66. 真弦は教育係を呼んだ
好絵はヤミーを家に連れて帰る様に言われて困惑していた。
そんな時、仕事と飲み会から帰宅してきた光矢が助け船を出した。
「好子ちゃんを再教育するなら、もってこいの人物が近所に住んでいるんだが紹介するか?」
ほろ酔いの光矢の頭の回転は結構速かった。理由を話して即答で返ってきたのがこれだ。
「保育園建設中で暇してる美羽ちゃんを呼ぶんだ。ついでに礼二も召喚して人生再構築教室でも開くんだ」
「再構築教室ねえ……。それって、うちでやるの?」
真弦の疑問に光矢が即頷く。
「ヤミーがこの家から動いてくれないんじゃ、この家でやるしかねえだろ」
光矢も吾輩みたいに好子をヤミーと呼んでいる。光矢の回答に真弦は納得いかなかったが、好絵は目からうろこが落ちるようにすごく納得していた。
「まあ、美羽がやるって言ってくれれば、私もしぶしぶだが承諾しよう」
金の問題はさておき、ヤミーの人生再構築プランは本人を差し置いて勝手に進んでいくのだった。
「一つだけ条件がある。好絵ちゃんは妹に一切手出し口出しをしない事」
「んだ。承知しただ」
好絵は二つ返事で承諾した。ヤミーの人生再構築は姉の深い愛情によって更に話が進んでいく。
最終的に、真弦が折れて美羽を家に呼んだのは礼二が寝た真夜中だった。
ヤミーは36時間ぶっ続けで薔薇園亜梨香のDVDを見て疲労が現れたのか、ソファーでうたた寝をしていた。
「へえー、この子が好子ちゃんか」
家に上がった美羽は上着を脱いでダイニングチェアに掛けた。早速彼女はヤミーの寝顔を拝見する。
「なんか外見が昔の真弦みたいだね」
美羽は真弦が思ってもいない事を口に出した。
「え……?」
「中学の頃の真弦ってお人形さんみたいだったよ」
「ふーん、そうなんだ?」
妙にキラキラしだした光矢が真弦と美羽の間に割って入る。詳しく話を聞きたいらしい。
「真弦って天上院家のお嬢様でしょ。昔は世間のイメージを崩さないようにおしとやかに過ごしていたのよ。会話する友達なんて最初誰もいなかったの。でも、私と出会ったのを境に明るくなっていった。私もぼっちだったから気持ちが通じ合ったのかしら? 私と接しているうちに今みたいな奔放な明るい性格に変わったんだ」
美羽に昔の話をされて真弦の顔は恥ずかしくて耳まで赤くなった。
真弦を見ていた光矢と美羽はニヤニヤ笑い、好絵はうんうんと頷いていた。
「馬鹿、美羽そんな事はどうでも良いんだよ。好子の教育を一時的に任せられないかどうか聞いてるんだからさ……」
「うん、真弦の頼みなら、わたし頑張ってみるよ」
美羽は真弦の過去を懐かしみながら頷いた。彼女なりの秘策があるみたいなので承諾したようだった。
ヤミーの人生再構築計画は姉の好絵抜きで始められる。好絵はバイトと専門学校の学業に専念するように美羽に言われてしばらくヤミーと引き離される事になる。
「何で俺がこんな猿みたいな家族がいる豚小屋に住まなきゃいけねえんだよ?」
美羽が真弦の家に泊まり込みに来た事により、セットの礼二がもれなくついてくる。
礼二は吉良家の勝手を知っているので、冷蔵庫を開けて子供用に用意してあった三連プリンを食べ始めた。
「美羽も食え! ここにある物は自分の家にある物だと思ってていいんだろ?」
妙に開き直っている礼二は三連プリンの一つを美羽に渡した。
「お兄ちゃんっ! わたしは真弦の家に来る前に「自分の家だと思ってくつろいでいい」とは言ったけど、勝手に冷蔵庫開けて人様の家の物を食べていいなんて一言も言ってないんだからね」
