26. 真弦は黙っていればよくモテる




 吾輩の日課。それは近所の商店街の徘徊である。

 今日は光矢がぼちぼち大学に行く時間帯に一緒に外に出た。

 光矢と同級生の寿司屋の海瀬の息子の忠義も一緒に講義があるだろうから寿司のネタの残りは諦め、午前中は蕪木さんのおばあちゃんが営んでいる駄菓子屋の裏にある縁側でのんびりとくつろいでいた。


 ぽかぽか。うとうと。

 吾輩が縁側で丸まっていると近所の野良や徘徊家猫が5匹ほど集まってくる。

 吾輩みたいなトラやブチ、汚い毛色の奴らがひしめいている。

 いつも会話は特にない。


「猫しゃん達や、まんまさ持って来たぞ」


 婆さんが吾輩達に飯を持って来て食わせてくれる。金属のボウルに無造作に餌が入っている。

 今日は鰹節と魚の骨が入ったオーソドックスな猫まんまだ。


 吾輩は蕪木さんの猫まんまを有難く頂くと、仲間の猫達と別れを告げ、他の場所へ移動する。

 昼間、吾輩の縄張りであるコインパーキングの一角で少し昼寝をする。

 特にいつもと変わった事はない。


 日向で日向ぼっこしていたら、パーキングの隣にあるコンビニの裏口に人の出入りがあるのだが、学生服を着た鈴木が出勤したみたいだ。……へー、高校生の癖によく頑張るよなー何か欲しい物でもあるのかなあいつ。最近知ったのだが、鈴木は真弦より1学年上の高校3年生らしい。

 ……そろそろ真弦も帰宅する時間だし帰ろう。


 あ、……今日は美羽の誕生日だったっけか。

 帰ってこないじゃん! 光矢も部活かバイトで帰って来ないだろうし。


 何もない家にいてもつまんないし、今日はもう少し徘徊する事にしよう。

 今日は如月の店で餌を貰って店主と美青年の高山にモフモフされるか、花屋のおねーさん(パートの人妻)達にちやほやされるかどっちかにしよう。

 木の枝を前足で立てて倒し、右側に倒れたから花屋にする。


 商店街のほぼ中央にある『フローリスト・ Barbie』の店の前に吾輩がひょっこり姿を現すと、珍しく店主のバービッチ(本名不明)が店の中で真面目に仕事をしていた。男なのか女なのかよく判らない太めの男おばさんは華道家としても有名な人らしい。今日はパートの女性にフラワーアレンジメントを教えていた。


「まあ、ニャンコロリーナちゃん!」


 吾輩はここでは「ニャンコロリーナ」という長ったらしい名前で呼ばれている。オスなのにこの名前はおかしいが、店主が乙女だから仕方がない。


「いらっしゃい。バービッチも後で休憩にするから、ゆっくりして行ってね」


 うん。吾輩はこの花屋の二階に勝手知ったる我が家のように階段を上る。


 吾輩がいつもくつろいでいるバービッチの物置に入ると、人の生活臭と段ボールの匂いがした。

 1階の店舗で花屋を営む中年のバービッチは年老いた母親と二人暮らしだし、家族でも増えたのかな?

 段ボールが幅を利かせている部屋には20インチの液晶テレビの周りにお笑いのDVDが複数。『人前であがらない方法』というふせんだらけの自己啓発本に床に無造作に置いたゲーム機、読みかけのヤ●マガと水着女性のエロ本が置いてあった。壁に阪神のユニフォームと応援グッズ。部屋の主は割と若い男だろう。しかも阪神ファンの。

