第1章 #9
アイリスブルー。
それが彼女の魔法少女としての名前だと分かった。
昨日のマレフィキウム出現による混乱に乗じて街を破壊し、金品を略奪し、目撃した民間人を口封じのため皆殺しにした――これが、PDAに送られてきた情報の全てであった。
空に漆黒の帳が降りた指定時刻に、待ち合わせ場所――第三次世界大戦の爪痕が片付けられていないまま残されている、通称『荒涼区』にある損壊したビルのうち一棟、その最上階である二十階に私は佇んでいた。両耳に通信用のイヤホンを嵌めたスーツジャケット姿で、PDAで情報を見返しながらホクト局長の指示を待っていた。
「まいったなぁ」とつい口に出てしまう。
討伐対象の叛魔法少女に関する情報がこんなにも少ないのは、今回が初めてだった。まるで、いきなり現れた彗星のようだと思った。
普段は魔法少女としての経歴や使用する魔法に関するデータぐらいは受け取っているし、それがあるからこそ討伐を確実なものに出来ていたことも事実だった。だからこそ、絶対に裏目を踏んではいけないこの現場で、こんなにも頼りないデータしかないのは、虫網だけを持たされて彗星を捕らえてこいと放逐されるのと何ら変わらない。
ただ、確実な遂行のために必要なデータに欠落が生じていることぐらいは今までもあった。そのときはリコに頼んで別方面から情報をかき集めていったわけだけど、今回はその手も通じない。それに――
(その唯一無二の情報が、うさんくさい)
口には出さない。
叛魔法少女の烙印を押されるに至ったと喧伝されているその理由は、昨日の彼女――アイリスブルーをこの目で観た私には、俄に信じがたいものだった。
彼女は、マレフィキウムを迅速に討伐しただけでなく、私や逃げ遅れた人を守ってくれた。どんなに悪辣な醜聞が並び立てられていようが、それは紛れもない事実だ。しかし、その一方で、この醜聞を否定する証拠がないことも事実であった。そうとも言えてしまう。
『法雨ナギカ、時間だ』
両耳を通して頭蓋骨を揺するように上司の声が響く。
私は立ち上がり、赤いネクタイをキュッと締めた。そして、PDAをベルトのスキャン部分へかざす。
「エグゼクター、変身」
全身に諦観が満ちていくと共に、たちどころに外骨格で覆われていく。
そして、腰にスタンロッドとして格納されていたマルチプルウェポンをハンドガンへ変形させる。そして、部屋の反対側へ銃口を向けて構えていると、静謐を破る靴音が聞こえてきた。
闇の中に小さな人影が浮かび上がる。青いとんがり帽子とクラシカルロリータの衣装は間違いなく、昨日に会った魔法少女と――討伐対象の叛魔法少女に相違なかった。
できれば会いたくなかった、誤りであってほしかったと願う気持ちを握りつぶすように、ハンドガンのグリップを握る両手へ力を込める。一方で、少女は数歩進んで私の存在に気づくと、ツンとした顔で口を開く。
「もしかして、昨日会った方ですか?」
怯えも強がりも感じられず、事務的な確認のように淡々とした口ぶり。答える義務はないので返事をしない。
「そうですか。じゃあ」
彼女は特に残念がる様子も葛藤する素振りも見せずに、右手で左手のグローブをぎゅっと締め直した。
「あなたは、わたしの敵です」
言質をとった。
彼女――アイリスブルーは、法雨ナギカの討伐対象だ。
その言葉を聞いて覚悟を決め、私はハンドガンを発砲した。マナで生成された銃弾。一般的な銃弾と変わらぬ威力を持ち、当たり所が悪ければ当然即死。それに対してアイリスブルーは――魔法による障壁を展開して受け止めた。
もう一発、さらに二発を別の部位を狙って撃ち込む。アイリスブルーは障壁を展開しなおして凌ぎ、かと思えば次の一発は横に跳んで回避した。
照準を引き絞りながら彼女の顔を窺う。自信はあれど油断はなく、こちらに対する嘲りや優越感の類いは見受けられない。それでいて、自分がそれなりの困難と対面していることを肌身で理解しているようにも感じられた。これまで戦ってきた叛魔法少女とは明らかに違う。
今までと同じように戦っていては、足下を掬われるのはこちらかもしれない。そう気を引き締めようとした、そのときだった。
アイリスブルーの着地と共に、彼女の手の中へ物体が出現した。
(武器を作ったんじゃなくて呼び出した? 敢えての転送術式?)
転送術式とは、マナを用いて対象の物体を任意の場所へ移動させる魔法を指す。用途にもよるが、基本的には既に存在する物体の位置を変更するだけで済む。そのため、短距離の移動かつ質量の大きくない無生物であれば、生成物の詳細なイメージと少なくないマナが必要となる物体の生成に比べて、運用コストの低い手法ではあった。実際に、私がエグゼクターへ変身した時に装備しているマルチプルウェポンは、脳に書き込まれたモジュールで転送術式を実行してこちらへ呼び出しているものだ。
しかしながら魔法少女が自身で使う武器やアイテムは、マナを用いて生成するのが一般的であった。なぜなら、彼女たちが使えるマナは多く、物体を都度生成するために払うマナなんて大したコストではない。それに、毎回新品同様の最高コンディションの武器を生成できるメリットは大きい。故に、大半の魔法少女は自身の得物をマナによる生成に頼るのだ。だから、彼女が転送術式を使ったことに違和感を覚えた。
けれども、その違和感は武器の正体が露わになった瞬間に吹き飛んだ。
アイリスブルーの手中に現れたのは突撃銃と呼称されている類いの自動小銃――つまり、アサルトライフルだった。その中でも彼女の手の中にあるのは、ブーツのような形をしたストックが特徴的なモデルだった。
私が使っているハンドガンと同等の威力の銃弾を、高速で連射可能なことは明らか。つまり、このまま棒立ちにしていては、AEを纏っているとは言え無事では済まない。
(けど、早めに高い威力を晒してくれるなら好都合)
ハンドガンを即座にラウンドシールドへ変形し、彼女の前へ構える。HMDには『MAGICA INVALIDDER』と表示されている。魔法無効化機構は正常に動作している。問題ない。
そして、アイリスブルーはトリガーを引いた。発火炎が闇夜に瞬き、外骨格越しにでも鼓膜を殴り続けてくる銃声が絶え間なく続いた。しかし、撃ち出された銃弾は、魔法無効化機構が動作したシールドへ吸い込まれて――いかなかった。それどころか、シールドが前方から押さえ込まれるような圧力を感じ、腕にビリビリとした振動が走る。
(この弾、マナで作られたものじゃない――実弾!?)
先ほど覚えた違和感が、悪寒と共に蘇る。
(マズい、マズいマズいマズいマズい)
AEを始めとしたエグゼクターの装備は、対魔法少女を想定したものだ。並の装備では歯が立たない魔法少女相手に、彼女たちが拠り所とするマナを封殺することで個人での制圧を確実とするためのものだ。故に、魔法少女が実銃などの一般的な装備を持ち出すことは想定していない。
もちろん、AEそのものは汎用的な用途に耐えうる外骨格ではある。脆弱な生身と違ってアサルトライフルの銃撃を一、二発受けたぐらいで致命傷を負うことはない。
けれども、如何に頑丈なプロテクターだって銃弾を受けるごとに劣化していく。それはマナで生成された外骨格とて同じだ。特に間接部を覆う素材は防御力より可動性を優先したものなので、ここが被弾し続ければいずれは生身へ貫通しかねない。
(ひとまず、遮蔽物へ逃げてやりすごそう。考える時間がほしい)
傍に立っている分厚い柱の裏へと転がり込む。同時に、この戦闘ではタダの堅くて大きな板でしかなくなったラウンドシールドを、ハンドガンへと変形させた。
高密度のコンクリートの塊だから、アサルトライフルで破壊するのは容易いことではないだろうし、何より実弾であれば弾数は有限だ。遮蔽物を破壊する余裕はおそらく無い。
一方でアイリスブルーはと言うと、私が柱の裏へ引っ込むと共に、彼女もまた手近などころにある瓦礫の山へ身を隠した。舌を巻く。あの魔法少女は戦い慣れている。
「今までの中で一番キッツい」
心の声が漏れたけど、それだけの相手であるのだから仕方がない。
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