秋の話
25. 光矢、じわじわと外堀を埋める
暦は9月に入り、学校が通常通り始まっても気温の暑さは相変わらずだ。
エアコンにタイマーがかかっており、いつも室内の空気がぬるくなり始めた朝6時頃に稼働してくれる。
吾輩は自分の寝床から移動して冷やされていく窓辺の床に転がった。除湿機能だから緩やかな体感温度だ。
この家の住人達は相変わらず裸同然の姿で折り重なるようにして布団で寝ている。
むくり。光矢の上になって仰向けで寝ていた真弦が起き上がる。
珍しいな、昨晩遅くまで漫画の原稿を描いていたのに……。
真弦はトイレに行き、光矢が寝ている布団まで戻ってきた。
なんだ、二度寝か……。
そう思って吾輩がのんびり窓の方に向き直った時、真弦がごそごそと光矢のパンツを脱がした!
ちょ、おま……。何してるの?
光矢はいつもパンツ1枚で寝いているから、すっぽんぽんになっていた。それでも彼は寝返りを打って仰向けになっただけで、安心しきってて特に目覚めようとしなかった。
「うーん」
ボリボリ。陰毛をかきむしってやっぱり寝ていますよコイツ! 伸びてきて癖が出てきた髪の前髪が不自然に立ち上がり、無精髭が目立つ。
同棲して数か月で股間の危機に無頓着になっているようだった。
真弦がいきなり自分が履いていたパンツを脱いだ。アンダーヘアは野球少年のようなジョリッとした短い長さまで生えてきている。
おもむろに朝勃ちしている光矢の上に跨る。
「……っあ!」
真弦は騎乗位で光矢自身を自分の割れ目に食い込ませて挿入したようだ。
……おま、何してんの!?
ギシギシと体を揺らせて真弦が声を殺しながら息を荒らげている……。汗ばんだタンクトップを脱ぎ捨てた。
朝っぱらから恋人じゃない間男を襲っている我がご主人様である! いい加減もう、組み敷かれてる奴が可哀想だから彼氏にしてあげろよと言いたい。
「……何やってんの?」
光矢が眠い目を擦りながら起きた!
睡眠中に男が激しい性的刺激を与えられたら誰でもそうなるだろう。
「ん……あっ……あっ!」
気が付いたのをよそに、光矢を無視して腰をグラインドさせて大っぴらに喘ぎ始める真弦である。
何考えてるんだ!?
吾輩は暗幕のような地味な色のカーテンをめくって外を見た。
古めかしいブロック塀の飾り穴から差し込む日差し。さわやかな朝の晴天が見えた。
振り向くと……。
「あん! アーン!」
生々しい人間の交尾する姿が瞳に映る……。
朝っぱらからもうやだ、こいつら……。
「朝っぱらから一体何をしてるんだお前は?」
光矢が、勝手に性欲を発散して体をとおっぱいを激しく揺らしている真弦に対して割と冷静な声で尋ねた。
ごもっともだよ。吾輩が言いたかった事を代弁してくれたようだ。
「あっあ……。それが、馨×和成の超マイナーカップリングの妄想が止まらなくて……んっ」
羽瀬和成は芸能人だから3次元オタには知られているが、一般庶民の畝田馨はこの間のイベントに行った奴しか知らない。
「で、どうしてこうなった?」
「……あはぁん、夢の……夢の中で彼らがおセックスしてて……」
「何だそりゃ?」
「起きたら体が火照ってて……!」
光矢の上に跨って突き刺さっている真弦は乙女らしくエロく恥じらっていたが、妄想が超腐っていた! 病院が来い!
「わかった……」
光矢は腐ってる脳味噌を理解する作業を放棄して腰を突き上げ始めたのだった。
さっさと性欲を解消してもらって退いてもらいたいみたいだ。
室内に真弦の喘ぎ声と、パンパンという肌のぶつかり合う音だけが響いている。
朝の清浄な静寂をこんなエロい音声で汚して、隣に住んでいるお爺さんと上の階にいる中国人(夫婦?)には、この部屋の住人に代わってとても申し訳ないと思っている。
しばらくして、
ドンドンドンドン!
