第4章 #13
変身を解かれたマリーピーチが倒れ込む。
私はそっと屈み込み、彼女を受け止めた。成長が同世代と比べて早めなのだろうか、素顔のマリーピーチは魔法少女の姿の時よりもやや大人びていて、髪は赤みを帯びていた。あのスウィートロリータの衣装を着るために、顔や細部を調整したのだということが窺える。
「どうして、殺さなかったのよ」
腕の中で、彼女は毒づく。「マリーピーチは私の推しだから」と応じる。
「……私の視聴者なら、もっと物を考えなさいよ。こんなことをして、一体なんになるというのよ」
彼女は星蓋樹が生えていた辺りへ目線を向けた。今、そこにはなにもないけれど。
「この世界に生きる人は、私達が産み出すマナを必要としているの。アンタが使っているそれ《AE》も、マナで動いているじゃない。……だから、この街の仕組みを否定することはできないわ」
それは真実であった。
私の推しはこんなに賢い子だったんだと感心しつつ、「そうだね」と私の中の答えを返す。
「だからこの力は、魔法少女を食い物にするヤツらをブン殴るために使うよ。それで、最後にはこの力も」
「……私達を救おうとするつもり?」
「そう」と真摯に頷く。「私の再就職先は、ヒーローだからね」
「バカね、そんなこと……お姉様にも出来なかったのに。バカ一人で出来ると思う? 無理よ」
「大丈夫。エイリがそばに居てくれるから」
「エイリ……アイリスブルー……許せないわね……私の欲しい物ぜんぶ保っているんだから、あの子は……私には、もう無理なのに」
「まだやり直せる、間に合うよ。貴方も」
「気休めはやめて。私は、貴方やアイリスブルーみたいな、バカでも、ヒーローでも……人が出来ているわけでもないわ」
「ううん、出来るよ。だって」
彼女には伝わらないだろうけど、マスクの裏側で私は微笑む。
「バカで、ヒーローで、人が出来てる私の推しなんだから。今でもね」
「ははは……」とマリーピーチは力なく笑った。
「やっぱり羨ましいわ、アイリス……ブルー……が……」
マリーピーチであった魔法少女は、私にパタリと身体を預けた。
仰向けでそっと地面に降ろす。胸が上下しているのを見るに、眠っているだけのようだ。
「ナギカさん!」
後ろでエイリが呼んでいる。駆け寄ろうとして、身体がグラッとよろめいて膝を着いた。
もうAEを纏っているのは限界だと考え、私は変身を解除した。さっきよりはやや身軽になった身体で立ち上がろうとすると、「はい」とエイリの方から寄ってくれた。
「肩、貸しますよ。無茶しすぎなんですから」
「ありがとう。心配かけちゃったね」
「じゃあ、心配かけたこと気にしているんだったら教えてください。さっき、その女と何を話していたんですか?」
ジトっとした目で見つめてくるエイリに、なんと返すべきか迷う。
「推しです。これからも頑張ってください……みたいな?」
「はぁ!? この女が推し!? いったいどういうセンスしてるんですか! バカなんですか!?」
「一番はエイリだから……」
「……その言葉の真偽も含め、やっぱり色々話し合う必要がありますね、わたし達」
彼女は小さな身体で私の腕を負いながら足を進めようとした。
「帰ったらまず何から聞きましょう。ナギカさんの交友関係から洗った方がいいでしょうか。それか、好みから色々把握していった方がいいんでしょうか。そもそも、ナギカさんが私のことを本当にどう想っているか確認する方法が……」
小さな頭で色々考えているのを微笑ましく見ていたとき――急に心臓が跳ねた。
私は自分の直感と視覚を信じて、全身全霊の力を呼び起こして、肩を貸してくれていたエイリを全力で突き飛ばした。
「えっ」と漏れた彼女の声は、果たして自分が突き飛ばされたことに対してなのか、それとも、その後の事象に対するものか。
そして――私は胸に、熱を感じた。
自分の身体から発せられたものではない、遠方から穿たれたもの。
灼ける痛みと共に、身体が何かが吹きこぼれていくのを感じる。ヌルヌルしている。血だ。誰のものか。私のだ。
身体に力が入らない。意識が靄に包まれる。
確信した。
法雨ナギカは、暗く狭い穴の中に、ストンと落ちていったのだと。二度と這い上がれない穴の中へ。
◇◇◇◇◇
エイリは一瞬、自分が何故突き飛ばされたのか分からなかった。
もしかしたらナギカに嫌われたのかもしれない――そんな想像が頭をよぎったが、現実はそんな生易しいものではなかった。
ナギカは、胸に穴を穿たれた。
彼女は、自らが作った血だまりの中へうつ伏せに倒れ込んだ。赤い池は湖となり、すぐに海と化した。エイリにとって初めて見た死であった。
「ナギカさん、ナギカさん、ナギカさん、嘘ですよね……嘘……ナギカさぁん!」
エイリは駆け寄り、ナギカの背をさする。
しかし、いくらさすっても彼女はビクともしなかった。それどころか、さする度に体温は失われていき、エイリに手に絡みつく血液も、どこか無機質な匂いを帯びるように感じられた。
動転し、ナギカの名前を呼び続けるしかなかったエイリは、しかし視界の端で何かが光を放つのを見た。
角張ったシルエットの人影が倒れている。彼のそばに転がっているものは、ナギカもかつて使っていたハンドガンだった。
徐々にエイリの頭の中が明瞭になってくる。角張ったシルエットの人影は紛れもなく創造局のエグゼクターであった。彼は、その手に握ったハンドガンで、ナギカの胸を貫いたのだ。そうとしか考えられなかった。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ……」
エイリは血の海の上でよろよろと立ち上がり、満身創痍の人影を視界に収める。そして。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
獣のような雄叫びをあげると共に、瞬く間に大量の武器を展開する。その全てが、倒れ伏したエグゼクターへと向けられていた。彼女は無意識のうちに、自分の残りマナを全て使い尽くそうとしていた。ナギカを殺したこのエグゼクターを確実に、何度でも、殺すために。
「殺す、殺す殺す殺すころすころす――」
エイリは手をかざす。
「――死ねえぇぇぇ!」
振り払おうとした――が、その手は途中で止められた。
「え……」
彼女の足を引っ張る弱い力を感じて、足下を見下ろす。
血に塗れたナギカの手が、エイリのソックスを引っ張っていることに気づく。エイリは瞠目した。
「殺すな……って言っているんですか? 自分がそんな風になっているのに……」
赤い地面の上に、雨が降る。
「ばか、ばか、ばか、ばか、ばか……ナギカさんのおおばか……! どうしてそういうときくらい、自分のコトを真っ先に考えないんですか……!」
エイリは両膝を突く。展開されていた武器が、次々と霧散していく。
「わたし、言いましたよね……あなたが死んだらどこまでもついていくって……」
その手にSCARを呼び寄せて、エイリは震える手で銃口を自身に向け、引き金へ指を伸ばした。
「だから……わたしも……」
『――そんなことを、貴方に教えたつもりはないのですが……』
エイリの指がピクリと止まる。
唐突に聞こえたその声は、聞き覚えのあるもので――彼女がずっと求めていたものであった。
『そうですね……ちょうど、マナを余らせているみたいですし……』
周囲に緑色に輝く粒子が降りてくる。
顔を上げると、粒子が人影を形作っていくのが見えた。
『最後の指導と……相成りましょうか……心して……受けるように……』
蘭の花のような白いとんがり帽子を被ったその人影は、エイリは粒子の中に視たのだった。
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