69. メイドロイドに魂を移植したい




 セイヤはメンテ前と同じように子供達を保育園から無事に連れて帰ってきた。長女の真弓は小学校から既に帰ってきて宿題をやっている。



「このお人形さんの中に薔薇姫の魂入れたいでしよ。バロン、何かアイディア無いでしか?」


 ヤミーはてきぱきと家事をこなすセイヤを見ながら吾輩に我儘を言い出した。

 魂の無い無機物に薔薇園亜梨香の魂を入れて会話をしたい気持ちはとてもわかる。それで万事解決なら真弦も喜ぶだろう。


「猫に話しかけたって何も解決策は浮かばないぞ。そんなに薔薇園亜梨香と会話したいなら、神主呼んで降霊して貰えばいいじゃないか。ついでに除霊もな」


 真弦は牛乳をパックごとがぶ飲みしながら皮肉たっぷりに答えた。セイヤが帰ってきたので家事を美羽に頼む口実が無くなって不服なのか、かなり不機嫌である。真弦は美羽が家事をやっている姿が自分の奥さんみたいで好きなのであった。

 美羽はというと、セイヤが帰ってきてから楽を出来て嬉しいようだった。明日からは自宅からヤミーの教育をしに吉良家に通うそうだ。


「わかったでし! 紫のマリオネットを連れて神社に行くでしよ!」


 ヤミーは屈折した回答を出し、台所で野菜を切っていたエプロン姿のセイヤの腕を掴んで部屋から出て行こうとする。セイヤは危険物の包丁を持ったままだ。

 特殊AIが備わってて表情を変えられるセイヤはかなり困った顔を表示している。


「わーコラコラ! 5時過ぎてるんだから神社の営業時間はとっくに終わってて迷惑だぞ」


 セイヤの困ってる顔を見つけた光矢が助け舟を出そうと前に出るが、ヤミーの片手に押される。


「泥沼男爵は黙ってるでし!」


 ヤミーは光矢の言う事を聞かず、大根と包丁を持ったセイヤを連れて玄関を出て行った。おーい、待ってくれよー!

 吾輩はペット用のドアをすり抜けて彼らを追いかけるのだった。






 美空神社の境内は陽が落ちておどろおどろしい空気を纏っている。

 社務所に未確認生物みたいな変な家族が住んでいるのだが、ヤミーには黙っていた。


「こんな時間に何の用?」


 因幡家の長女、夏海がこぼれそうに大きな瞳で見上げながらつんけんした態度で応対した。彼女は確か中学生になるようだが、低身長の母親に似て背がとても低く小学生みたいに見える。背の低いヤミーよりも更に体が小さい。


「このお人形さんに魂を入れて欲しいでし! 神社の宮司さんなら人形を人間に出来るって聞いてやってきたでし。魂はバッグの中に入ってるでしよ」


 ヤミーは年下の中学生に中二病満載の妄想を付け加えて話を始めた。

 柩の鞄を開け、中を確認させてやる。鞄の中には確かに澄んだ魂が煌めいているのが猫の目からは見える。

 果たして人間には見えるのだろうか……?


「……あっそう」


 夏海はそれだけ言うと、ピシャンと引き戸を閉めた。

 そして、「お父さーん、外に変なのがいるよー」と玄関で叫んでいた。

 気持ちの悪い中二病相手には当然の態度だと思う。


 しばらくして連れて来られたセイヤが「帰りましょう」と声を掛けてきたが、ヤミーは首を横に振ってここから動こうとしない。

 ガラガラ。扉が開いて仏頂面の因幡神社の宮司が複数のお札を持って出て来た。着替え途中だったのか、作務衣の前が肌蹴ている。

 因幡は札に念を送ると炎を生み出してこちらに放ってきた。


「前方から正体不明の炎を感知」


 セイヤが包丁と大根を放り出してヤミーを抱きかかえて後方に避けた。

 放り出した大根に炎が着弾して燃え上がった。

 ……。なんなのこのオヤジ? 妖術が使えるというのだろうか?


