エピローグ
「聞いた話を綜合すると、マナで損傷した臓器を補っているということだよね……? 数値で見てもやっぱり信じられないな……」
叛魔法少女集会の拠点、その医務室にて、ユウヘイは回転椅子に腰掛けて、医療用検査機器で取得した私のデータを並べては唸っていた。
私とエイリも医務室に呼び出されていて、なんでもいいから情報を出してくれと求められたけど、彼を納得させられる話は何も出来なかった。
「だーめーだー、何も分からない……君達とはいったいなんなんだろう……」
「そんなに気落ちしなくてもいいんじゃない……? 私、生きてるってことだし」
「医者としてもエンジニアとしても、『なぜ』って言われたときに答えを出せないのは体面的にも精神的にも辛いんだよ……やっぱり、前例が無いのがキツい。魔法少女が起こす奇跡は多様な事例があるけど、臓器を損傷して死者同然のヒトや動物を蘇生させた例はないからね……医者の見地からして君達は安全だって言いたいんだけど、それすら確証が持てないし……」
「あの。私が死なない限り、ナギカさんは大丈夫ですから」
「それ自体も魔法少女である君がそう思っているだけであって、それを裏付けるエビデンスがないんだ……やっぱりマナってオカルトの領域なんだって思い知らされるばかりだ……」
「師匠がそう言ってたんです」と、エイリはワンピース姿でむすーと、膨れる。
後でエイリから聞いた話によると、私は彼女の魔法によって蘇生した、らしい。
エイリが言うに、今の私の生命を繋ぎ止めているのは『生きてほしい』『生きたい』という願いに依るもので、マナがそれを聞き入れた結果、私の心臓は再生したらしい。
ただし、それが可能としたのは特別な環境(師匠の力添え、とエイリが言っているけど本当のところは分からない)であったからで、ユウヘイが頭を抱えている通り、今回のような奇跡は二度と起こせないという話だった。何せ、魔法で臓器の再生能力を一時的に増加させたわけではなく、『死んだという事象をなかったことにした』のだから。如何にも、人は死んだら土に還るという自然の摂理をあざ笑うような冒涜的行為だ。「だから、また無茶をしたら、ナギカさんは死にます」と説明したときの、エイリの心配するような怒っているような表情が忘れられない。
それに加え、この二つの願いのいずれかが消滅したら、結局私は死ぬことになる……らしい。『らしい』と片付けるには荒肝の拉がれる話だけど、これが本当であれば、魔法少女であるエイリが十九歳を迎えるより前に、私は再び死ぬということだ。
「それで、だけど。君達の身体は分からないことが多いから、入念な検査は必要になってくると思う。それに街を表立って歩けない身分だ。特に、マナが産めないことが民間人に知られてパニックになったとき、マナプラントを破壊した君達は暴徒に殺されかねないんだ」
「たしかにそうですね。ナギカさん、ここまで考えてマナプラント壊したんですか?」
「ううん」と首を横に振る。「はぁ」とユウヘイは溜息を吐いた。
「だから、僕から提案だ。叛魔法少女集会の一員となって、組織の立て直しに協力してくれないかい? 戦力としても、君達が加わってくれるなら実に心強い。ここには物資もあるし、寝床や食料、衛生面にだって困ることはないはずだ。どうか、受けてくれないか?」
私はエイリと顔を見合わせる。悪くは無い話ではあった、けれども。
「申し訳ないけど、断らせてください」
「わたしも同じです。あ、ちゃんと自分で考えて決めました」
二人でぺこりと頭を下げる。
ユウヘイはしばらく困った風な顔を浮かべた後、「そう言うと思ったよ」と苦笑いした。
「安寧が欲しければ、きっとこういうことはしなかっただろうしね。寝食で釣ろうとしたのがまず間違いだ。もし、君達が乗ったとしたら、それはそれでここが厄介なことに巻き込まれている証拠でもあるからね」
「人をそんな疫病神みたいに」
「でも、一応は聞かせてくれないかい? 君達がここに残らないとする理由を」
「どうして聞くんですか? わたし達を説得できないって理解したんですよね」
「君達には返しきれない借りがあるからさ。何か情報や希望を置いていってもらえれば、少しは役に立てるかもしれないだろう」
「そうですか。借りの話なら、受けて立ちましょう」
むふー、と鼻を鳴らすエイリに代わって、私がかいつまんで説明した。
私達の望みは、二つ。
一つ目は、この神鳴市と同じように魔法少女を――いや、マナという仕組みに人生を歪められている人々を救うこと。
その思想は今の世界にとって、多数派の人間が受け入れられるものかどうかは分からない。だけど、マナのために犠牲になる人々がいることを私は看過できない。だから、神鳴市の外に出て、マナに苦しめられている人々の声を聞いて、力添えをしたいのだった。
そしてもう一つ。魔法少女の寿命を伸ばす――いや、元に戻す方法を探ることだ。
正直、私自身の寿命が結びつけられているから……というのは関係ない(そう言ったら、エイリがムッとした顔を向けてきたけど)。私は、エイリと一緒にいる時間を少しでも長くしたい(今度は『わたしはナギカさんと一緒にいる時間を延ばしたいんです!』と息巻きながら割り込んできた)。だから、その方法を探る必要がある。たとえ、危険を冒してでも。
どちらも、この街に居てはできないことだから――と説明すると、ユウヘイは「なるほどね」と得心した様子だった。
「それじゃあ、尚のこと君達を引き留めることはできないな」
「やっぱり、わたし達を引き留めるつもりだったんですね」
「ははは。僕も君達のことは嫌いじゃない。別れることになるのは惜しいんだ」
「また会いにいくから。ここがとっても困っていたら」
