第2章 #9
◇◇◇◇◇
(どうして、わたしは戦わされているんだろう)
港湾の上空に伸びている高速道路――を再現した撮影用スタジオで、エイリは魔法少女『アイリスブルー』として、突如この戦場に放り出されていた。
彼女の周囲にはピンク色の光球が展開されていた。それらはエイリを付け狙うように外回りの放物線を描くようにして動き回っており、彼女へ狙いを定めるやレーザービームを照射してくる。
高速道路を構成するコンクリートすら易々と貫く威力を持つ光線。それに対してエイリは、自身の手のひらをかざした先にかわるがわる障壁を展開することで、身体を射貫かんと襲ってくるレーザーを凌いでいた。衣服に焦げ痕や裂け目といった損傷が生じてはいるものの、身体には傷一つ付いていない。これは、彼女が全てのレーザーを捌いている証左であった。
(叛魔法少女として捕まったのに、急にトランスジュエルを返されて、マリーピーチと戦うように言ってくるなんて。普通なら、わたしはもう魔法少女じゃなくなっているはずなのに)
戦闘が始まったばかりとは言えど敵の攻撃を凌ぎきっている一方で、エイリは自分自身が置かれている状況への疑問を拭えないでいた。
前向きに解釈すれば、再起のチャンスを与えられたのだと捉えることは出来なくもない。だが、その理由が分からないところをエイリは不気味だと感じていた。温情か、それとも何者かの策謀か。尤も、この勝負に勝ったところで、危機的状況を脱する切っ掛けになりえるのか。
(いったい、誰に何のメリットがあってこんなことを)
雲の中に手を突き入れているかのような心持ちで思考しているところに、一際太いレーザービームが二本続けて放たれた。一本は後ろへ飛び退いて回避し、もう一本は厚めの障壁で受け止める。
「見つけたっ! アイリスブルー!」
エイリは上空を見上げた。 そこには、ピンク色のスウィートロリータに身を包んだ魔法少女――マリーピーチの姿があった。
子供の玩具のようなステッキを手にした彼女は、地に足着けて立っているエイリと違って、ふわふわと宙に浮いている。その周囲にはカメラを備えた撮影用のドローンが数台飛んでいた。
「お久しぶりです、マリーピーチさん」
「久しぶり? もしかして私のこと、別の誰かと勘違いしてるの?」
「えっ。そんなわけは。わたしが前にこの街にいたとき、あなたとは同期――」
エイリはそこで口を閉じた。
頭の中に直接、並のような揺れがやってきたことに気がついたからだ。
それが、魔法少女同士のマナを用いた通信手段――『念話』であることを察知し、その波動から発せられる声を受け容れた。
――余計な事を言うんじゃないわよ。
鼓膜を介さずに直接響いてきた声は、相対している少女が発しているものだとは思えない威圧的なもので、エイリは思わず身じろぎした。
改めて顔を伺うも、当の本人は年齢相応のあどけない表情を崩していなかった。おそらくは、その表情こそ撮影用の顔で、念話にて響いてきた声こそが素に近いものなのだとエイリは理解した。
――魔法少女『マリーピーチ』が叛魔法少女『アイリスブルー』と会うのは今この時が初めて。アンタと知り合いだったってバレたら、私の積み重ねてきたイメージにヒビが入るわ。
――いいでしょう。これはあなたの配信です。わたしが何か言ったところで、信じる人はいないでしょうし、そんなことに労力を払うメリットもこちらにはありませんから。
――理解が早くて助かるわ。
――その代わり、一つ質問に答えてください。どうしてこんな回りくどいことを? 単に私を処理するなら、あのまま創造局の手に委ねておくのが確実だったはずです。私を助けるためにこんな茶番を演じているとしか思えません。
徒花エイリを救うための茶番劇。その可能性もありうるとエイリは踏んでいた。
トランスジュエルを取り上げられたまま創造局に拘束されているよりも、今の状況の方がまだやりようはある。あらゆる要素を前向きに捉えるなら、かつての同期のよしみでマリーピーチが逃走に手を貸すためのこの状況を用意したのだと考えることも出来なくはない。しかし。
――アンタを助ける? はぁ? そんなつもりはないわ。
侮蔑の色が乗った念話と共に、彼女の揮ったステッキからレーザービームが発射される。
エイリは横に飛んで躱したが、ビームに籠められた殺気から、マリーピーチは本気でアイリスブルーを殺そうとしているのだと肌身で感じ取る。
