第2章 #10
――お姉様は私を選ぶべきだった。私を弟子にするべきだったのよ! 究極で完璧なお姉様の、唯一の過ちはその一点よ! アンタは汚点! お姉様を穢した醜い瑕! せめて、私を引き立てて役に立ちなさい!
これまでエイリの様子を伺うようにして周囲に浮遊していた複数の光球が、ミサイルよろしく彼女へ突っ込んできた。エイリは正面から飛んできた球を跳び上がって躱す。光球が爆発し、道路の表面が剥がれる。爆風が足下をチリチリと灼くが、気に留めない。
――わたしは師匠を探しに来たんです。あなたの引き立て役になるために、この街に来たわけじゃありません。
――へぇ。お姉様に置いてかれたんだ。当然ね。
左右両方向から襲いかかってきた二つの球には両手のひらをかざして障壁で受け止め、上方向から振ってきた一球には、道路の上を転がって躱した。
――それはまだ分かりません。だからこの街に来たんです。師匠のことを知るために、まだ出来ることがあると思って。
――弱いアンタに出来ることなんてないわ。
――そうですね、わたしがとても弱いことは事実です。
――そうよ、魔法少女の面汚しが。お姉様に会えないまま、ここで消えてしまえばいいのよ。
――でも、諦めません。師匠のことも、この戦いも。
――どうして。どうしてそんなに弱いのに。自分の立場を弁えなさいよ。
――だって、わたしはカトレアホワイトの弟子なんです。
後方からエイリ目掛けて飛び出してくる光の球があった。
彼女はアサルトライフルを構え、球めがけて連射する。光球は銃弾と衝突すると、エイリから離れたところで爆発を起こした。
「カトレアホワイトは、最強ですから」
エイリはマリーピーチへ向き直る。彼女の背後では爆風が吹き荒れていた。
全ての光球を対処されたことへ腹を煮やしたのか、マリーピーチの口のわきが吊り上がる。
――マナをまともに扱えない魔法少女モドキのくせに。
――最強の師匠のおかげです。
――ほ、ほざいてなさい。どうせ、蚊が刺してくるような弾しか撃てないんだから。
エイリはアサルトライフルの弾倉を、マナを用いて生成した特製弾の込められた弾倉へ取り替える。
(ライフル弾なんて怖くないって言うのなら)
そしてマリーピーチへ狙いを定めて引き金を引いた。
(その慢心を利用するだけ!)
直前にセミオートへ射撃方式を切り替えていたため、今度の銃弾は一発だけ発射された。
先ほどまでと同様に、マリーピーチはこの銃弾も身体で受けた。しかし――直後、彼女の顔は驚愕と苦悶によって大いに歪むことになった。
「え、なにこれ――」
辺り一帯を白く塗りつぶすほどの閃光と、鼓膜を通して脳を揺さぶるほどの爆音が生じた。視覚と聴覚を持って生まれたことを後悔するぐらいに強烈な刺激が炸裂し、浮遊していたマリーピーチは地上へ落下した。
エイリが撃った弾は、五・五六ミリメートル弾と同等の小型弾でありながら、フラッシュグレネード相当のフラッシュバンを発生させる特殊弾だった。如何に魔法少女といえども、十分な防護がされていなければ、一時的な見当識の失調や方向感覚の喪失を起こさせる代物だ。射撃したエイリ自身にも効果は及ぶものの、マリーピーチへ命中する直前に転送術式でゴーグルとイヤーマフを装着して防護していたので、神経系統へのダメージは無かった。
(配信先では放送事故だって騒がれているだろうけど、そちらの都合は知ったことじゃない)
閃光の中、エイリは落下したマリーピーチへ一気に距離を詰める。そして、射撃方式を再びフルオートへ切り替え、うずくまる彼女の身体を刺すように銃口を突き入れ、屈み込む。加えて、自身の身体の前面全てを覆うように、フロントサイトとバレルの境界へ大型の障壁を展開した。
――ゼロ距離射撃!?
――接射です!!