美羽は子供のままの礼二を叱っている。現在の礼二は無職だ。妹の美羽は保育園理事として始動していて兄の礼二とギャップがありすぎた。
「さて、真弦に頼まれてる好子ちゃんも面倒を見ないとね。真弦の子供達と一緒の扱いで良いかしら?」
美羽は手探りでヤミーと接しようとテレビの前に立った。
テレビのコンセントを強制的に抜いて電源をオフにする。
「好子ちゃん、ずーっとテレビを見ていたら目が悪くなるよ」
まずはきつめに接する事にする。
と、
「そこどいてくれないでしか?」
ヤミーから返答があった。テレビの電源を切られた事で声はキレ気味である。
「嫌だよ。好子ちゃんがお風呂に入ってみんなとご飯を食べるまでテレビは見せないよ」
美羽ははっきりとテレビを見せる条件を先に伝える。
「ボクは好子なんてダサダサな名前じゃないでし! 百合原闇音でし! 暗闇ババアは何て名前でしか? 名前聞いてないでし」
「暗闇ババ……」
美羽はヤミーにババア呼ばわりされてかなりのショックを受けた。立ち直れない程落ち込んだように見せるが、保育士の資格があるのでヤミーを小さな子供が行った事と認識して落ち着く。
「あれ? さっき名乗らなかった? わたしは牛山美羽だよ。美羽ちゃんって気軽に呼んでね」
美羽は小さな子供に接するようにヤミーに接した。若干顔が引きつってるがまだセーフみたいだな。
「暗闇ババアの癖にかまととぶってんなでし」
ヤミーは美羽が気に入らないらしく正直に敵意を示した。
保育士が本職の美羽でもヤミーと接するのは駄目なのだろうか……?
ヤミーの更生にはかなり骨が折れそうだ。
美羽が果敢にヤミーに話しかけるも、食事の時以外は無視されていた。
「気に入らねーなこのブス。うちの美羽が甲斐甲斐しく世話をしてやってるのに感謝の一言も出ねーのかよ」
礼二はテレビを占領し続けているヤミー背後でうろうろしながら暴言を吐いているが、ヤミーは礼二を空気中に舞う埃以下の存在だと認識している。
直接美羽に危害を与えていないので攻撃にも出れず、中途半端に過ごしている。
ピンポーン♪
丁度空気が沈み切っていた時に来客が訪ねてきた。
「はーい」
執事メイドロイドのセイヤはメンテナンス中なので、吉良家の応対は美羽がする。
「こんにちは……。あ、あのっマトリョーシカ先生はご在宅ですよね?」
玄関先で気の弱そうな編集者の青年が美羽に尋ねる。きちんとスーツを着こなしてる割に幼い外見からするに、まだ初々しさが残る新人なのだろう。
「はい。今日はこどもトライの西野さんがいらっしゃると先生から聞いております。どうぞお上がり下さい」
美羽は愛想笑いが上手な女だ。今日もニコニコしながら家の中に真弦の担当者を家に上げたのだった。
すると、
「こどもトライ?」
テレビの前にかじりついていたヤミーが突然立ち上がって玄関へと駆けつけてきた。来客が誰なのかをこっそり聞き耳を立てていたらしい。
「あなたは紫の聖騎士団のオースティン・アンカーズ! 久しぶりでしね!」
ヤミーは編集者の西野を横文字の名前で呼びだした。紫が付いてるって事は、紫の薔薇姫とヤミーのシナリオ上関係があるって事になるよな。重要だと思う人物に勝手に称号を与えているヤミーは明らかに頭のおかしな少女だ。
「……オースティン? 自分は
「現世の話はどうでもいいでし! キミは前世で薔薇騎士という薔薇姫を警護する重要な役割を担っていた一人なのでし」
西野がちゃんと名を名乗ったのにヤミーがビシッと言い直した。前世って何?