「真弦ちゃーん。起きてるー?」
恋人の美羽や松葉楓とは違う女性の声がドアの外から聞こえた。
この女性はインターホンが直った事を知らないみたいだ。
「真弦ちゃーん、ママだよーおはよー」
ガチャッ! 勝手に鍵を開けられた。
吾輩もまだ見た事が無い、真弦の母親が無遠慮にドアを開けた!
金髪でカールしたロングヘアと付け睫毛で目力ばっちりのヒョウ柄の服を着たギャルが一瞬だけ見えたが、すぐにドアが閉まった。
パタム……。
「……ごめんなさい、間違えました!」
ドアの外から慌てた声が響いていた。
その一瞬の出来事に、朝っぱらから交尾していた人間共は気が付いた。
予測できなかった事態に驚愕で絶句している。
「母さんっっ!?」
意識が戻った真弦が光矢から降りようとするが、抜けなかった……!
「な、何? 何これ?」
「おい、降りろ早く! 親御さん来たから服着るぞ早く!」
光矢も慌てているが、真弦を離す事が出来ないみたいだ。
「抜けないぞ? 何で? 何で? 締まって……る?」
「痛いたたたたたた! いたたたたたた!」
真弦の膣が驚いた拍子で光矢の陰茎を物凄い力で締め付けているようだった。
とにかく、この人間共は大ピンチを迎えていた。
しばらく引っこ抜けないでいると、顔面蒼白になった光矢が枕元に置いてあったスマホを青息吐息で取り出した。
「恥ずかしいけど救急車を……」
「待って! 待って! 嫌だそんなの!」
真弦がこののっぴきならない事態で泣きそうな顔になっている。
二人して裸のままとんでもなく狼狽えていると、
カチャリ。
ドアが静かに開いてさっきのギャルがリボンの付いたボストンバッグを持って入ってきた。フルーツを思わせる香水のさわやかな香りが淫靡な空気を割った。
吾輩はギャルの図太さにただびっくりして天井付近まで積まれているカラーボックスの上に避難した。
金髪のギャルは裸で組み合わさっている若い男女の枕元に正座して座る。表情は真剣だ。
腕に付けていたシュシュで髪をくくり、「爪切りはどこ?」と真弦に聞くと凝ったネイルアートをした自前の爪を惜しげもなく切り始めた。
「真弦ちゃん、泣かないで。ママが何とかしてあげるからね!」
隠す必要が無くて布団の傍に投げっぱなしにしてあったローションを手に取るギャル。慣れた様子でぬろーんとローションを掌にたっぷり出した。
「二人とも、恥ずかしかったら目を閉じてなさい」
ギャルは真弦と光矢に命令するとすぐに、結合部にローションがたっぷり付いた手を伸ばした。
ぬちょ……ぬちょぬちょ。
「痛いっ! 母さん痛いよ!」
光矢の自身を銜えたまま離せない真弦は第三者に指で膣の入り口を刺激される痛みで身悶えている。
「……!」
陰茎を見知らぬギャルに触られている光矢は複雑な表情をしながら仰向けになって寝そべって見ているしか出来ないでいる。
「……やっ……あっ……!」
顔を真っ赤にした真弦が息も絶え絶えになりながら痛みを堪えて膣の刺激を受け続けていた。
ぬちょ……。
「おし、指一本入った。二人とも、抜くよ?」
ギャルは真剣な表情をしながら、体に力が入らない真弦の両脇に腕を入れて立ち上がった。
ぬぽんっ!
