第4章 #12
――「私をあのロケットで天井へ打ち上げられない?」
――「まさか、空から背後をとるつもりですか」
――「そのとおり」
「バカみたいな方法ですけど、それが一番可能性が高そうですね」と、エイリは渋々ながらも協力してくれた。協力というよりは、ほとんど彼女がやってくれたようなものだけど。
この作戦を思いついたのは、この部屋の天井が目視できないほど高所に設けられていることに気づいたからだった。更にそこを、光と靄のセットで視界を妨げられるのだから、ある程度空へ逃げれば、マリーピーチに補足されることはないと考えた。
エイリは手持ちのマナで簡易版の一人用ロケットを造ってくれた。しかし、打ち上げの時にはどうしても音と爆風、それに打ち上げたロケットそのものが見えてしまう。そこを、エイリはあの手この手でバックアップしてくれた。
あとは得られる重力加速度が、一撃必殺に足る威力をもたらしてくれるかどうかとか、このAEの耐久性が如何ほどの物かとお祈りするしかなかったけど、私の四肢が健在なところと、マリーピーチのトランスジュエルを砕けた手応えならぬ足応えがあったところから、なんとかなったのだと察せられた。着地したとき、四肢がバラバラになったような激痛が走ったので、本当に変身を解除しても生きていられるのかどうかは少し心配ではある。
「ただいま……」
「おかえりなさい。バカみたいな作戦、うまくいっちゃいましたね……」
「本当に成功するとはちょっと思ってなかった」
「こっちは成功を信じて尽くしたんですから、そんなこと言わないでください。本当に成功したから良かったですけど」
エイリは、星蓋樹を背にして、膝を着くマリーピーチを見遣る。
彼女は胸元のトランスジュエルを苦しそうに押さえながら、全身を震わせていた。あんなに展開されていた黒い球体は、マリーピーチに入った大ダメージのせいか、全て粒子と化して消滅してしまっていた。
「トドメ、刺しますか?」
「……ううん、そのままにしておこう。もうすぐ変身が解けるだろうし」
「……そうですね。わたし達の目的は、彼女を殺すことじゃありませんから」
エイリへ頷きながらマリーピーチを見下ろす。
怪人に成り果ててなお、醜態を晒すことになってしまった彼女に同情の念が湧かないわけではなかった。彼女は、私の推しだったのだ。『カトレアホワイト』の話をいつまでも飽きることなくしてくれたのは、全ての魔法少女の中で彼女だけだった。
「じゃあ、星蓋樹を壊しに」とエイリへ声を掛けたとき、「待ちなさいよ」と声がした。
地獄の底から追い縋る、復讐鬼さながらの執念。
それに圧されて足が竦む。そして――私は選択を誤ったのだと後悔してしまった。
「けけ……けけけ……あぁ、そうなんだ……」
マリーピーチは笑う。その笑顔は壊れていた。
「私にチャンスをくれるんだぁ! みんな、優しいねぇ! ありがとう!」
高らかに叫ぶと、マリーピーチはステッキを両手で持って、こちらへと向けた。
爛れたハートの先端へ、光が急激に収束していく。これは、彼女が得意とする必殺魔法――『エンジェリック・イレイザー』の構えだった。
「これってもしかして、わたしが前に撃たれたヤツですか……?」
「そうだね。マリーピーチの必殺魔法だから……」
普段も
それに、彼女の胸元にあるトランスジュエルも――心なしか回復しているように見えた。
「あー、ひゃひゃひゃ……なんか全部持って来れちゃったみたい……嬉しいなぁ……」
「まさか、神鳴市にある全部のマナ供給装置からごっそり持っていってる……!?」
凍り付くほどの寒気がした。
それだけの規模のマナを使って必殺魔法を撃たれたら、この空間のどこにも逃げ場なんてないんじゃないか。AEの耐久性ではおろか、魔法少女であるエイリであっても、身体防護機能が作動したとしてもマナがなくなるまで身体が焼き尽くされ、灰も残らず消し飛んでしまいかねない。だとしても、逃げ場がない以上は。
「あの。本体のマリーピーチさんを攻撃して止めるのは」
