第1章 #4

「けっこう貢いでいるカンジ?」

「マナチャは……送ったことないけど。さすがに」


 魔法少女のライブ配信では、通貨で購入したマナを配信主の魔法少女へ送る機能がある。通称、『マナチャ』。これを送ると魔法少女の戦闘が有利になるのはもちろん、余剰のマナチャは魔法少女へ換言されるチップとなるので、彼女達の生活を支援するという名目で優越感に浸れるんだとか。


「でも、まー、魔法少女ねぇ。観るだけなら別にいいんかな。ウらチが生活できてんのは魔法少女サマサマだし、神様みたいなもんだけど、関わろうとは思わないなぁ、ちょいムリ」

「私も自分からあんまり近づこうとは思わないよ。ガチ恋勢の気持ちはあまり分かんない」

「ていうか、ちゃんナギが配信観てるのはやっぱビビる。エグゼクターっしょ、アンタ。魔法少女の怖さ、直に見てんじゃん」

「まぁ、マリーピーチだけは特別というか。あの子もカトレアホワイト推しだしね」

「ふうん」というリコの生返事。


 魔法少女に対してあまり良い印象を抱いていないのはリコに限った話じゃない。この街に住んでいる人間の大半がそっち派だろう。


 まず、魔法少女達はいわゆる特権階級であり、早くから華々しい生涯を約束されたエリートであるし、更にはマナという得体の知れない万能物質を体内で生成して魔法を操るのだから、仕事でなければ近づきたいとも思わないだろう。普段はマレフィキウムへ向けられている魔法が、彼女達のさじ加減一つで人畜無害な自身へ向けられることだってあるのだ。日々爆弾処理にあたる心持ちで彼女達のご機嫌をとっていることだろう撮影課の人達は、配属と共に遺書を書かされるなんて噂もある。


「うし、ココにしよか」


 事務的で何の彩りもないテーブル席は既に半数以上が埋まっていたから、リコは比較的混んでない所にある二人席へ腰掛けた。私も対面に座る。


 注文は各々に持っているPDAから行う。電波が輻輳してメニュー内容が全て表示されるまで、円形の図形が画面中心でぐるぐると回っていた。写真のない文字だけの定食の一覧が表示されると、リコも私もマイペースに注文情報を送信する。すると、リコは「ふわぁ」と両腕を伸ばして大欠伸をかいた。


「お疲れ様、リコ。しばらく何してた?」

「ずっと研究してた。『マレフィタール』からのマナ抽出効率をアゲアゲする研究」


 リコの言う『マレフィタール』とは、マレフィキウムの体を構成する、粘り気のある黒いヘドロのような物質だ。触れるどころか出来れば目にするのも憚られる物ではあるけれど、この中にも少しはマナが残っているらしい。それの効率が良い抽出方法を突き止めるのがリコの研究であった。


「あと少しで実用化できそうってトコ。街のエネルギーに回すのは無理でも、AEの動力として使うくらいなら、まーいけそう」

「そうなったら助かるなぁ。今は相手のマナを吸収してやりくりしてるトコだから」

「本当はフルパワーで渡してやりたいんだけど、『AEなんかにマナ使うな』って上がうるさいかんねぇ。マヂメンゴ」

「気にしないで。ここはそういう……マナを造るための場所でもあるんだから」

「まあね」とリコが欠伸をかいて応える。釣られて私も欠伸をかいた。


 神鳴市に求められる第二の役割……いや、本命であるのは『マナの生産』であった。


 かつて世界中で潤沢に使われていた資源――特に、化石燃料などのエネルギー資源は、度重なる発展や先進国での飽和した豊かさの維持、そして第三次世界大戦で事実上底を突いた。大戦を経て生き残った人類が、これから原始時代に戻ることを強いられそうになったときに、発見されたのが『マナ』という万能物質だ。


 マナは、願いに反応してあらゆる物質や事象への変換――つまるところ奇跡を引き起こす。そして現在では、マナを反応させるための『願い』を擬似的に生成する技術も確立していた。そのため、名実共に万能物質となり、今や人が生きる上で欠かせないモノとなったマナの確保が急務とされていた。


『魔法少女の物語を造り出す』役割のイメージが先行している神鳴市ではあるが、それはマナを得るための最も効率の高い方法が、マレフィキウムを討伐し、その体内にある『マナシード』というマナの原料を入手することだとされているからだ。そして、このマレフィキウムは魔法少女でないと倒せない厄介な性質を持っている。