真弦が勢い良く光矢から離れた。どたたっと裸の真弦とギャルが作業机の方に倒れる。
引き抜かれた光矢のチンコは抜けた直後にぺそーっと硬度を失っていた。
ちゃんと服を着た光矢が正座し、同じくちゃんと服を着た真弦はばつが悪そうに布団に寝転がって金髪ギャルを見上げていた。
「お母様、申し訳ございません!」
光矢は真弦の母親らしきギャルに向かって土下座していた。
ギャルは真弦が使っている作業机の椅子に座って足を組んでいる。
「いいのよー。まさかこんな地味な子に素敵な彼氏が出来てたとはねー。ママとっても嬉しいわぁ」
真弦の母は嬉しそうににっこりとほほ笑んでいた。
自分の娘が見知らぬ男とセックスしてるのを目撃してても気にも留めないようだ。
濃いギャルメイクであんまりよくわからなかったけど、真弦の切れ長で琥珀色の瞳はこの母親から引き継いでいるみたいだった。……真弦の母さんって痛いぐらい若作りしてて、親子で並んだら姉妹にしか見えないだろうな。
「真弦ちゃん、見ないうちにおっぱい大きくなったねー。毎日彼氏に揉まれて大きくなってるんだね。今度送るお洋服はおっぱいに合わせてオーダーメイドにしましょうね」
言う事はさすがに真弦の親だった。えげつない。だが、おっぱいのサイズは真弦の方が親みたいに大きかった。
「見ないうちって、いつまで育児放棄してたんだ
真弦は恥ずかしい姿を見られた上に、真琴にずっと育児放棄をされていたのでひねくれてそっぽを向いた。
室内は不穏な空気に包まれ始める。
光矢はいそいそと台所に行ってコップに麦茶を注いで真琴に手渡した。
「粗茶ですが、どうぞ」
「あら、気が利くわね。ありがと」
真琴は渡された麦茶を一気にあおると、溜息をついた。
「カルキ臭いわー。ママがお金出すから水代ケチらずにクリ●ラの水でもいいから定期購入しなさいな」
麦茶はパックに入った安い茶粉に水道水を注いで作った物だった。
服飾会社の社長でセレブ育ちらしい真琴は、わが娘の貧乏臭い生活に辟易している様子だ。
「うるさい! あんたが仕送り何回も忘れて愛娘が死にかけた時に電話に出ななった奴はどこのどいつだよ?」
真弦は痛む下腹部を抑えながら半身を起こして母親に怒鳴った。
電話に出なかった事実は吾輩も、同棲している光矢も知っている。
「だってー、商品会議とダーリン達のデートで忙しいんだものー」
真琴は悪びれる様子もなく、自慢の金髪を指でくるくるしながら答えた。
「ダーリンって誰だよ? ドバイのアルファハドか?」
「違うよー、イタリアのクラウドとスイスのローランだよー。アルファとはもう別れたから関係なーい」
「このババア……、違うのに乗り換えて二股かけてやがる……」
真弦も人の事言えた立場じゃないんだが、自分の事を棚に上げて親の事を厳しく評価していた。
真弦の母さんはなぜこんな朝っぱらから連絡もなしに来たのか?
娘の真弦が疑問に思いながら母親をじと目で睨んでいると、
ドン!
テーブルの上に豪奢な重箱に入った弁当が出された。
「ママね、日本に帰ってきても真弦ちゃんに会える機会が少ないから、今日は真弦ちゃんの為に朝ご飯作ってきたんだよ」
真琴がパカッと重箱の蓋を開けると、上段には茹でたブロッコリーとコーンが詰まっていた。白いドレッシングとトッピングに使ったカラーシュガーらしき物体が溶けてポップな色彩を放っている。
「これがサラダでー。こっちはメインのスペインオムレツ~」
2段目にオムレツと言われた茶色い液体がかかった赤黒い塊が1つだけ入っていた。
「真弦ちゃんの好きなチョコレートソースをかけてみたよ。ご飯はねー」
3段目にはスパゲティが入っていた。なぜか小豆が絡まっていて、あんこの甘い香りを放っている。
「スパゲッティだよ♪」
お母さん、すごく……甘いです。
「たーくさん作ったから真弦ちゃんも光矢君も食べてね!」
真琴はニコニコしながらボストンバッグからホイップクリームのチューブを取り出してあんこスパゲティの上にクリームを大量に流し込んだ。うわああああああああああ!
「ママねー、真弦ちゃんの為に頑張って一人でお料理したんだよ」
うわああああああああああ!
娘の真弦と光矢は驚愕の表情で料理の腕が前衛的なアラフォーギャルの前で凍り付いていた。
自前の可愛らしいギャル風エプロンをつけた真琴はお母さんらしく台所を物色して皿を見つけてきた。
各人の取り皿に重箱の料理を盛り付けてサーブする。
「さあ、召し上がれ♪」
重くて甘すぎる母の愛の前に、正座をしている真弦がカタカタと震えている。
「こんなモン食えるかぁぁぁ!」
真弦は受け取った皿をテーブルに置いて突っ込みを入れた。隣にいる光矢がビクッとしながらフォークを落とした。
「えー? どうしてー? おふくろの味だよー?」
真琴は真面目な様子で、自分の作った朝ご飯をさもおいしそうに食べていた。その、喫茶マ●ンテン風のパスタよく平気で食べれますね……。
「この味覚音痴ババア! お前の飯が不味いから出ていったのがわからないのかよ?」
真弦は怒りながら気持ち悪いパスタをフォークで食べ始めた。親の前では超ツンデレですね……。ていうか娘もこのパスタ平気なの?