 因幡は肌蹴た作務衣を直してから器用に印を結ぶ。


「臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前!」


「前方の男を敵と確認。攻撃します」


 因幡の謎の波動とセイヤの目から怪光線は同時だった。

 二つの力が社務所の玄関前でぶつかり合い、パァンと弾ける。


 その時、戦闘機能を低下させられてチューンナップされていたセイヤはショートしてヤミーごと倒れた。ビームを放ってエネルギーがすぐに切れたらしい。

 ……。機械ってこういう時超デリケートだよね。





 機械の体をしているセイヤは重たいので、一旦因幡家の玄関に安置される事になる。

 因幡家の人々はセイヤをあらかじめ吉良家のメイドロイドだと知っているので、吉良家に連絡していた。


「それでね、紫の薔薇姫はこう言ったでし……」


 ヤミーは中二病満載の創作話を小学生の省吾と幼児の奈津乃なつのに得意げに話していた。


「ふーん、そうなんだ」


 省吾は底の厚い眼鏡をくいくい上げながら興味深そうにヤミーの話を聞いているというか、話すたびにたゆんたゆん揺れる胸を見つめていた。ああ、こいつも性に興味が湧いてきた年頃かよそうなのかよ……。


 因幡は精巧に出来ているメイドロイドのセイヤをしげしげと見つめて調べている。後で家に来るであろう光矢にどういう仕組みになっているのか尋ねるつもりなのだろう。


「ニャー(よお、ナガト)」


 吾輩はこの家に住んでいる愛娘のナガトに話しかけた。


「(パパ、今日はまた変な女の子を連れて来たわね)」


 ナガトは辛辣な一言をヤミーに放っていたが、猫語はよく聞かないと通じないのか、ヤミーは全く気にする事無く中二病話に花を咲かせている。


「(ところでナガト、ここのオヤジは炎出したり魔法が使えるのか?)」


「(馬鹿ね、最近覚えたテーブルマジックで威嚇しただけよ)」


「(それにしては、うちのセイヤがオヤジの衝撃波で倒れてたぞ。あれは何なんだ?)」


「(わからない。セイヤは機械だから突然エラーが起きただけだと思うわ)」


 ナガトはクールに答えると、それきり心を閉ざしてアイコンタクトにも答えてくれなくなった。

 この因幡家には謎が多すぎる! 一体この家族は何者なのだろうか?


 吾輩が因幡家に猜疑心を抱きまくっていると、社務所の引き戸が開いて光矢がセイヤと吾輩達を回収しにやって来たのだった。


「うちのロボットが暴走したみたいでどうもすみませんでした」


 光矢は因幡に謝罪すると、買ってきたケーキを差し出す。因幡家の年少者の奈津乃がお土産に大喜びしていた。





 因幡は吾輩達が一旦帰ろうとした時に提案してきた。


「あの少女がメイドロイドに魂を宿したいそうだが、正式に儀式を執り行うとすると結構な奉納料を弾んで貰う事になる」


 これは光矢に対して話した事なのだが、ヤミーが聞き耳を立てていて彼らに飛び込んで行く。


「宮司さん! 是非とも薔薇姫の魂を紫のマリオネットに移植して欲しいでし! 薔薇園亜梨香は本来死んではいけない存在だったのでし。なのに、魂がイレギュラーによって分離させられて」


「煩いよヤミー! それは解かったから」


 会話を遮られて光矢はヤミーを鬱陶しがった。家族の平穏をどう守ってやろうか考え始めていたのだろう。


「……お金は働いて返しますから、どうか薔薇園亜梨香の魂をこのメイドロイドに一時的にでも宿して下さい! お願いします!」


 ヤミーは真摯な態度でその場に土下座した。それ程までに薔薇園亜梨香が大切なのだ。いつもの自己中心的な態度を捨てて頭を垂れている。


「後払いは少し困るな。こちらも生活が懸かっておる」


「またまたー、教授が稼いできてるでしょーがー」


「このボロい神社を新しくするには資金を集めなくてはならなくてな。申し訳ないが先払いでないと依頼は受けられぬ」


 この神社の宮司兼陰陽師のオヤジは金に汚いようだった。

 先払いで一歩も譲らないので、光矢はキャッシュカードを出した。


「カードはOKですか?」


「勿論大丈夫だ。カード会社とは提携しておるからな」


 早速因幡は光矢のキャッシュカードを受け取るとカードを切りに行った。


「おい、ヤミー、働いて金返すってのは本当だろうな? 降霊するのに大金立て替えてやったからな」


「わかりましたでし」


 ヤミーは光矢に深く頷くのだった。薔薇園亜梨香が絡むと素直だなー。



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