エイリは引き金を引いた。
銃口から連射される銃弾だけでなく、熱風、衝撃波、火薬の燃えがら――射撃の際のエネルギー変換によって生じた諸要素が、マリーピーチへ一斉に牙を剥く。それらは当然エイリにも跳ね返ってくるのだが、彼女は障壁を展開しているため、傷を負わずに済んでいた。故に、マリーピーチのみが、一方的になぶられている状況となった。
「く、うわああああ!!」
もはや取り繕う余裕のない悲鳴から、接射が効いていることをエイリは確信する。
マナによる身体の防護機能は働いているだろうが、それは障壁を展開して防御するよりも多大なマナを消費する。つまり、この接射で肌身に傷を直接負わせることはなくとも、使用可能なマナを枯渇させることができる。それに、身体を抉る痛覚自体は無かったことにできない。マナの枯渇と心身を苛む苦痛の両面で変身を解除させられれば、名実ともにエイリの勝利だ。
(このまま撃ち続ければ倒せる! いけ、いけ、いけ、いけ――)
だが、そのとき。どういうわけか、エイリは悪寒が背筋にしみる心地がした。
構わず撃ち続けようとする一方で、おそるおそる背後を伺う。すると、小さな瓦礫の山の中に桃色の光が点るところが見えた。
その意味をエイリは悟り、戦慄する。マリーピーチは自身の分身である光球を一つ、瓦礫の中に隠していたのだと。
そう察したときには既に遅く、光球はレーザービームを射出していた。光が、熱が、エイリの背中へと迫ってくる。
(障壁展開……ううん、回避……間に合わない……!)
レーザービームがエイリの背中を貫く。全身を灼く熱に、神経系統をショートさせるような光に耐えられず、エイリはアサルトライフルから手を離して
接射から解放されたマリーピーチは肩で息をしていた。可愛らしいスウィートロリータは、破れ、裂かれ、焦げ付き、ボロボロになっており、痛々しさの際立つ有様を晒していた。
「効いた……わ……保険を掛けてなかったら……あのままやられていたかも……」
マリーピーチは取り落としたステッキを拾い、息を整えながら、倒れ伏したエイリへ近づく。
「手加減……できなかったなぁ。防護機能が働かない君がビーム一発をまともに受けたんだから、身体に穴が空いて即死しちゃったよね……放送事故で怒られちゃう……あれ?」
エイリを見下ろしたマリーピーチは首を傾げた。衣装の背部こそレーザービームに貫かれて穴が空いているが、エイリの身体そのものは一切の傷を負っていなかった。
「防護機能が有効になるぐらいのマナは自分で賄えるようになったということなのかな」
(え……?)
自分自身に防護機能が働くだけのマナが残っていたなんて。
マリーピーチの指摘に最も驚いたのはエイリ自身であった。しかし、マリーピーチは彼女の驚きに気がつくことなく言葉を紡ぎ続ける。
「少しは魔法少女らしくなってたんだね、おめでとう。でも、それも今日で終わり」
マリーピーチのステッキが倒れている有可へと突きつけられる。すると、見えない力に掴みあげられるように、エイリの身体が宙へ浮いた。
浮かび上がったエイリの両手首、両足首、そして首元に、桃色の光で編まれたリングが巻き付けられる。すると、頭部を上にして腕と足を真っ直ぐに伸ばされて、エイリは虚空に磔となった。逃れようとしていくら藻掻いても、拘束具となったリングはびくともしない。
「このリングはね、悪いことをした人にお仕置きするために用意した魔法なんだ。マナがあったら簡単に外れちゃうけど、その様子だと、やっぱり全然残っていないみたいだね」
「マナが残っていないのは、お互い様なんじゃないですか。強い魔法はあなただってもう使えないはずです」
「その通りだね。でも、君は叛魔法少女で、私はこの街の魔法少女だから」
マリーピーチは息を吸い込むと、ステッキを頭上に掲げて声高に叫んだ。
「みんな! 必殺魔法でトドメを刺すよ! 私に力を! 『マナ』を貸して!」
ステッキの先端に光が集まり、脈打ちながら収束していく。
街から供給されるマナがマリーピーチに集まっていっているのだとエイリは推し量ったが、しかしどうすることもできずにいた。
――これが、みんなの声援の力。なんてね。
――こんな……八百長なんかに……。
――だって、魔法少女は希望を振り撒くものなんだよ。
撮影用ドローンで死角で、マリーピーチは不敵にほくそ笑む。
エイリは唇を噛んで、その様を眺めるしかなかった。
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