54. 見合い相手は胴着を着込んでいた
吾輩は謎の胴着男を追い、寿司の海瀬の裏口へ回って離れの庭へと入り込んだ。
娘のタツコとタレ蔵もちゃっかり付いてきて、ついでに兄弟のトラオも入り込んでいた。
あ、トラオはこの話では初見だったな。インド人妻のいる家庭の家猫であるトラオは吾輩と瓜二つの容姿をしており、おしゃべりな吾輩とは違って寡黙な猫である。
青葉ぎんざ商店街のテリトリーは玉五郎ファミリーでほぼ掌握している。
「(みんな、こっちこっち!)」
先に行ったタツコがアイコンタクトを送ってきた。
吾輩達はぞろぞろと連れだって店舗の離れにある和室の一角を陣取る。
障子とガラスが組み合わされた純和風のデザインの扉の前で固まる。猫団子のフォーメーションで縁側に詰め寄り、かつ陽だまりの中で暖を取りながら中を覗き見る大胆な作戦を始めたのだった。
障子の向こう側には緊張した面持ちの牛山夫妻と、赤い晴れ着姿なのに憮然とした美羽だけが片側に座っていた。
どうやら如月を無視してここに先回りしたら美羽の見合い相手よりも先に来てしまったらしい。猫の瞬発力って侮れないね!
「こちらが蕪木虎次郎さんです」
海瀬の女将は扉を開けた後に遅れて入ってきた青年を紹介する。
やはり、袖なしの汚れた胴着を着たさっきの金髪だった。
ざわ……。
牛山一家が虎次郎を一目見るなり呆気にとられて固まる。
「遅くなってすみませんでした! 朝から恋愛成就を祈願して出稽古に出ていたらこんな時間になってしまいまして……。あと、こんな汚い格好で申し訳ありません」
虎次郎は美羽と同じ欧米系のハーフなのだろう、自前の金髪と碧玉の瞳を持つイケメンなのは間違いない。だが、この席には相応しくない荒々しい格好が仇になっていて全てを台無しにしていた。
「……出稽古? まあいい、座って下さい」
英二が苦笑いを浮かべながら向かいの席に座る様に虎次郎を促した。
「失礼します」
虎次郎の所作は普通の日本人よりもかなり礼儀正しく、正座も美しかった。陽射しの加減で二の腕に青痣や傷が目立っているのがこちらからはよく見えた。多分、目の前にいる美羽には傷がはっきり見えているのだろう、ひきつった笑顔を浮かべていた。
虎次郎が着席してから、その場にいる誰も何も話す事が無くなってしまって気まずい空気が流れる。
女将が茶を注いで差し出す衣擦れの音だけが室内に響いているのだろう、全員の注目が女将の所作に向いていた。
しばらくの間……。
「アノー、早速だけど、蕪木さんに質問してもいいカシラ?」
パトリシアが率先して斬り込み隊長になり、その場の沈黙をやり過ごす。
「ごショクギョウは?」
早速、気になる事イッター!!!!
「こんな格好をしていますが、本職はパティシエです。来年までに亡くなった祖母の家を改装して店を建て直したいと計画を練っています」
虎次郎は真摯な態度で牛山一家に自己アピールをする。
現在はフランスの何処其処で修行中の身で、趣味は護身術で始めた格闘技だそうだが、熱く語るあまりに話が長いので省略する。
美羽は虎次郎の職業を聞いてほっとしていた。
「ところで、美羽さんのご職業は?」
「わたしは保育士をしています」
美羽は姿勢を崩さずおしとやかに答えている。
だが、いつもより口数は少ない。
趣味を聞かれて「お菓子作り」だと答えると、わっと話が華やぐ。
「じゃあ、若い者に任せて我々は退散しよう」
「美羽、しっかりネ!」
牛山夫妻は美羽と虎次郎を二人っきりにして離れを出て行く。吾輩達の存在には気付いていないみたいだった。
「あのう、なんだか熱いので戸を開けても、いや、散歩の方がいいですか」
虎次郎はいきなり美羽と二人きりにされてやっと緊張し始めたようだった。どうやらこの男は年頃の若い女性が得意じゃないらしい。
そして、緊張した虎次郎は扉を全開にして開け放った。
パーン!
吾輩達の猫団子が丸見えになり、美羽に気が付かれてしまった。
音に驚いた猫全員が逃げたのでこの先は分からない。
その後、美羽と蕪木虎次郎は何故だかよく分からないが意気投合して兄の礼二の目を盗んで付き合うようになったらしい。人間の恋愛ってよく分からないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます