53. 美羽のお見合い




 美羽の幸せはまだ続いているようだ。

 来週の日曜日に寿司の海瀬でお見合いをする事になったらしいのだ。

 本人は乗り気ではないが、嫁に行く年頃の娘を持つ両親が心配し、妹バカの兄の目を盗んで見合いの席を設けたと言うのが美羽の話だ。


 場所は保育園から真弦の自宅のリビングに変わっている。

 美羽は仕事を終えて真弦の家に夕飯をご馳走になりに来ていた。

 今晩のメニューはミートソーススパゲティにコーンスープである。割と子供が好きなメニューで固められている。


「で、見合い相手はどんな顔してるの?」


「それがねー、写真が用意されてないのよ。こっちは写真スタジオでちゃんと撮影して貰った写真を渡したのにさ」


「んー、不公平だが、当日のお楽しみって訳か!」


「蕪木さんのお孫さんだってお母さん言ってたなぁ~」


「あのおばあちゃんの孫か~。……あのばあちゃん皺くちゃで原型がどんなのかわからないよなー」


「スナップ写真でも良いから貰っておけば良かったな」


 美羽はスパゲティをフォークに巻きつけながら「う~ん」と唸っている。

 蕪木さんのおばあちゃんは昨年亡くなっており、おばあちゃんから直接孫の情報を聞き出す事は難しかった。

 美羽の見合い相手はフランスでパティシエの修行をしているという情報と二歳年上の年齢のみの情報しかない。紹介者の話では「蕪木君はいい人」との事。


「正直ね、乗り気しないんだよね」


「彼氏いない歴=年齢の更新が停まるかも知れないぞ! ここは喜ぶべきだよ」


「真弦、あんた本気で言ってるの? ちっとも嬉しくないよ」


 美羽は真弦を恨めし気にじとっと睨んでいた。

 そうなのだ。美羽は生まれてこの方彼氏が出来た事が無かったのだった。

 そんでもって真弦は美羽がまだ自分に未練があるなんて知らなかった。




 吾輩は美羽の真相を突き止めるべく、彼女が一緒に暮らしているタレ蔵に直撃して見る事にした。我が娘ながら、「タレ蔵」と呼ばれるのは名付け親の真弦が原因で可哀想であるが仕方が無い。


「にゃーん(父ちゃん、いらっしゃい)


 タレ蔵に導かれて浴室の半開きの窓から部屋に侵入する。


 さすが日曜日の午前中だ。かなり静かな牛山家の風景が広がっている。

 ただ一人、問題児の兄が休日を返上して仕事に出かけようとしている以外は……。


「美羽、お兄ちゃんは今日も美羽観世音菩薩像を完成させる為に出掛ける。お前は今日は日曜日なんだから外に出たりするんじゃない、怪我をするかも知れないからな」


「わかってるよ、お兄ちゃん。ハイ、お弁当!」


 美羽はいつも通りニコニコしながら兄に大きな弁当を作って渡している。

 兄の礼二の病状が落ち着いているのは美羽の用意した料理があるからなのである。実の母親の料理は一切食べなくなり、妹の弁当のみで生活していて相変わらずガリガリのままだ。見てるこっちは心配になってくる。


「美羽、ああ美羽! 時間が来てしまったか……! 悲しいが、お兄ちゃんは行かなければならない。それも早く美羽観世音菩薩像を完成させる為にだ」


 礼二は美羽との朝の別れをしつこく惜しんでいた。美羽観世音菩薩、美羽観世音菩薩とうるさいのは仕事の為だと言っているが、本人の顔は楽しそうであった。


「今日も5時までに帰ってくる! ……くっ!」


「いってらっしゃい、お兄ちゃん」


「い゛っでぎま゛ず!」


 礼二は別れを惜しみながら涙と鼻水を堪えて足早に仕事へと出かけて行く。

 兄を見送る美羽の後ろでハラハラ見守っている両親を吾輩は見逃さなかった。


「さあ、ママ、着付け手伝ってね!」


 心の動揺を隠すのに必死な両親とは違い、美羽の気持ちの切り替えの早さは神業のようだった。


 吾輩は美羽の着付けを見守る事無く、タレ蔵と巡回路を散歩する事にする。

 猫の本来の性質を忘れないでいただきたい。気まぐれなのだ。


 商店街を散歩していると、美容室の看板猫のタツコが店の前でオヤジみたいにレンガに背を預け腰掛けてだらんと座り込んでいた。客寄せするわけでもなく、腹を出してくつろいでいる。


「なーん(タツコ、こんな所で腹だして座ってたら飼い主に撮影されるぞ)」


「にゃーん(父ちゃんとタレ蔵じゃないか。アタイは気にしないよ)


 気まぐれで大雑把なのが本来の飼い猫かも知れない。吾輩は我が子を見てそう思う事にした。


 猫が3匹集まってすぐ、暇を見つけてやって来た店主が吾輩達に顔を出した。


「あらーあらあら、今日は3匹もいるのね」


 きさら……なんて呼ぼう? いつも旧姓の苗字で呼ばれていた為に、吾輩は未だに彼女の名前を知らないでいる。最初出会った頃にアフロヘアにしていた髪の毛はすっかりストレートになってワンレングスにしていた。


高子たかこさーん、どうしたの?」


 店先に成長した元男の娘の高山が顔を出した。さすがにあのゴリラみたいな敦史の弟だけあって筋肉が付いてきて少し逞しくなっていた。女顔がちょっと不自然に感じる。


尚史ひさし君、今日はカリカリ3匹分用意しましょう♪」


 二人はいつの間にか名前で呼び合うような仲に進展している。そう、結婚していたのだ!!