 まあいいや、ここは以前から吾輩の場所だ。構わずサッシの桟の上でくつろがせて貰おう。

 この店の二階のサッシから覗く商店街の景色は面白い。商店街の風景が大体一望できるのだ。


「ニャンコロリーナちゃん、そこは御手洗君の部屋になったのよ。こっちでくつろぎましょう」


「?(みたらいって誰?)」


 吾輩はバービッチの太い腕に抱えられてバービッチの居住スペースに強制的に移動させられた。

 吾輩はバービッチにチーズを与えられて、がっつく姿に萌えまくるバービッチに写メられていた。


「バービッチさん、真弦ちゃんが納品に来ましたよ」


 階下からパートの女性の声がした。

 真弦って、この店のポップやポスター書いてたりして小遣い稼いだりしてるんだよなぁ……。


「はーい。今行く~」


 バービッチは巨体を揺らして階段を下りて行った。真弦、まだ美羽の家に行かなかったのか……のん気な奴だな。




 吾輩が毛繕いして階下に降りると、真弦はまだバービッチと話し込んでいた。

 今朝見たようなリボン型に結った頭ではなく、左右にきっちりと編み込んだお下げになっていた。ストレートヘアじゃないのは珍しいな。まあ、リボン頭に癖が付きすぎていて三つ編みにせざるを得なかったのだろうと察する。


「……じゃあ、今日入荷したチョコレートコスモスも混ぜてみるわね」


 バービッチはコスモスの花とアレンジに使う花を選んで奥の作業台の方に行った。

 真弦がレインボーバラの前でしゃがみ込むと、


「あ、玉五郎!」


 吾輩を見つけた。そしてすかさず抱っこされる。


「お前、ここでもお世話になってたのか……」


 もふもふ。真弦は花束を待っている間、ずっと吾輩の背中を撫でている。

 美羽のプレゼントは花束にしたらしいな。女の子は花束貰うのが好きみたいだし。


 バンッ ワゴン車のトランクが閉まる音がした。

 空になった花の容器の積み重なった物を抱えた男が店に入ってきた。


「バービッチさん、納品終わりました」


 何ともパッとしない容姿のひょろい男だ。こいつが吾輩の居場所を奪った奴か。

 御手洗は真弦の横を通り過ぎる時、ちらっと彼女を見て花束を入れる容器に落とした。ドスッという音がして、御手洗は足の上に容器を落としていた。


「痛っあ~っ!!」


「あ、大丈夫ですか?」


 真弦が吾輩を下ろし、スニーカーを押さえて蹲る御手洗の落とした容器を拾うのを手伝っていた。こういう所は外面がいい清楚な美少女である。


 御手洗はしばらく真弦を見つめていた。

 ポッと顔を赤らめると、真弦から容器を奪い取ってさっさと奥へ引っ込んでいってしまう。なんか知らないけど、冴えない青年が美しい女子高生に一目惚れした瞬間を目撃してしまった。


「何だあの人?」


 真弦が怪訝な表情をしていると、バービッチが花籠を持ってきて真弦に見せる。


「こういう感じでどうかしら?」


 うさぎの飾りと家のピックが刺さっている可愛らしいデザインのコスモスのフラワーアレンジメントだ。白とピンク、チョコレート色のコスモスをメインに飾っている。


「秋らしくて素敵ですね。美羽が喜びます」


 真弦が笑顔でバービッチと話していると、さっきの御手洗が赤い顔をして花の咲いたサボテンを持ちながらこちらにやってきた。


「……あ、あの! 自分、御手洗晴人みたらいはると言います。お嬢さん、良かったら付き合うて下さい!」


 御手洗は真弦の清楚な委員長みたいなルックスにハートを撃ち抜かれたらしく、いきなりお国の関西弁で真弦に告白してきた。おい、まだ惚れた相手の名前も訊いてないのにお前は一体何なのだ?


「はあ?」


 真弦は不気味な御手洗にサボテンを押し付けられて困っている。

 やはり、真弦は美しい容姿の少女に間違いなかったようだ。この光景を同棲している光矢が見ていたら、真弦に告白してきた御手洗を即殴っていたかも知れない。

 サボテンはよく見ると、人型に実っていて、目と口のような窪みがあって埴輪みたいな顔をしている。てっぺんには赤い花が咲いていて珍しい事には確かだが、形状が藁人形に似ていた。


「気持ち悪い」


 ガシャーン!

 真弦はサボテンの鉢を落として御手洗を気味悪がっている。

 御手洗は真弦にサボテンを叩き落とされて自分が即行で振られた事に気が付いたようだった。ショックを受けて青ざめている。


「ごめんなさいね、真弦ちゃん」


 バービッチは申し訳なさそうに謝りながら真弦にアレンジした花籠を渡した。


「御手洗君、そのサボテン弁償してもらうわよ!」


 天上院真弦は近所の男子によくモテるのは間違いないようだった。こいつの本性を知らない奴らが結構多いから困る。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る