第4章 #11
◇◇◇◇◇
怪人になった得た力によって、マリーピーチは更に効率的にマナを扱えるようになっていた。
触れるだけで雷撃を浴びせられる黒い球体を、短時間でこの空間を埋め尽くす勢いで生成できたのも、怪人化のおかげだ。あとは痺れを切らして出てきたところへ、この球体を全て向かわせれば勝負は終わる。
(戦法も絵面も、魔法少女として失格だけど、ここに撮影ドローンは回ってないから関係なし)
視聴者にエンターテインメントを提供するための戦い方というものは、多様な制限が加わるものだ。相手の間合い外から攻撃できる手段があっても、それを使うのは劣勢時に限られる。必ず相手が得意とする、というより相手が最も派手な攻撃手段を採ってくる距離で戦うことを強いられる。マリーピーチが得意とする魔法は、ロングレンジでの戦いを得意とするものだが、それでは
ただ、相手は配信者としての魔法少女のキャリアを一切持たない、野蛮な叛魔法少女、アイリスブルーだ。彼女自身にとって圧倒的に不利な状況に立たされていることは理解しているはず。だとすれば、何かしらの対策を準備してくる可能性がある。気を抜くことはできない。
(でも、そんな愚策なんて今なら怖くもないわ。さあ、早く顔を出しなさい、アイリスブルー)
そうして待っていたところに、柱からとんがり帽子が飛び出してきた――アイリスブルーが動いた!
「そこ! 食らいなさい!」
爛れたステッキを揮い、展開済みの球体へ指示を出す。
球体は一直線に飛び掛かり、爆発と共に雷撃をお見舞いした。けれども――その跡にアイリスブルー本人の姿はなく、ボロボロになった帽子が無残に宙を舞うだけであった。
「ということは、帽子は囮!?」
前方反対側へ目を遣る。そこには、帽子のない姿のアイリスブルーが飛び出していた。
彼女はいくつもの砲台を地上へ設置し、マリーピーチへ砲口を向けていた。そして、アイリスブルーがすぐに手を振りかざすと、それぞれの設置砲台から砲弾が発射された。
急ごしらえのせいか、砲の照準精度は甘く感じられた。しかし、万難を排すためにマリーピーチは全ての砲弾へ球体を当てて受け止める。耳をつんざく轟音が連綿と続き、爆炎によって生じた黒煙がもうもうと立ちこめる。
空間に立ちこめる靄と光。そこに黒煙が加わったことによって、視界状況は最悪であった。マリーピーチは煙が晴れるのを待つ――しかし、はたと気づく。
(この狙いの甘い攻撃……本当の狙いは、私から視界を奪うこと!?)
やがて煙が晴れる。そうして現れたアイリスブルーは、アサルトライフルを構えていた――のみならず、イヤーマフとゴーグルを装備していた。
(本命は……前と同じフラッシュバン!)
つい先日の苦い記憶が蘇ったものの、マリーピーチはすぐに冷笑を浮かべた。
この崖っぷちの状況で弄した策が同じものだとは。映像映えしないどころか脅威ですらない。ただのチーププレイだ。
魔法で両耳へ障壁を展開すると共に、自身から離れた前面へ大きな障壁を展開する。あの眩光と音を大幅に軽減できれば、フラッシュバンなど恐るるに足らず。所詮は不意打ち用の非致死性兵器に過ぎない。本来なら、魔法少女に効く玩具ではないのだ。
「残念ね、アイリスブルー。お姉様が泣いてるわ」
そして、マリーピーチの予想通り、アイリスブルーは単発射撃を撃ってきた。
弾は障壁に阻まれて炸裂し、魔法少女であってもまともに受ければ五感に障害を来す程の光と音を発散させた。けれども万全に防御を固めたマリーピーチには、遠くで見た打ち上げ花火程度の影響しか及ぼさなかった。
それに加え、マリーピーチは弾が炸裂する直前に、自身の球体を一つ、アイリスブルーへと飛ばしたのだ。彼女の持つアサルトライフルを狙って。銃の反動を受ける最中、障壁の展開はほとんど不可能であるはずだ。
(こうすればもう、余計な小細工は使えない。私の完全勝利よ)
フラッシュバンによる光が霧散すると、地に伏せて悶絶するアイリスブルーの姿が現れた。マリーピーチはほくそ笑むが、アイリスブルーのそばにアサルトライフルが転がっていないことに気づく。あの一瞬の中で、転送術式で退避させたのだと推測された。
(私の反撃を予想していた……? なら、すぐに障壁を張ることは考えたはず……違う、アサルトライフルを確実に残すために、敢えて私の攻撃を受けたのね)
「自分の身体で受け止めることを選ぶなんて。舐められたものね」
「これを失ったら、わたしに勝つ手段はありませんから」
みっともない姿で地面に倒れたまま、アイリスブルーは毅然とこちらを睨んできた。
球体は既に十分に展開しきっている。殺そうと思えばいつでも殺せる。これが同期と――お姉様のことを知る人間と話す最後の機会になるのだから、少しくらい話をするのも悪くはない。
「お姉様は良い師匠だったようね。アンタが最弱の魔法少女だったというだけで」
「どうでしょうか。最弱の魔法少女だったから教え甲斐があったと解釈することもできますが」
「自分でソレを言うのね」
失笑ものだった。お姉様は、マリーピーチを弟子にとるべきだったのだ。
「さあ、私はいつでもアンタを殺せるんだけど、何か言い残すことはない?」
マリーピーチはステッキを揮い、途中で制止させる。
空間内に展開された黒い球体が、アイリスブルーを取り囲む。指示を下せば、どんなに身体防護機能が働いても、すぐに残存マナをすり潰す雷地獄へ処すことが可能だ。
「そうね、お姉様の話だったら、少しだけ待ってあげてもいいわ。さあ、何か」
「だったら、わたしが言い残すことは一つだけです」
そして、アイリスブルーはよろよろと立ち上がりながら口を動かした。
「――は、最強ですから」
うまく聞き取れなかった。お姉様を讃えるのなら、もっとハッキリ言ってもらいたいものだ。
「そうね。でも、それは前に言ったばかりじゃない。もっと別の話を」
「別に、師匠のことなんて一言も言ってませんけど」
「は?」とマリーピーチは怒りの面持ちを浮かべる。それでも、アイリスブルーは不敵な笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。
「いいですか。そのマレフィタールで塞がれた耳をかっぽじって、しっかり聞いてください」
その声は、確信に満ちていた。
「
ハッとしたマリーピーチは周囲をキョロキョロと見回し――自分の背後、それも上空から迫る小さな点に気づき、瞳孔を揺らす。
点は一気に豆粒となり、すぐに眼前に迫った巨大な隕石のごとく、彼女の視界を埋め尽くす。(そんなそんなそんなそんな!! 迎撃、防御、回避――何をするにしても間に合わない!)
その直後、金色の流星のごとく降り注いだキックが、彼女の胸にある黒いトランスジュエルを貫いた。
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