「マリーピーチも決死の覚悟でやっているだろうから、発射自体は止められないだろうね……無防備のまま受けるのと同じになっちゃう」
「じゃあ、発射された物を受け止めるしかありませんよね……?」
「そう……だね……」
「AEだと心許ないので、わたしができる限りやってみます……」
「ごめんね……」と頷く他になかった。
周囲の気体や塵を巻き込みつつ、音を立てて成長しているそれをどうにかできない限り、わたし達は星蓋樹に触れることも逃げることもできないのだから。
「みんな、ありがとう! いっくよぉ!」
来る。
固唾を呑んで、その時を待つ。
「エンジェリック・イレイザー!!」
そうして、必殺と謳われた『魔法』が放たれた。
暴力的かつ高密度の熱と光の奔流が押し寄せてくる。
そのギリギリのタイミングで、エイリは大型の障壁を多重に展開した。
「うぐぐぐぐぐ……!」
両手を突き出しながらエイリは堪える。けれども光は、解けかけのアイスキャンディをへし折るかの如く、軽々と障壁を貫いていく。
残り三〇枚、二九、二八、二七、二六、二五、二四、二三――
「保ちません! ナギカさん!」
一七、一六、一五、一四、一三、一二、一一、一〇、九――
「もう無理です! ナギカさ――」
「――ありがとう、エイリ」
彼女の肩に片手を置く。
「ここからは、私の番だから」
HMDの表示を見る。
魔法無効化機構の再使用まで、残り五秒、四、三――
「分かりました、後は頼みます……ナギカさん!」
エイリはそう言って、最後の厚い障壁を残して、私の背中へと隠れる。
「うん! 絶対に守るから!」
残り、一枚――
残り、一秒――
「――魔法無効化機構、起動!!」
カウントが共にゼロとなる。
両手を前に突き出す。全身のマナ吸収ノズルが展開されていく。一人の人間を、十、百、千回は優に殺してしまえる圧倒的な光が、外骨格へと吸い込まれていくのを感じた。
熱、光、音。凄まじい刺激がAEを通して神経を圧迫し、膨れ上がらせる。受容を拒否するほどの痛覚が走る。脳の中が白い光で塗りつぶされる。現実と夢幻の区別がつかなくなる。私もまたこの光の一部となって、消えていきそうな予感さえする。けれども。
「守る! 守る! 守る! 守る! 守る! 守る! 守る!!」
願いを、私の中のマナに通じてAEに乗せる。
(魔法少女の犠牲によって生まれたのが、願いに呼応する万能物質『マナ』であるなら)
吹き飛ばされそうになる足を堪える。
(それは、遺された魔法少女の命を守る力となるべきだ!)
そして、最後の光を――身体の中へ押し込んで、押し込んで、押し込んで――押し込める。
すると、この空間諸共に吹き飛ばそうとしていた熱が、光が、音が、全て私の中に収まったのを感じられた。
(マナが、身体に溜まりすぎてクラクラする)
もうこのまま倒れてしまいたくなった……けど、地面を強く踏みつけて、耐える。
(私には、またやるべきことが……!)
星蓋樹を背に立つマリーピーチを見据える。
彼女は「な、な、なんで」と声と全身を震わせていた。
「嘘でしょ!? ありえないありえないありえないありえないありえないありえない!!」
鉛のように重たい足を、一歩前に踏み出す。
「なんで平気でいられるの!? アイリスブルーも! アンタも! 狂ってる! 絶対おかしいって!!」
さらにもう一歩。そしてさらに一歩。さらに一歩。
「来るな、化け物! こっちに来るなああああぁぁぁぁぁ!!」
推しに認知されるのは光栄だと思いながら、彼女へと肉薄する。
そして、右拳を前に、ひゅっ、と突き出した。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ……」
一陣の風が舞った後、拳の前に光が収束する。
光は怒濤の勢いで前方向へ膨張していく。そうして巨大化した光は、マリーピーチと星蓋樹を飲み込んだ。
怪人の甲高い断末魔が響く。
樹木の形をしていた邪悪な影は、光の中で粉々に砕け散り、消え去った。
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