63. ヤミーはDVDに齧りついたまま動かない




 ヤミーは物凄い視力らしい。散歩をしていたら偶然、真弦の家のリビングで薔薇園亜梨香ばらぞのありかいう仰々しい名前の、とても美しい容姿の歌のお姉さんが歌っているDVDの映像が見えたそうなのだ。真弦の家って美容整形外科の2階にあるのに……恐ろしい奴だ!

 恐ろしい嗅覚で薔薇園亜梨香の収録されているDVDを嗅ぎつけたヤミーは未だ吉良家から出て行こうとしない。


「わかった。それあげるから出てってくれ」


 真弦はDVDをデッキから出してヤミーにそのまま差し出した。DVDは子供の手垢だらけで汚れており、拭いても取れないだろうからとケースに入れていない。


「嫌! 本物の紫の薔薇姫と会えるまでここを動かないでし!」


 ヤミーは頑として譲らず、真弦の家に居座ると宣言した。

 困り果てた真弦は佐藤に向き直る。


「こいつって兄貴いる? うちの近所のコンビニの店長とかさ」


「あの人も鈴木だけど、残念ながら血統が明らかに違います」


「親が再婚して店長さんと兄妹とかさー、あったら連行して貰うんだけどさー。どうにかならない?」


「……わかりました。ラインで呼びかけてみましょうか」


 佐藤はスマホを取り出すと、素早い動作でラインのメンバーに呼びかけ始める。

 ピロリロン♪ すぐさま応答があって、ヤミーの姉らしき人物のアイコンが表示される。なんか、ラインって便利だけどあんまり知らない人にも繋がるし妙に怖いね……。


「ちょうど姉さんが妹を探してたみたいですよ。30分後ぐらいにこちらに来るそうです」

 それからちょうど30分後、時間を計ったようにヤミーの姉が押しかけてきた。

 妹とはファッションの系統が違い、こちらはポップなパンクファッションで身を固めている。


「どんも、ウチの妹がとんでもねえ事をすただ」


 ヤミーのお姉さんは都会的な外見とは相反して、田舎丸出しの絶妙な訛り具合で謝って来た。謝罪の菓子寄りは近くのコンビニで急いで買ってきたのだろう、コンビニの袋に入れられている。


「わだすは鈴木好絵すずきよすえ言うだ。あん子は妹の好子よすこで、薔薇園亜梨香っつータレントを運命の人だと勘違いすて所在突き止めようと街を彷徨っているだ」


 好絵が自己紹介するが、自分の名前も「し」が言えないでいる。


「……好絵よしえさんも、残念な妹さんをお持ちで」

 

 真弦は頭のおかしな奴を身近に知っているので他人事ではないなと同情する。緩慢な動作でお茶を用意して好恵の話を聞く事にした。まあ、少女漫画のレギュラー連載が減って暇だって事情もある。


 パンクファッションで田舎訛りが特徴の好絵は我儘なヤミーの生い立ちから全てを話すと、「姉のわだすが至らなかっただ」と涙していた。


「あまり泣くとアイメイクが落ちるよ?」


「大丈夫だ。メイクポーチは常備すてるだよ。失礼するだ」


 好絵は涙をティッシュで拭くと、女優鏡をテーブルに置いた。眼球にはめ込んでいたカラーコンタクトのずれをまず補修する。それからプロ用の大きなメイクポーチを取り出して顔のメイクを人前で修復し始めた。彼女の動作は素早く、真弦と佐藤が唖然と見守ってるうちに完璧に修復が済んだ。


「お礼に真弦さんもメイクするだ。わだすは美容専門学校の首席すせきだから腕は確かだべ」


「わ……ちょ!」


 真弦は年下の好絵に掴まれて抵抗できずにフルメイクをされる。

 鏡を渡されて顔を確認すると、顔色が2トーンぐらい明るくなり、いつもの薄っぺらい顔が華やいでいた。


「真弦さん、いつもより顔が綺麗です」


 辛辣な性格の佐藤が珍しく褒めている。


「おおー、素晴らしい腕だ! メイク落とすのが勿体ないね」


 真弦が自分の顔に見惚れていると、好絵が急に頭を下げる。


好子よすこはあん通り、こっから動かないべさ。ご迷惑だべが、真弦さんの家さすばらく置いてくれねーだか?」


「薔薇園亜梨香のDVDを全部あげれば解決する話じゃないの?」


「DVDさ貰ってもあん子はまた真弦さんの家に押すかけるべ。薔薇園亜梨香本人さ会うまでは、その関係者に近そうな人間さ付いて回るのがあん子の行動パターンさ」


「そうなの?」


 真弦はリビングの向こうでテレビに張り付いているヤミーを見ながら戦慄する。


「あ」


 自分のノートパソコンを見ていた佐藤が声を上げる。


「二人ともこれを見て下さい」


 三人は食卓を囲いながらパソコンでとあるワードを確認した。


 好絵の顔がメイクをしてても顔面蒼白になり、佐藤のノートパソコンを見ながらガタガタと震え始めた。


「……自殺だと?」


 真弦がぽつりと呟く。


「日付は約2か月前の物ですね。葬儀は密葬……」


 三人が黙り込み、薔薇園亜梨香の映像を見守るヤミーを見つめる。


「鈴木はこの事実を知っているのですか?」


「彼女を求めて徘徊が始まったのが2か月前だ……、計算が合う。好子よすこは恐らくっていると思うべ」


 好絵は顔面蒼白のままお茶の入ったマグカップを握りしめる。お茶は飲もうともせずただ震えながら揺らしている。


「ところで、あのDVDを貰ったのが3年前なんだが、今年から1歳シリーズ一新されて薔薇園亜梨香出なくなっちゃったんだよね。1年クールで歌のお姉さんと体操のお兄さん変わっちゃっても教材だから普通は何が起こったか分からないよ」


「真弦さんは薔薇園亜梨香が干された理由知ってるべか?」


「いや、私はただの末端の漫画屋だから理由は知らない。映像と冊子は別部門だから」


「真弦さん、これからどうしたらいいべ? 妹の将来が心配だ」


「私にどうしたらいいか聞かれても困る。編集に問い合わせて薔薇園亜梨香の実家へ墓参りさせてやる位しか思い浮かばない。だが、現実と向き合って余計おかしくなるケースもあるからデリケートに扱ってやらないと非常にまずい」


 真弦は幼馴染の礼二のケースを好絵に話してやる。現在進行形で精神病を患っている牛山礼二は投薬で割とまともになっているが、投薬前は偏執的に妹に付きまとっていた。そんな事を簡単に話した。


「鈴木ってそんなに重い病気を患っていたのですか……。ご愁傷様です」


「精神病かどうかなんて病院さ行かねえと分からないだ。ただ、ひでー中二病な事はたすかであって……!」


 佐藤と好絵は同時に真弦を見る。


「「お母さん、何とかなりませんか?」」


「私に何とかしろと言うのか? 子沢山の母さんでも、あんな大きな赤子あやすの無理だぞ」


 それから話がややこしくなり、真弦は一旦ヤミーを家で預かる事にしたのだ。厄介なのが家に住みついちゃったな……。



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