第4章 #10
エレベーターの扉が開く。
エイリの手にはSCAR《アサルトライフル》、私の手にはガンスライサー。警戒しながら二人共に歩き出す。
エレベーターは、ついさっき入ったばかりの真っ白なエントランスホールに続いていた。マレ病に侵された魔法少女達の骸は見当たらない。全て片付けられてしまったのだろうと考え、苦い思いが込み上げてくる。
部屋の奥に構えられた銃口な扉を開く。その先には、光と靄の立ちこめる神殿のような通路。やはり、記憶の中にある景色と同じだ。
そして再び、邪悪な大樹――
魔法少女を冒涜する、黒い狂気で形作られた樹木。しかし、その傍らに人影が座していることに気づく。それは根元に背中を預けていたけれど、私に気づくと立ち上がって「ここに来ると予想していた」と声を発した。
「局長……いえ、御代」
「目を掛けていたのに呼び捨てとは心外だな、法雨ナギカ」
「私を殺そうとしていたくせに」
「君に目を掛けていたのは本当だ。意見が食い違ったのだ、我々とて一枚岩ではないが故に。我としては、君にはまだ『
険とした顔つきの男を睨む。エイリは銃口を彼に向けていた。
仮に、彼が私にとっての敵ではないのだとしても、叛魔法少女にとって――エイリにとっては仇なのだ。ならば私も敵に回る。
「我としては残念だが、君の判断を尊重しよう。退職祝いも用意した」
「退職祝い……?」
「君達の世界にはそのような慣習があると聞いた。旧世代のAEまで持ち出して、わざわざご足労いただいたのだ。存分に楽しむといい」
背後から足音が響く。私達は振り返る。
「久しぶりね、アイリスブルー。そちらのエグゼクターさんは初めましてかな」
覚えのある声、既視感のある姿に息を呑む。
「マリーピーチ……」
しかし、今の彼女は、動画配信で見せたことのある姿から様変わりしていた。
ピンク色のスウィートロリータ衣装は暗い紫色に染め上げられており、背にはコウモリを模した翼が生えている。トレードマークのスステッキは、ハートの装飾の半分がドロドロに溶けて爛れている。胸に食い込んでいるトランスジュエルは禍々しく淀んでおり、顔は左半分が仮面に覆われていて、その出で立ちは魔法少女というよりも――
「怪人になったの、マリーピーチ……?」
「へぇ。アンタ、怪人のこと知っているんだ。そうよ、自分から進んでこうなったの。アンタ達を殺したら、離れていった
口調が配信の時と変わっているのは、これが怪人化の影響か、これが素なのか。
「あれがあの女の素です、ナギカさん」
エイリにひそひそと耳打ちされた。結構なショックを受けた。
「全て聞いたわ。アンタ達がしようとしていることも、お姉様がそこに居ることも」
マリーピーチの目が星蓋樹へ向く。釣られて振り向くと、そこには既に常時険相の男の姿はなかった。
「アンタ達がしていることは見逃せないわ。『魔法少女』の意味を奪って、その上お姉様の眠る場所まで怖そうというんだから」
「そこまで知っているなら、この樹が……ううん、マナがどういうものか聞いているんじゃないの?」
「聞いたわ。聞いた上でそう判断したのよ。でもね、私達が保ってあと数年しかない残りの人生を楽しむためには、この街のシステムがどうしても必要なの」
あと数年。
その言葉を耳にして、エイリは奥歯を噛んで震えていた。けれども、取り乱すほどの動揺は見せなかった。きっと、カトレアホワイトやルピナスパープルのケースから、自分もそうであるのだと覚悟はしていたのだろう。
「それに……アイリスブルー。アンタは絶対に許せない」
「わたしはあなたに恨みなんてありませんけど」
「うるさい! その余裕なツラをしてるところが――」
マリーピーチの前方に、稲妻を纏った黒い球体がいくつも浮かび上がる。
「――だいっキライ!!」
そして、それらはミサイルよろしく一気に撃ち出された。全ての対象は、エイリ――アイリスブルーに向けられていた。
