12. 恋人はどっちだよ?
真弦は男性とのキス初体験だったのにも関わらず、美羽とのレズビアンプレイである程度キスの技術を心得ている。
何度か軽くチュッチュッと光矢の唇に吸いつくと、自分から彼の唇を割って舌に絡み付いた。
「……んはぁ」
真弦がうっとりした表情で光矢から唇を離すと、お互いの舌に唾液の細い橋が架かっていた。美羽とキスしている時よりも真弦は煽情的な表情をしていてなんかエロい。
「お前、キス上手すぎ……」
光矢は真弦の意外な反応に驚いているようで、急に恥ずかしくなってまだ髪が短すぎる地肌が見える頭まで真っ赤にしている。
「ホントに男と付き合った事ねーのかよ?」
キスの上手さに光矢は過去の男の影を疑い出した。
「全然ないけど。それよりも、もっと私にキス……して?」
真弦は本当の事を言う(女と付き合ってる事は触れられてないから答えない)と、女を出して光矢の首根っこに絡み付いてキスを迫った。
……で、しばらくこいつらがベロベロチュッチュとディープキスをしていて、それ以上の事をしようとしたその時、
コンコン、コンコン。
聞きなれたノック音が響いた。
「まつるー、お腹空いてない? 朝ご飯持ってきたよー」
ドアの外から美羽の声が聞こえてきた。
だが、中にいる二人はディープキスの真っ最中で美羽の声が聞こえて無い様だった。
しばらくドアのノック音が響いたが、真弦に反応が無い事に気が付いた美羽は真弦を心配したのだろう、ドアに鍵がかかってない事に気付くや否や、
「真弦、大丈夫? わたし、もう怒ってないよ」
ドアを開けて料理の詰まったお重を持って部屋に入った。
「きゃああああああああああ!」
美羽はこの前遭遇した宇宙人(?)と真弦が本当にデキていた現実を見せられて完璧に打ちのめされてしまった。愛しの真弦と光矢のキスの現場を目の当たりにしてしまったのだ。
美羽の悲鳴で我に返った真弦は光矢をドンッと突き倒した。
が、もう遅い。
「男は二次元しか要らないって言ってた真弦が嘘ついたー。大っ嫌いー!」
美羽はお重を放り出して泣きながら真弦の部屋から逃げ出してしまった。
「待ってくれ美羽ーっ!」
今度こそ友情(愛情?)の危機を感じた真弦は慌ててスニーカーを履いて美羽を追いかけて行った。
「今の何だったんだ?」
取り残された光矢は突き倒された体制のまま唖然としていた。
真弦に置いて行かれた光矢は緩慢に立ち上がり、残された真弦の眼鏡を拾い上げる。
フレームレスの眼鏡は何の特徴も無いが、レンズが分厚くて持ち主の視力の低さをはっきりと表現していた。真弦の奴、レンズ代ケチって安い眼鏡にしてるからお洒落とは程遠い干物女と呼ばれても仕方ないんだよ……。
と、吾輩が真弦の眼鏡を見てため息を吐こうとしていると、
バン! と乱暴に部屋のドアが開いた。
額を擦りむいた裸眼の真弦が部屋に戻ってきて、目に涙を滲ませながら光矢から眼鏡を受け取る。美羽を追いかけている途中で盛大に顔から転んだか、電柱に激突したんだろうな。
「おい……、真弦大丈夫か?」
心配した光矢が気遣いながらオロオロしているが、気丈にも真弦は額の傷を気にせずに玄関に向き直って靴を履き直した。
「じゃ、行ってきます」
真弦はそう言うと、心配して玄関まで付いて来た光矢の頬にキスをした。やっぱり女の本能では光矢が好きらしいな。
そしてデカ乳を揺らしながらジョギングをするように軽快にタッタッタッタと走り出した。
様子が心配だからドアが閉まる前に吾輩も追いかけるとするか!
「おーい! 傷跡が残るから消毒してけよー!」
部屋に残された光矢の呼びかけも走り出した真弦の耳には届かなかった。
親友かつ恋人(?)の美羽が気になって額の傷どころじゃ無いみたいだ。
吾輩は真弦のアホより先周りをして牛山家へ急いだ。
吾輩は猫の特権を最大限生かして牛山家へ急いだ。
が、猫なのでインターフォン押して正面から牛山家へ入るって事が出来ない。
いつも侵入している風呂場の窓は珍しく鍵がかかっている。どうしたもんかと思い、玄関屋根によじ登って真弦がやって来るのを結局待つしか方法が見つからなかった。
やや時間が経過して息を切らした真弦が牛山家の玄関アプローチまでたどり着いた。
ピンポーン! インターフォンを鳴らす。それもピンポンピンポンと連続で鳴らしまくっている。これが天上院真弦の来訪スタイルなのだ。
「ハーイ?」
しばしの間を置いて、牛山家のドアが開いた。
面影が美羽とそっくりな外国人の金髪の背の高い女性が出てきた。初見だが、彼女が牛山兄妹の母親なのだろう。どうでもいいけど美羽と礼二ってハーフだったんだな……。
「パトリシアさん! 美羽は帰ってきた?」
「ハイ。美羽ならさっき帰ってきたばかりダヨー。あの子、真弦とケンカでもしたのデスカ? プンスカプンプンしててママンの言う事も聞いてくれないダニヨー」
変なイントネーションの日本語を使う牛山母は、娘が相当ご立腹の様子を大げさな身振り手振りで真弦に伝えている。
よし、この隙に家に侵入しちゃえ!
