第1章 #10

 年相応でない気構えや慎重さは可愛くないしやりづらい。それに加えて、こちらの魔法無効化機構へ実弾持ち出されたことによって、装備面での主要なアドバンテージは失われた。これまで相手にしてきた叛魔法少女の中で、最も厄介な相手であることは認めるしかない。


「でも、相手は魔法少女。マレフィキウムじゃない」


 AEそのものは身体能力の強化をしつつ生身の脆弱さを補うための装備だ。それは、実銃に対して生身で戦うよりも断然マシという意味でもある。アサルトライフルとは言え、この外骨格を攻略するのは骨が折れるはずだ。


 しかのみならず、相手は有効な攻撃手段が一切存在しない墨溜りの怪物ではなく、マナを使う能力を持っているだけの生身の人間ではある、だから、何か攻撃を一発でも通すことが出来れば私の勝ちだ。


(AEの防御力は高い。相手が何発も当てる前に一発当てれば良い……考える時間はある)


 そのように思考思考に胡座をかいていたときだった。


 戦場の緊張で研ぎ澄まされた神経が、僅かな空気の流れ、微細な音響、かすかな光量といった諸要素の変化を感じ取ったのか、はたまた第六感や虫の知らせというような言葉で説明できない感覚が働いたのか。自分に危険が迫ってきていると本能が察知し、理性に問い合わせるよりも早く体が動いた。


 隠れていた柱から飛び退く。その直後、人の握り拳ほどある何かが、私がまさに潜んでいた場所へ飛びこんできた。それは柱に衝突すると爆発を起こした。


(ウソ、徹甲榴弾!?)


 AEの内側で口を「え」の形に開きながら、徹甲榴弾が飛んできた方向へ視線を向ける。そこには、小型の砲台が設置されていた。


 この部屋に入ったとき、こんなものは当然影も形も無かった。つまりは十中八九、アイリスブルーの転送術式によって後付けで設置された物に違いない。


 そして、ついさっきまで自分がいた場所へ視線を戻す。そこには木っ端微塵に粉砕された鉄筋コンクリートの骸があった。想像以上の威力に戦慄し、身震いした。


(これが直撃したら、いくらAEを装着していても無事じゃ済まない)


 思い返せば、昨日のマレフィキウムは側面からの攻撃も受けていた。この転送された小型砲台がそれの正体なのだとすると腑に落ちる。


(時間はあると思ったけど全然そんなことない!! 悠長に構えてなんかいられない)


 ハンドガンをバズーカへ変形させると共に右肩へ負う。そして、アイリスブルーが身を寄せている瓦礫の山へ狙いをつける。


 このバズーカ形態は基本的に、ラウンドシールドの形態で吸収したマナを照射し続ける――いわゆるレーザー光線を発射装置として運用する想定となっている。しかしながら、今回はマナを吸収できていないので、可処分量のマナを砲弾の形にまとめて撃ち出すことしかできない。けれども、あの瓦礫の山を吹き飛ばすだけなら、それで十分。


 セーフティ解除後、すぐにトリガーを引いてマナ砲弾を発射した。


 砲弾は思惑通り瓦礫に命中し、粉々にした。けれども他方、砲弾の命中とほぼ同時に、私の右肩が遙か彼方へ持って行かれたような錯覚に陥った。アイリスブルーの設置砲台が、私の構えていたバズーカへ砲撃したのだ。


 バズーカ砲が吹き飛ばされて床に落ちる。この砲撃が致命傷となったのだろう、ハンドガン、ラウンドシールドになり損なった形へと次々と変化していく。その醜態は、マルチプルウェポンとしての機能が故障したことを示していた。


 そして、当のアイリスブルー本人はと言うと、アサルトライフルは右腕で抱えたまま、空いた左手をかざして障壁を展開していた。


 彼女の様子を注視する。障壁は主に顔面と上半身を守るようにして展開されていた。おそらくは、砲弾そのものを防ぐためではなく、鋭い破片と化した遮蔽物から身を守るために咄嗟に展開したのだろうと考えられた。事実、飛び散った破片はスカートとソックスを裂くだけに留まり、足がかすり傷を負ったことぐらいしか特筆に値することはない。


 そう、唯一の武器を犠牲にした一撃でも、魔法少女に大した傷を負わせることはできなかった。けれども、私にとってはそれで充分だった。


(やれることは全部やった! ここで行かなきゃ死んだも同然!)


