48. 実家のロボット執事
真っ暗で街灯が殆どないほの暗い住宅街の一角を一般車のライトが明るく照らしている。
住宅街の外れにとびきり大きな庭がある、レンガ造りの城のような外観をした家がそびえ立っていた。……二つの塔を含めると地上5階建ての豪邸である。
表札に「TENJYOIN」と表記されているので、ここが天上院真琴の城であるのは間違いない事実のようだ。光矢が若干引いている気がする。
カードキーを自動認識機に識別させると、間を置いて起動し始めた。
軋んだ音を立てて自動車格納庫のシャッターが自動で開きはじめる……。おいおーい、金持ちなのにメンテナンスはー?
「わぁー母さんもしばらく帰ってないのかぁ……。さっき、でかい蜘蛛の巣あったよ」
真弦は実家のひどい状況に驚きもせずに荷物を持って自宅へ行く階段を上り始めたのだった。
天上院本家のようなエレベーターは備えていないようで、自力で玄関にたどり着かねばいけないらしい。
「埃臭っ……!」
光矢は舞い散る埃にむせ返りながら真弦の後に続く。吾輩のキャリーを肩に掛けて両手に荷物を持っている。
そして、二人が玄関の豪奢な扉を開けると。
燕尾服を着た何かがエントランスホールの中央でうつ伏せになって倒れていた。
執事(?)が死んでいた。
「「うぎゃあああーっ!!!!」」
人間のカップルは悲鳴を上げて尻もちをつき、ホールにぶら下がる埃だらけのシャンデリアの下で倒れている人影に向かってぎゃあぎゃあ騒いでいた。
キャリーに入れられてひっくり返された吾輩にはいい迷惑である。
執事が死んでいる。
いや、人間の臭いがしないから執事のような何かと表現した方が正しいのかも知れない。
それに、「死」という概念はエントランスホール中央にあるシャンデリアの真下で倒れているこいつには存在しないのかも知れない。
燕尾服を着て埃をかぶっているこいつからはメイドロイドのミリアと似たような匂いがする。
「あ、この子、ミリアと同型のセイヤ君じゃん! あー、びっくりした」
真弦は光矢よりも先に立ち上がると、尻に付いた埃を払った。
「何だよ? ミリアちゃんと同型ってどういう……? こいつもアンドロイドかよ?」
驚いて腰を抜かしている光矢はそのままの姿勢で真弦に訊いた。
「うん、しばらく留守にしてて充電切れてたみたい。ちょっと電源持って来るね!」
そう言うと真弦は広い家の中を掛けて行ったのだった。
「うぉおい、一人にしないでー」
腰を抜かしたままの光矢は死体みたに停止したアンドロイドを見ながらビクビク怯えている。
「なおーん(おい、ここから出せよ)」
光矢は吾輩の猫語を理解したのか、キャリーを下して外に出してくれた。
よし、あいつが死体じゃない事を証明してやろうか。
吾輩は平気で埃を被ったロボット執事の前まで歩いて行った。
「にゃー」
げしげし。前足で埃だらけになったロボット執事の頭部を触ってみる。
……反応は特にある訳でもない。感触としては服屋に置いてあるマネキンというよりは、美容室の裏にある練習用高級マネキンの頭部にちょっと近い。髪の色は金髪の西洋人形みたいなミリアと違って真っ黒な東洋の黒髪である。
その時、グキンと音がして執事ロボの首が曲がった。ミリアのような美しい人形の顔が見える。
ほえ? 猫である吾輩の力ってそんなに無い筈だぞ?
『侵入者アリ。駆逐モードに移行』
執事ロボは僅かな力を振り絞り、玄関で座っている光矢に向かって瞳からビームを放った。
「おわぁーっ!」
光矢が悲鳴を上げた時には既に玄関ドアが熱線で穿たれている。
ビームは光矢を完全に逸れてはいるが、直撃したら即死どころの問題じゃないだろう。何なの? この殺戮ロボ? ミリアの同型って真弦が言ってたし、「うっかりAI」機能が「殺戮AI」に入れ替わってないだろうなぁ?
戦争でミリアの後続機が使われているという話は聞いた事が無いし、大丈夫だと思うがいかんせんきな臭いロボットだ。
執事ロボは首をあさっての方向に傾げながら力尽きて倒れている。天上院怖いよ!
「すごい音したけど大丈夫ー?」
真弦が充電器のコードを引っ張って来て、玄関にあったプラグにそれを繋いだ。
「俺、今殺されそうになった……」
「大丈夫大丈夫、バカロボが威嚇射撃しただけだから」
真弦は日常茶飯事だと笑いながら、執事ロボの服を脱がせて上半身を裸にする。マネキンのようにつるんとした胴体の背中にあるプラグに充電器を繋いだ。
臨時充電を終えた執事ロボは埃を払われ、新しい服を着せられている。
「もー、母さんは武装執事が大好きなんだからまったくもー」
このセイヤとかいうアンドロイドの本来の服はミリアみたいなメイド服らしい。男とも女ともいえない美貌の動く人形なので、メイド服を着てようが燕尾服を着てようがそれらしくどちらの性別にも見える。
「僕はどちらの性別でも構わないと真琴様が仰っておりました」
さっき夫に攻撃してきたロボットと仲良く会話している真弦が不思議に見えるが、ミリアと同型なのだから当たり前の事なのだろう。てか、セイヤの奴、吾輩の実況と心情読んでませんかね?
「あ、そう。衣装持ちですねーセイヤ君は」
真弦はセイヤに専用クローゼットが与えられているのにびっくりしている様子だ。
「この4年の間に真弦様は帰っておりませんから、真琴様の服飾熱は自然と僕に向くのですよ。お察し下さい」
「……ぜかまし? なに? アンタ着るの?」
クローゼットの脇のハンガーに浮き輪と際どいカットがされたセーラー服と黒い下着が掛かっていた。
「いいえ」
好みでは無い服だとセイヤがきっぱりと答えた。やっぱりこいつにも特殊AIが搭載されているようだ。
どうやら真琴は自分のブランドの服を着てくれないフラストレーションを全てセイヤにぶつけていたようだ。『返品』と書かれた段ボールが部屋の隅に沢山積まれているのが悲しい。
こうして真弦はしばらくの間、吾輩と共にロボット執事のいる城に住む事になった。
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