 だから、何もしなくても魔法少女はマレフィキウムを討伐する必要に駆られるのだが、大戦と共に娯楽も一緒に流れてしまった世界へ新たな娯楽を提供しようという流れで、ついでに彼女達の活躍ぶりを撮影して、『魔法少女の物語を造り出す』ことになった、ということらしい。


 そんなことを眠たい頭で思い起こしていた頃、アームと車輪、棚状の収納が設けられた胴体で構成された給仕ロボットが、二人分のプレートを携えてこちらへやってきた。


 プレートに載っているのは私達が注文した定食だ。それがテーブルの上へ置かれると、ロボットは何も言わずに去って行った。リコの鮭定食と私のハンバーグ定食。どちらも出来たてのはずなのに、温かな湯気は立ち上らず、食欲を刺激する香りが漂ってくることもなかった。主食は見た目だけ再現されているが、小鉢は目に痛い色彩のペースト。十分な栄養価があることだけは分かる。プラスチック製のコップに注がれた無色透明な液体が水であるのは間違いない。


「この定食、どうやって作っているんだろうね」

「マナと魔法少女だけ造ってるココみたいに、食料だけ造ってる街とか、どっかにあるんじゃない? 知らんけど」


 リコはスプーンで鮭の形をした物体をほじくり、文句を言うことなく口の中へ入れて咀嚼する。対して私は、スプーンでハンバーグのようなものをほじって口内へ運ぶけど、薄い味に全然無い歯応えにただただ虚しくなるばかりだった。街から配給される貴重な食料であることは間違いないのに。


 でも違う、本物のハンバーグは、もっと歯応えがあるし肉の濃い味が染みこんでいる。


「ちゃんナギ。どしたん?」

「別に」


 これからも一生、こんなハンバーグもどきを食べることになるのかと悲しくなってくる。


 そんなこと、不満げ無く鮭みたいなモノを口にする友人に言えるわけがなかった。


 魔法少女のいる街を造るための歯車となって、得られるモノがこんなものだなんて。


「なんか元気ないカンジじゃん、ちゃんナギ」

「そんなことない」

「そんなことなくは……あ、分かった」


 分かった? 本当に――


「――彼ピが好き好きアピールに気づいてくれなくて病んでるんだ!」

「ハヴゥアッ!?」


 危うく貴重な食料を噴き出すところだった。口を押さえてなんとか凌ぐ。


 いやちょっと待って。『彼』って誰?


「ちゃんナギの上司のイケメン、彼ピっしょ。ウチにはまるわかりんとうなんだな」

「まるわかりんとう!? じゃなくて、いやいや待って待って! ホクト局長は彼氏じゃないよ!?」

「なんだぁ。じゃあ、しゅきぴなんだ」


 好きな人、というか気になっている人という意味では間違ってはないけれども。うう……。


 火照った顔を見せて肯定だと捉えられたくなくて、せめてもの防護策と私は俯く。しかし、その反応自体を肯定の意だと解釈したらしく、リコは持論を展開してきた。


「じゃあ、そのホクト局長……? サンを射止めれば、ちゃんナギは元気になるってことじゃんね!」


 いやいやいや! 待って! ちょっと待って!


 頭の中で頭を振りながらも、ホクト局長が彼氏になった未来図を想像する。あの、他の人からは厳つく見える険しいクールフェイスが、私にだけちょっとした弱みを晒し、甘いイケボで囁く様を。


(あ、いいかも……)


 たしかに元気になるかもしれない。


 ほんの少しだけリコの話を聞く気になって顔を上げた。彼女の眼が輝いていることに気づく。


「あのさ、ちゃんナギって実はかなり奥手じゃん?」

「たしかにそうだけど」


 ぐうの音も出ない。


「だったら、まずは服装から変えてみるのはどう!? デコルテの開いたリブニットとか、タートルネックニットとか、キャミだけとか! いっそスケスケの下着とボディコンにしちゃえ!」

「なんで胸が強調される服ばかり!?」

「だって……ちゃんナギ、デカいじゃんか」

「身長の話? 一七〇はたしかに……」

「そこだけじゃない的な話なんだよなぁ。マヂ許せんし」


 ジトっとした視線が真正面から突き刺さってくる気がするのは気のせい……だといいなぁ。


「いやでもさすがに、職場だとこのスーツジャケットしか着ていけないから。リコの白衣と同じで」

「たしかに」とリコは首を左右に捻る。けれどすぐに、「だったら」と口を開いた。


「アクセサリーを変えてみるのはどう?」

「アクセサリー?」と首を傾げると、「そう、それ」とリコは私の首元を指さした。そこには乳白色のガラス玉が提げられたペンダントがあった。

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