 高山夫妻は10歳以上の年の差があるっていうが、そんなのを感じさせず高子は若返りを果たしていた。余談だが吉良美容整形クリニックのいいカモだって話もある。


「はーい、おやつよ♪」


 高子がカリカリを持ってきた時、ガコンガコンと謎の金属音が向こうから響いてきた。丁度、駅の方角からだろうか……。


「ちょ……! 今時リョウのコスプレなんて懐かしいわね……」


 高子は店先でしゃがみ込みながら金属音が前を通り過ぎるのを見守っていた。

 何だろうあれは? 金髪の筋骨隆々の男が袖を破いた胴着を着て鉄下駄を履いて歩いていたぞ?

 そして、その金髪の胴着男は寿司の海瀬へと吸い込まれて行った。






 以下は執事メイドロイドのセイヤの撮影記録である。


 真弦は美羽の初めての見合いが心配になり、先に家族連れで寿司の海瀬に潜入していた。海瀬の大将は大喜びで家族を歓迎し、小上がりに座る様に導いた。


 家族で寿司桶を幾つか頼み、寿司を摘まんでいると、礼二を抜かした牛山家の家族が来店してくる。


「ヘイ、らっしゃい!」


 主役の美羽は真っ赤な振袖を着せられ、母親に導かれておしとやかに店の中に入ってきた。そしてすぐに真弦を見つける。


「ま、真弦!? どうしてここに?」


「いやあ、偶然だねぇ。丁度ランチしに海瀬に寄ったんだよ」


 真弦はニヤニヤしながら鉄火巻を口に放り込んで答えた。


「美羽ちゃん、綺麗だな~。おめかしして何かあるのか?」


 見合いがあると事前に真弦から知らされていない光矢は、美羽の晴れ着姿に驚きながら目を瞬かせている。

 隣にいた真弦はそこで光矢に耳打ちして初めて「美羽が見合いをする」と明かした。


「え? ああ、そうなのか」


 光矢がニヤニヤし始める。真弦の思惑が判明して楽しそうな顔をしていた。


「……真弦、心配してくれるのは嬉しいけど、私は変わるつもり無いから」


 意味有り気な言葉を吐いた美羽は気丈な顔で真弦に返した。

 店の入り口で立っていた牛山一家は女将の合図で店の離れと導かれる。


「外野は大人しくしてろ。……屑が」


 不機嫌な海瀬の息子の忠義がカウンターの中で吉良一家の追加注文した寿司を握っていた。仄かに恋心を抱いてた娘が自分の目の前で見合いに出されているのだ。それはもう不安と絶望で胸いっぱいになっているのに間違いのない顔だ。


「美羽ちゃんどんな相手と見合いするんだろうなー?」


 忠義の絶望とは裏腹に、客として来ている吉良一家は気楽に寿司を摘まんでいた。





 牛山美羽の見合い相手は予定時刻を10分過ぎた頃に颯爽とやって来た。


「ヘイ、らっしゃい!」


 大将と忠義が条件反射に来店した客に挨拶する。そして固まった。

 吉良一家も来店した客をこっそりとチラ見してみる。固まった。


「お久しぶりです、大将!」


 青年は爽やかに挨拶する。

 そんな彼は袖の取れた汚れた胴着と鉄下駄が目につく金髪の筋骨隆々の好青年だった。どこかの格闘家なのだろうか……?


「こ、虎次郎君……大きくなったな。いや、大きくなり過ぎたような」


 大将は面食らった様子で牛山美羽の見合い相手の蕪木虎次郎かぶらぎこじろうを迎え、少々談笑した。

 そして、美羽の見合い相手は慌てながら見合いの席がどこかを訪ねてくる。女将が「しょうがないわね」と言いながら離れへと虎次郎を連れて行った。


「おいwww忠義www」


 wを生やしまくっている吉良一家が轟沈している忠義を座卓まで呼んだ。


「いや、聞いてない、聞いてないぞ。蕪木さんちのコジローがあんなにでかくなったなんて……」


 忠義は商店街に生まれてからずっと所属しているので、同じ商店街生まれの虎次郎の事を知っている。


「ところで、『コジロー』さんがどんな子だったか真弦さんに聞かせてくれないか?」


 真弦は興味津々で虎次郎の素性を忠義に尋ねる。

 詰め寄られた忠義は困惑していた。


「昔は体が同級生よりも小さくて、よく苛められているのを見かけたな。いつも正義感の強そうな子に守られて小学生の時は暮らしていた。で、中学までは苛められていて、高校は……よく分からんが格闘技を極めるとか言い出して外国に留学したんだ」


「それであのナリか! わかる!」


 幼児を抱えて幼児食を与えている光矢は忠義の話に納得した。


「ちょっと待て、私は美羽から蕪木はパティシエって聞いたぞ?」


「知るか。俺はカポエラをやるって親父から聞いたんだ。格闘技だよなー、親父」


「外国で修行をするって母ちゃんの噂から聞いたんだが。カポエラって料理関係だろ」


「うわぁー違う違う!」


「結局、料理か格闘技かよくわかんねえじゃないかー!」


 蕪木虎次郎についての話は色々と食い違いが起きていたのだった……。

 話は収拾がつかないまま、美羽と虎次郎の見合いは彼らの見えない所で始まっていた。

 セイヤの記録はここでひとまず終わる。



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