変なパスタを食っている親子に挟まれた光矢は皿を持ったまま、狼狽えた表情で真弦と皿を交互に見ていた。
しばらくして、「オェェ!」耐え切れなくなった真弦がブロッコリーのサラダを汚らしく床に吐いた。緑色の吐瀉物からはすごく甘い香りが漂っている。ドレッシングも砂糖が入っていそうな気がする。
「やーねー、真弦ちゃん。野菜嫌いはダメよ?」
真琴は青白い顔でサラダを食べている。この女は本当に味覚音痴なのだろうか……?
「あ、あのー、俺、二日酔いで胃にもたれてるから後で食っていいでしょうか?」
光矢は真弦の背中をさすりながらおどおどした口調で真琴に申し出た。
「そう。だったらキャベツのコールスローサラダにしておけば良かったわ」
真琴は残念そうに重箱を片付けた。
真琴お母さんはニコニコ嬉しそうに真弦の身支度の世話というか邪魔をし始める。
「ダメよー、スカートはもっと可愛く短くしなきゃ」
「うっせ、膝下が丁度いいんだよ」
親子は制服の着こなしについて揉めていた。親子の意見が普通は逆だと思うが。
「今日はニーハイ履いて行きなさい。真弦ちゃんの為に買ってきたんだよ」
「縞々ニーハイなんてどんなエロゲだよ? それ校則違反だから」
親子でバタバタやってる間に真弦はいつものように制服を相変わらず地味めに着こなしていた。
「そんなぼさぼさの髪で行くの? 整えてあげるから座りなさい」
「そんなまどろっこしい事してたら遅刻するわ!」
「ママが車で送ってあげるから大丈夫よ~」
とても親子らしいやり取りを、窓の日の当たる場所で光矢と座りながら眺めている。
真弦本人が険悪な仲だと言っていたが、やはり親子は親子である。軽口をたたき合いながら割と仲がいい。
見ててほっこりするな~。
真琴は真弦を座らせると、自前のドライヤーとコテを持ってきて丁寧にブローした。それからわざわざ娘の髪をポニーテールにして縛る。
「……母さん? 何してる?」
「髪の毛のおリボンだよ。可愛いでしょー?」
真弦の長い髪の毛は巨大なリボン型に素早く結われていた。
そんなこんなしてたら真弦の登校時間に遅れそうになっていた。
「うわあああああ! こんな頭で学校行きたくねえ!」
変な頭に結われた真弦は真琴に連行されて車の後部座席に乗せられていた。
ピンクでヒョウ柄のベンツの助手席の窓が開いた。
「じゃあ、光矢君、あたしはまた仕事でしばらく来れないから、真弦の事よろしく頼みますね!」
実年齢に逆らった盛り髪しているギャルでもやはり真弦の母親だった。
「あ、ハイ。お母様もお仕事頑張って下さい!」
吾輩を抱っこした光矢がにこやかに天上院親子を見送る。
初対面で衝撃的光景を母親に見せつけたのに光矢の印象は悪くなかったらしく、真琴は笑顔で運転席から軽く手を振った。
「またねー♪」
助手席の窓が閉まると、ヒョウ柄の派手なベンツが発進した。
光矢は派手なベンツが見えなくなるまで手を振っていた。
「うっしゃー!」
吾輩を地面に降ろすと大きくガッツポーズをしていた。
真弦の親に恋人関係を認められたって事で喜んでいる。真弦には関係を認められていないが、外堀から埋めていく作戦は成功したみたいだった。
光矢の雄叫びを聞いて、隣の爺さんがヨボヨボ出てきた。
親指を人差し指と中指の間から突き出して「よかったな兄ちゃん」と言ってきた。
壁、薄いから隣に会話も聞こえてんのかよ……。
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