とりあえず、吾輩がこのこどもトライの担当の男を呼ぶ時はややこしいので西野に統一する事にする。
西野は真弦からアナログ原稿を貰いに来ただけなのに、原稿を待たされてる間はヤミーの前世っぽい話を延々と聞かされる羽目になった。
現実味のない中二病満載の与太話に付き合わされてる西野は居心地悪そうにソファーに座らされている。
ヤミーの前世の設定は要約するとこうなる。
こどもトライ1歳DVDに登場するうたのお姉さん薔薇園亜梨香の前世はエリス・ファーラーンという世界を束ねる紫の薔薇姫と呼ばれるお姫様らしい。で、ヤミーは黒の百合姫と呼ばれる黒騎士で紫の薔薇姫と結ばれる運命だったらしい。途中、隣国の王様の謀略で戦乱が起きて離れ離れになり志半ばで死んでしまったという悲恋のストーリーだ。女同士なのに結ばれるとかどういう事なのかさっぱり分からないが、ヤミーは「百合姫」を名乗ってるあたりで百合というジャンルを好むのだろう。
「百合原さんの言いたい事はわかりました。これを漫画のストーリーにすれば面白いと思います。た、多分……」
西野はヤミーの話をかみ砕き、漫画のストーリーに変換して柔軟に考えていた。さすがは漫画の編集者という職業だ。
「漫画じゃないでし! これは前世で現実に起こった事なんでしよ」
「わ、わかりました……」
夢と現実の狭間にいるヤミーの剣幕に西野が押し黙る。腕時計を見ながらそわそわしているあたり、今すぐにでも真弦から原稿を貰って帰りたい様子だ。
「西野さん、お茶のお代わりいかがですか?」
見兼ねた美羽がティーポットを持ってきた。液体の少なくなってきていたカップに新しい紅茶を注ぐ。
「ありがとうございますっ!」
助けを得たとばかりに西野は喜ぶが、美羽は礼二が西野を睨んでいるのを見つけてさっさと引っ込んでしまうのだった……。
「……美しい人だなぁ」
独身の西野は美羽に見とれてつい独り言を言ってしまう。
傍で見ていたヤミーはムッとしながら西野を凝視する。
「あ、あの……。百合原さんも可愛いですよ……」
睨まれた西野はおどおどしながらお世辞を言ってみるが、ヤミーに効果はない。ヤミーは無表情で西野を見つめていた。
「現世の人間を外見で判断するのはよくない事でしね。あの女の前世は向日葵の妖精というとても可憐な妖精だったのに、今は暗黒ババアという恐ろしい呪いにとらわれてしまったんでし」
美羽にぐさりとヤミーの棘が突き刺さる。暗黒ババアというヤミーが付けたステータスに再びショックを受けていた。
「もういい、任務放り出して帰ろうぜ美羽!」
礼二がショックを受けていた美羽を励ますが、美羽は頑なに放棄を拒んで首を横に振った。美羽はなんて根性のある女なのだろうか……。
真弦がヘロヘロになりながら仕事部屋からアナログ原稿を持って出てくる。
「マトリョーシカ先生!」
西野は嬉しそうに立ち上がり、漫画原稿を受け取ると早速その場で確認し始めた。ヤミーのいるソファーの付近には座りたくないらしい。
「はい、はい! 設定通りで大丈夫です」
手早く確認してその場から逃げるようにしてリビングを去ろうとする。
が、真弦が西野が逃げるのを許さなかった。
西野の右肩を指が食い込むように掴み、眼鏡の奥の眼精疲労で血走った瞳で彼を見つめる真弦は幽鬼のようだ。
「あのさー、薔薇園亜梨香のお墓参りに行きたいんだけど、お墓知ってる?」
「……すいません。映像部と管轄が違うのでそれはちょっと……あの……」
真弦に詰め寄られた西野は震えながら視線を逸らす。
「生前住んでた住所でも実家でも何でもいいんだ。教えて。薔薇園亜梨香の呪いから我が家を救って欲しいんだ。それを救えるのは西野さん、あなただけだ!」
肩を掴まれて名指しされた西野に逃げ場はない。
観念した西野は泣きそうになりながらしぶしぶ頷いた。
「……は、はいぃ……。社に戻ったら薔薇園亜梨香さんのデータ調べますぅぅ……!」
西野は消え入りそうな声で答えると、晴れて逃げるようにして吉良家を飛び出して行った。
帰って行った編集者を見送った真弦は「ふー」とため息をつくと、相変わらずリビングのテレビを独占しているヤミーの傍までゆっくり歩いて行った。
「明日、昼過ぎに薔薇園亜梨香のところまで行くからDVDを消して風呂入って寝るんだ」
命令すると、真弦はゆったりとした動作で美羽と礼二のいるキッチンまで行く。
真弦は美羽に用意して貰ったぬるめのホットミルクをあおる。
真弦の命令は効果があったのか、ヤミーはDVDを初めて消した。
「お風呂に入ってくるでし。使い方を教えて欲しいでし」
ヤミーは風呂に入ろうと素直に真弦に給湯方法を聞いてきたのだった。なんだ、この変貌ぶりは?
面食らった真弦と美羽は驚きながら風呂場へヤミーを案内する。何日も風呂に入ってないヤミーからはちょっと変なにおいがしていた。
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