――そうでした。あなたはわたしのことが大嫌いでしたね、あの頃から。
一方でエイリも転送術式を実行し、自身の手元にアサルトライフルを呼び出す。両手で持つなり即座にフルオートに切り替え、セーフティを解除。そして、空に浮かぶマリーピーチを狙って引き金を引いた。
(結局、この茶番がどういう意図で組まれたものであっても、自由を得るにはマリーピーチを倒すしかない)
重力に逆らって、上から下へ降る鉛玉の雨。生身の人間であれば蜂の巣は免れず、魔法少女の防護機能であってもマナを大いに削る攻撃であった。マリーピーチは宙を自在に遊泳して回避――したかと思えば射線を振り切ることができず、結局は身体で受ける羽目になった。マリーピーチの悲鳴が「きゃあああっ!」と、あざとく響く。
(やっぱり、舐められている)
眼前の結果を素直に喜ぶことなく、エイリは奥歯を噛んだ。
戦う魔法少女の姿というのは、神鳴市にとっての主要コンテンツだ。そして、普段のマレフィキウムとの戦闘も含め、
故に、一方的な勝利を収めるのは、配信戦略を考慮すると悪手ではあった。エイリにとっては与り知らぬ情報ではあるが、マリーピーチが界隈での人気を博しているのは、その塩梅の調整を得手としているからでもあった。
(それでも、攻めの手は緩めていられない。今のうちに火力を集中させなきゃ)
エイリは自身の視界の両端へ設置式の砲台を呼び出す。数は二。そして、両砲台から、少量のマナによる遠隔操作で徹甲榴弾を撃ち出した。
しかし、マリーピーチに命中するかと思われたその時、彼女の周囲に浮かんでいた光の球が自ら二対の徹甲榴弾へぶつかっていった。結果、弾は彼女に届く前に爆発を起こした。その直後、別の光球が設置砲台へレーザービームを照射して砲台を破壊した。エイリはアサルトライフルの連射を続けながら、「ぐぬぬ」と歯噛みした。
(致命傷になり得る一撃はしっかり捌かれる。ライフル弾を受けているのはただのパフォーマンスだから、相手がその気になればいつだって対処される。ずっと撃っているだけじゃ勝ち目はない)
そのとき、エイリの正面へ、光の球が回り込んできた。
光球が一際強く発光する様に、エイリは危機感を覚えた。
射撃をやめ横方向へ転がるのと同時に、光球はエイリが元いた場所にレーザービームをお見舞いし、コンクリートをドロドロに溶かした。間一髪のところで回避できたことに安堵しつつも、これもマリーピーチの計算の内なのだろうと苛立った。
――五年経って少しは魔法少女らしくなってると思ったら、転送術式で誤魔化して本当にみじめね。変わってないのね、自分でマナを産めない欠陥体質は。
攻守一転。マリーピーチは、光球による追撃の手を緩めない。
――でも、そんなグズで役立たずで弱いアンタなのに。あの人は……カトレアホワイトは……お姉様は、アンタを選んだ。私じゃなくて、欠陥品のアンタを。史上最弱の魔法少女のアンタを!
エイリは四方八方から撃ち出されるビームを回避し、時に障壁で受け止めた。
(史上最弱の魔法少女)
たしかに周囲の大人達からそう呼ばれていたな、とエイリは思い出す。
――はい、あなたの言うとおり、師匠は私を外に連れ出しました。それがなんなんですか。
――だから気に食わないのよ、アイリスブルー。
そして隙あらばアサルトライフルを撃ち込む。けれども、さすがに今回はマリーピーチもまた、障壁を展開して凌いだ。マナによる身体防護機能の方がコストが重いことは、相手だって当然理解している。
――でも、神鳴市に戻ってきてくれたのは嬉しかったわ。アンタをこの手で叩きのめすチャンスに恵まれたんだから。
――どうせ、創造局が私を処理する手筈だったと思いますけど。
――私がアンタを潰すことに意味があるの!
――なるほど、だからこんな茶番を。お疲れ様です。
――うるさい! カトレアホワイトに選ばれてイイ気になってるのも今のうちよ!
――別に、いい気になんてなっていませんけど。
――死ね! 死ね死ね! 死ね!!
「さすが魔法少女、なかなかやるね! でも! マリーピーチは負けないよ!」
口では思ってもないであろう台詞を吐きながら、マリーピーチはステッキを揮った。
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