吾輩は玄関正面からダダダッと牛山家になだれ込んだ。
「ワオ! ノラ猫?」
「玉五郎? あれはうちの猫だから大丈夫。美羽にすごく懐いてるから緩衝剤になってくれる筈」
「マア! それは良かった。にゃんこで美羽のゴキゲンが治るといいですネ!」
「それじゃあ、美羽と話を付けて来るからお邪魔します」
真弦は家主の許可も聞かずに敷居を跨いで淡々と玄関に上がり靴を脱いだ。
「アラ、真弦、おでこ怪我してマスヨ! 手当するからこっちへいらっしゃい」
牛山母は真弦の怪我を発見して彼女の二の腕を掴むと、リビングへ招く。真弦の手当てをしてあげるみたいだ。
吾輩は真弦の傷の治療を見守るよりも先に、美羽の部屋へ急ぐ。
二階に上がって階段手前にある半開きのドアの礼二の部屋を通り過ぎ、奥の美羽の部屋の前へ行った。やっぱりドアはピッタリ閉まっていて、しんとしている。
部屋の中にいるだろう美羽を気付かせようと、吾輩用にドアに取りつけてくれた猫ノック用の板(さすがにドアをぶち抜いて猫一匹出入り出来るようには構造上出来なかったようだ)をカリカリする。
ドアをカリカリしても美羽の返事は無かった。
代わりに、
「真弦が来たのね……」
こもった暗いつぶやき声が部屋の中から聞こえた。
吾輩が牛山家に来たのは良いけど、真弦が言ったような緩衝剤になれるような気がしなかった。
幾ら美羽の部屋の猫ノック用の板をカリカリやっても、美羽は出てきてくれそうもない。鍵は構造上かからない仕組みなんだが、真弦か牛山母が来ない限りドアは開きそうもない。(兄の礼二はというと、思春期の都合で許可なく入れないのだ)
しょうがないから階下のリビングへ行って見る事にした。
真弦は真っ白な革張りのソファに座らされ、美羽に面影が似た牛山母に額を手当てされている。
「痛い痛い! オカン、それ沁みるからっ!」
スプレー式の消毒液をしばらく乱暴に拭きつけられ、化粧用のコットンで血と汚れを拭き取られた。丁寧で手厚い看護をしてくれる美羽と違って、母の牛山パトリシアの手当ては適当だった。
バシッ。と四角くて大きめの絆創膏を真弦の額に貼ると、牛山母は満たされた表情になって顔にかかっていた髪を払った。
「女の子の顔に傷が残ってはイケナイ。早めに手当てして良かったですネ!」
「ウヒィィィ……痛え~」
「真弦は美羽のたった一人の大事なお友達ヨ! ママンは真弦も自分の娘のヨウに心配なのデス」
たった一人の大事なお友達って……親友っていう事かな?
真弦と牛山母は美羽の事についてしばらくリビングで話をする事にしたみたいだ。
多感な年頃の娘の事が、仕事でしばらく家を空けてあまり面倒を見てやれない牛山母にとっては気がかりで仕方が無いみたいなのだ。
牛山パトリシアの話にしばらく聞き耳を立てていると、
娘の牛山美羽は
・幼い頃、精神がちょっとやられている(どころではない)兄の礼二の異常な行動に振り回されて友達が全く出来なかった事。
・真弦は礼二の妨害を気にせず果敢に話し掛けてきて無理やり友達になり、その存在が成長した今ではとても大きいという事。
・もともと引っ込み思案な性格と、体の成長が遅く体力があまり無くて物凄いコンプレックスを持っていて、成熟した大人の肉体を持つ真弦が羨ましい事。
・高校生になった今でも真弦以外であまり話せる人がいないのではないか? という母の心配。
そんな秘密が漏れ聞こえてきた。
吾輩はリビングではなく、真面目に会話している二人の間に入りにくかったし廊下で聞いていたから掻い摘んでしかわからないがそんな感じだ。
美羽は誰にでも臆せず気軽に話しかけたりする積極的な真弦と違ってかなりデリケートなのは確かだった。
真弦は娘を心配している牛山母の話を黙って聞き、麦茶を飲みながら美羽との和解策を考えている様だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます