼に渡した。

 その時、吾輩は聖也の服の隙間から、椅子の向こう側にあるトイレに近い席で黄昏ている超ロン毛眼鏡の女を見つけた。


 超ロン毛眼鏡の女は窓の外とレジに視線を行ったり来たりさせていた。

 彼女が食べたのであろうステーキセットの跡らしき鉄板はソースが冷めて既に干からびているようだった。

 どうやら、真弦は人生初の食い逃げをしようかどうしようかと逡巡しているようだった。

 いつも見覚えがある聖也にも全く気が付いていない。


「あ、真弦さんだ! いた!」


 聖也がやっと真弦を見つけた。

 やべえ、生き別れた筈の真尋と鉢合わせたぞ!!


「……ふぁっ!? 聖也……! たっ助かった……」


 真弦には椅子に隔てられて真尋が見えていない。真弦は瞳に涙を浮かべながら席を立って移動してきた。


「聖也、勿論お金持ってきてるよね? って、どうしたのこの子!?」


 真弦は真尋を見て驚愕の表情で凍りつく。自分の夫に面影がよく似た小学生に釘付けになる。


「おばさん、金が無くて泣いていたのか? はした金なら余ってるからあげるぞ」


 察しのいいお子様の真尋は、財布から一万円札を出して真弦に握らせた。


「ちょ、ちょっと! この子は一体何があったの?」


 真弦は真尋の一万円札をつき返しながら聖也を問い詰める。


「さっき、公園で一人でいるのを保護しました。両親とトラブルがあって家出してきたそうです」


 真弦と真尋の背景を知らない聖也は正直に答えた。


 話を聞いた真弦は真尋を見ながらぼけっと突っ立っている。軽く狼狽している様子だった。


「真弦さん、リアクション薄いですけど、真尋君と顔見知りですか?」


「ああ、この子は私のむす、……し、親戚の天上院財閥の大切な跡取りで……」


 真弦は驚くあまりうっかりして真尋を「私の息子」と言いかかったが、断念して言い換えた。それが真尋に悪かったのか、天上院を知る者が一般人に紛れていると知るや、席から飛び出して入口へと素早く走って行った。


「逃げた……」


 聖也が呆気に取られていると、真弦は慌てて真尋を追いかける。


「食い逃げだーーーーーー!!!!」


 妊婦の重い体では上手く走れないので、そう叫んで店員に助けを求めた。


 自分の実の息子、ましてや天上院財閥の大事な跡取りを食い逃げ犯扱いした真弦は店員に頭を下げていた。


「ホントにすみませんでした」


 客のいる各席にペコペコと謝りに行き、真尋にまで頭を下げさせる真弦は強者だと思う。二人とも必要以上に取り乱さなくて良かった。

 失った息子の真尋と鉢合わせても、光矢が心配していたように真弦が激しく動揺しなかったのが幸いか。


「で、支払いは何で僕なんだ?」


 腑に落ちない真尋は仏頂面でレジを済ませていた。


「いいじゃなーい。夕飯ご馳走するから、おばちゃんにちょっとお金貸してよ」


 真弦はニタニタ笑いながら真尋の肩を小突いた。


「こんなしょうもない人が親戚だとは思いたくなかった……」


 真尋はげんなりしながら真弦や聖也と一緒にファミレスの外へ出た。


「あ、そうだ、通信する道具は持ってる?」


「今持ってない」


「そっちのメイドロイドは? 体内通信機とかは?」


「今は搭載されてないよ」


 真尋が何故通信にこだわるのかというと、彼は発信装置を恐れているのだ。


「うん、理由は何となくわかった。さて、残ったお金で買い物に行きましょうか」


 真弦は天上院の人間だったので、真尋のする事は理解出来た。

 今、天上院の者に捕まりたくないのはよく分かる。真弦は素性を隠しているとはいえ、折角の親子の再会だもんな。


「あ、そういえば家族が私を捜してたんだっけ? 聖也、頼みがあるけどいいかな?」


「なんか碌でもない予感しますけど、いいですよ」


「親戚の子と話があったから遅くなるとみんなに伝えに行って欲しいんだ。晩御飯は遅くなるだろうけど、私が作るから待っててねとも」


「……わかりました」


 吾輩と聖也は一旦、真弦と真尋から別れた。

 この先、真弦達が無事だといいのだが、いかんせん吾輩の足が聖也なので目的地は吉良家しかないのだった。



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