「トラブルは正直困るけど、そうなったらよろしく頼むよ」
そう言ってユウヘイは椅子から立ち上がる。
「いつ出発するかは決まっているかい? 良かったら街の外まで送っていくよ」
「なるべく早い方がいいです。わたし達は気も寿命も短いですから」
「冗談にならないね」とユウヘイは笑っていた。
◇◇◇◇◇
外で待っているように言われたので、私達はベコベコのバンの前で待つことにした。
空には既に夜の帳が降りており、やはり星空はとても綺麗だった。
ふと、首に提げた乳白色のガラス玉に指で触れる。
夜空を見上げることがあれば、自分という星を探してほしいと、ランが言っていたような気がしていた。だから、せっかくだから探そうと思って見上げたけど、よくよく考えなくても、探し方は分からないし、どんな光り方をしている星なのかも聞いていなかった。無数に星々の瞬く空の中でランを見つけられるのは、当分先になりそうだ。
「そういえばさ」
「なんでしょう」と隣に居るエイリが答える。
「私達、どうやって外に帰ってこれたの? 歩いて出た覚えはないんだけど」
目を覚ましたとき、私とエイリは既に街中にいた。
エイリに負ぶってもらったとしたら、小さい身体で手間を掛けさせたことを謝ろうと思っていた。けれど、返ってきた答えは、まったく想像していないものだった。
「師匠が返してくれたんですよ」
「は? ランが?」
「はい」と神妙にエイリは頷く。
「多分、転送術式を使ったんだと思います。状況証拠だけで、確証は持てないんですけど」
「転送術式? いや待って。魔法のおかげで帰ってこれたとしても、その理屈はおかしい。転送術式で正しく移動できるのは、無生物に限られるんだから」
「と、思いますよね。でも、師匠はたしかに無生物を送ったんです」
「降参。答えは?」と聞くと、エイリは「ふふん」と鼻を鳴らしながら誇らしげに答えた。
「空間から空間を送ったんです。師匠は、マナプラントの地下を地上へ送ったんですよ。二つの空間を繋げるみたいにして」
「はい?」と理解が追いつかなかった。
空間そのものは、たしかに生物ではないから正常に送ることが可能なんだろうか? そうだとしても……。
「ランって、そんなことできたんだ……そりゃあ、史上最強の魔法少女って言われるわけで」
「カトレアホワイトは、最強ですから」
誇らしげに夜空を眺めるエイリは、とても嬉しそうにしていた。
うん、エイリが喜んでいるならそれでいいか。
そのとき、一台の車がこっちに向かって走ってくるのを見つけた。様々なステッカーで飾り立てられたピンク色の軽自動車。ここでは見たことのない車両だった。
「よっすー」
知っている顔が運転席からひょっこり出てきた。金髪に黒のメッシュカラー――リコだ。
「爽やか王子から連絡があったべ。ちゃんナギを送ってけって」
「リコ、貴方もしかしてここのお世話に?」
「そそ。創造局にいるのなんかダルくなったし? 三食昼寝付きで色んな機械いじって遊べるなら、ここでもいいや的な」
「なんかリコまで巻き込んじゃったね……ごめんね」
「じゃ、今度シャケ三百枚な」
「また増えてるし」
「とりあえず乗るべ」と言われたので、エイリと並んで後部座席へ座る。助手席には様々な雑貨が載せられていた。ここへ引っ越す準備だろうか。
「あ、そうそう。これ回収してきたから、渡すわ。あとちゃんナギの服も」
そう言って、リコは後部座席へ何かをポンと投げてきた。瞼を閉じたアザラシのぬいぐるみだった。「おかえり」と言ってぬいぐるみを抱きしめる。「ムッ」とエイリの顔が膨れた。
「じゃあ、外まで送ってくから行きたい方向あればチョイスよろー」
「そうですね。では、東へお願いします」
「ほいきた」と言って、リコはエンジンを噴かせる。ベコベコのバンよりも頼りになる音を慣らしつつ、車は発進した。
「ねぇエイリ。どうして東へ?」
「わたしと師匠がお世話になってた人がいるんですけど、特に当ても無いですし、一旦寄っていった方がいいと思いました。そこに行くなら、東から出るのが一番近いんです」
「ランがお世話になっていた人か……」
私が知らないランを知っている人。
そう考えると会うのがちょっと楽しみになってきた。
「それで、その……ナギカさんは本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫って?」
「マナに苦しめられている人々を救いに行くだなんて、あなたが考えているよりとんでもないことだと思っています。きっと、色んな所へ行かないといけませんし、味方になってくれる人がいるとも限りません。上手くいく保証だってないんですから」
「そうだね。でもエイリはついてきてくれるでしょ」
「ナギカさんが置いていこうが、私はついていきます。無茶するんですから」
「エイリは大丈夫なの?」
「余計なお世話です」
エイリはツンとそっぽを向く。そういうところで可愛げがないのは相変わらずだと思えた。
「これから先、わたし達は色んな物を見て、色んなことを経験していくんです。大丈夫じゃないわけ、ないじゃないですか。むしろ」
エイリはシートの境界へと身体を寄せてくる。私もアザラシのぬいぐるみを窓側に置いて、それに応じる。
「楽しみに決まってます」とエイリは手を置いた。
「ありがとう」と私は彼女の手を取る。
「エイリが居れば」
「ナギカさんが居れば」
「
【叛魔法少女 徒花エイリ】 了
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叛魔法少女 徒花エイリ 蒼季夏火 @aokabi_mk2
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