「させない! 今こそピーキーな新装備の見せ所っ!」
私はエイリの前に出て、仁王立ちになった。
「魔法無効化機構、起動!」
マスク内側のHMDに、『MAGIA INVALIDDER』と映し出される。
AEの全身の開閉機構が動作し、ノズル形状のパーツが露出する。おそらくは、これがこの外骨格のマナ吸収用の補助装置なのだろう。
その後、黒い球体が私の身体に命中し、雷撃を伴った爆発を起こす。しかし、魔法無効化機構の作動している外骨格に球体は傷一つ負わせることができなかった。
「な……身体で……」「直接受け止められるんですね……すごいです」と二人の魔法少女から、驚愕と称賛の言葉が寄せられた。
たしかに、見た目のインパクトはすごい。ただ一方で、気掛かりな点もあった。
(なるほどね。ラウンドシールドと違って、マナが直接身体に入り込んできている気がする)
たしかにこれを普通の人間が使ったら、あっという間にマレ病に侵されてしまうことだろう。そうでなくても、身体に疲労が溜まっているのは明らかであった。
(これを連続で運用するのは、身体が
HMDに何やら新しい通知が表示されている。
それを目にして――全身が冷や汗をかいた。
「もう一発来ました! ナギカさん! さっきのをもう一回!」
ハッと意識を戻す。先ほど同じ黒い球体による攻撃がこちらに向かってきていた。
「ごめん、今度は無理」
「どうしてですか!?」
「これ、一度使ったらクールタイムが必要みたい」
HMDに映し出されていたのは、再使用が必要になるまでの時間だった。ミリ秒単位でリアルタイムにカウントが進んでいるそれによると、あと五分ほど必要だということだった。
「そんな!」
エイリが狼狽えている中、黒い球体の急速進軍は止まらない。
今度は各々に防御手段を駆使してカバーした。エイリは魔法による障壁を、私は「当たるな」と唱えて光の膜を展開して凌いだ。
「えぇ……その防御手段も意味が分からないんですけど……」
「これ? なんか『エグゼクターの願い』というのが発動できるようになっていて」
「あ! あの! 説明は後で聞きます! 今は! それどころじゃありません!」
第三波が襲い来る。今度は明らかに数が増えていた。
「こっちです!」とエイリに腕を引っ張られて、私達は太い柱の裏へと隠れる。黒い球体は私達を見失い、あらぬ方向へと飛び出していっては爆発した。
「私達、助かったの……?」
「魔法少女って、基本的に自分の視えている範囲にしか正確に魔法を撃てませんから。わたしもそうですし」
そう言われて思い返してみると、エイリの使う転送術式やマナによる生成で設置砲台を置いていた場所は、たしかに彼女が目視できていた範囲に留まっていた。
いくら怪人になったとは言え、マリーピーチも魔法少女。身を隠したこちらを確実に攻撃する手段は持ち合わせていないということか。
「ただ、このままだと……不利な防戦を強いられる一方で、わたし達は勝てません」
物影から僅かに顔を出して周囲を窺う。
稲妻を纏った黒い球体は、その数を更に増やしていた。このまま時間が経てば、この空間が球体に埋め尽くされてしまうことだろう。そうなれば、当たる当たらないの話ではなくなる。
「攻めに行くにしても、この状況で全ての弾幕を掻い潜って距離を詰めるのは不可能です。相討ち覚悟でわたしのSCARでアウトレンジから狙うにしても、これだけの球体相手では手数で押し返されます」
そうなると、視界の外から接近できて、かつ大ダメージを与える手段が必要になる。そんな手段があるものかと天井を見上げて――
「あ」と閃く。「これならやれるかも」
エイリの顔が「本当ですか?」とこちらへ向けられる。そんなに期待の眼差しを向けられるとなんだか困る。
「こういうのはどうかな」
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