 自分自身を奮い立たせて、外骨格に覆われた身体でアイリスブルーを目指して走る。


 対して彼女は左手を戻して両手でアサルトライフルを構えると、当然ながらこちらに向かって連射してきた。少しでも銃弾を避けるため弧を描くようにして走ってはいるけど、それでもいくつかは命中する。損傷を受けている旨の警告がHMDへ表示されるけど、それを無視して彼女への距離を詰める。


 そうして銃弾を跳ねとばしながら接近を続けていると、途中でアサルトライフルの連射が止んだ――狙い通りだ。


「そこぉっ!」


 床を蹴り、一気呵成に距離を詰める。


 そして、アイリスブルーの首根っこを掴んだ。華奢な命を手中に収めたかのような、確かな手応えがあった。


(やっぱり。アイリスブルーの身体はマナで保護されていない!)


 殆どの場合、法少女の身体は彼女自身に蓄えられているマナによって保護されている。この保護は身体に生じた如何なる損傷をも無かったことにして巻き戻す作用があり、それは魔法少女の意思とは関係なく、反射によって作動する。


 本来でれば魔法少女である以上、アイリスブルーも例外ではないはずだ。しかしながら、潤沢なマナがなければこの防護機能は働かない。彼女の身体への直撃を避ける動き、転送による武器の呼び出しといった、マナに負担を掛けない戦い方を選んでいるのは、この機能に欠陥があるのだと私は仮説を立てた。


(その通りだと確信を持てたのは、マナバズーカで瓦礫の破片を吹き飛ばした時)


 あのバズーカ砲は、アイリスブルーに傷を負わせることを目的としたものではなく、彼女の防護機能が作動するかどうか確認するためのものであった。そして、障壁で守られなかった脚部にかすり傷がついたのは、仮説が正しいことを裏付ける心強い証左となったのだ。


 その証左を信じて、私はアイリスブルーへ突撃した。自身へ近づいてくる的に対してアサルトライフルによる迎撃を試みることは当然として、跳弾を怖れて途中で射撃を止めようか迷うことも織り込み済みだった。その判断の隙を突いて、障壁を展開される前に彼女へ組み付いたのだ。


 そのように窮地で至った策を弄した今、私は叛魔法少女アイリスブルーを追い詰めることに成功したのだった。


 ぎちぎちと、首を握る手に少しずつ力を入れる。AEに覆われたこの手であれば、ただの少女の首の骨を折ることは容易だが、そうはしない。慎重に加減する。


 変身を解除させ、トランスジュエルを取り上げるには意識、あるいは戦意を失わせれば良い。殺してもエグゼクターとしての責務を果たすことは出来るが、それは最終手段だ。決してとりたい手段ではなかった。


(首を絞めて変身を解くのは今までにもやったことがある。たかが十二歳の少女なら、途中で音をあげて解除するはず)


 出来れば、一刻も早くそうしてほしかった。


 これまで狩ってきた有象無象の少女達と同様に、素直に負けを認めてほしかった。いくら力を得たところで、子供は大人には――弱者は強者に敵わないのだと、受け容れて欲しかった。


 それなのに、彼女は、アイリスブルーは絞首に耐え続けた。苦悶の表情を浮かべながら、奥歯を噛みしめ、閉じかけている眼でこちらを見据え、必死に抗おうとしている。


 生殺与奪が他人に握られている今になっても、その瞳から生命の光は失われていなかった。その姿には、討伐対象でありながらも気高さを覚えずにいられない。


(それなのに……私は何を……)


 そんな貴き少女の首を絞めている自分は、いったい何者なんだろう。


 何のために、何の権利があって、誰を喜ばせるために、こんなことをしているというのか。


 今すぐにでもこの細い首をへし折って、全て無かったことにしたい。でも、そんなことをしたら、私の中に通っている薄っぺらで空っぽな支柱も折れてしまいそうな気がした。そんなもの、本当はないはずなのに、それが折れてしまうのが怖くて怖くてたまらない。


(こんなとき……こんなとき……)


 AEの内側でガチガチと歯が震える。


(ランだったら……ランだったら……)

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