第1章 #8

 翌日、私は補給部へ足を運び、リコにAEのメンテナンスを依頼した。


 外したベルトのスキャン装置へ、リコがメンテナンス用のPDAを近づけると、中の人が空っぽの外骨格だけが現れた。それを大型の機器へ接続しては、各部位の故障探求を実施したり動力源であるマナの補給を行うのだ。


 リコがメンテ作業に取りかかっている間は暇なので、普段なら作業を妨げにならない程度の雑談を投げかけてみるのだけど、今日はその気にならなかった。頭の中は、あの不思議な魔法少女のことでいっぱいだった。


「あのさ、ウチの仕事ふやしておいて、そのモヤモヤした感じのツラはなんなん?」


 リコが不快感を露わにするほどだから、よほど面白い顔をしていたらしい。


「ごめんねリコ、愛してる」

「ふーん。で、最推しは?」

「……マリーピーチ」

「正直でよろしい。じゃ今度、ツレ飯行ったらシャケをよこすように」


 正直あそこの鮭みたいなナニかは好みではないけど、一日に必要な栄養素を最低限摂取できるように設定された献立だから、そのうちの一品がなくなるのは辛い。しかし、ここで断ってAEへマナの代わりにあの鮭もどきを詰め込まれたらたまった物じゃない(既に一回やられた前科がある)ので、「わかった」と一応は承諾する。


 ただ、しばらく考えてやっぱり釣り合わないように思えたので、「鮭あげるついでにさ」と私は口を開いた。


「調べてほしい魔法少女がいるんだけど。リコ、お願いできる? 可及的速やかに」

「いまメンテ中でーす」

「じゃあ今度あげる鮭にピーマンもどき詰め込んでおくから」

「わかった、わーったよ」


 そう言って、リコは整備用の端末を一旦床に置いて、自分のPDAを取り出してくれた。


 神鳴市には魔法少女に関する情報が集積されたデータベースが存在しているのだが、アクセスできる権限を持つ者は限られていた。リコは、マナに関する研究に携わっている都合なのか、アクセス権限を与えられていた。


 だから、手強そうな叛魔法少女との戦闘を命じられたときは、たまにリコへ相談することがある。魔法少女だった頃の情報を得れば、戦い方の傾向などが読めるからだ。カメラなどの街が敷いている監視網に引っかかっていると、大まかな現在地を割り出すことだって可能だ。


 ただし、権限のない人間が見るのは本来ルール違反なので、これがバレたら私だけでなくリコもペナルティを負うのだけど、今のところは鮭っぽいアレの切り身でそのリスクを許容してくれていた。


「なんて名前の魔法少女を調べればいい?」

「えーと……名前は分からないから、青い衣装の子で調べられないかな」

「AIにやらせたい検索条件ナンバーワンなやつキタね」


 そうやって口を尖らせてはいたけど、「このへん?」とリコはPDAを見せてくれた。たしかにリストアップされているのは青色寄りの衣装を身につけた魔法少女ばかりだけど、その中に昨日見た青とんがり帽子の子の情報はなかった。私は首を横に振る。


「この中にはいないなあ。探してるのは昨日見た子なんだけど」

「なーる。魔法少女に会ったんね。だから五体満足で帰ってこれたってワケかぁ」


 リコはしばらく考え込むと、「その子、デビュー前とか?」と述べた。


 魔法少女はその力を得てからすぐにマレフィキウムの討伐、もとい、撮影へ駆り出されるわけではない。与えられた力を制御するための訓練期間が設けられているのは事実だ。そして、リコがアクセスできるデータベースには、訓練中の魔法少女は登録されていなかった。


 だから、その可能性はありうる……と首を縦に振ろうとして、やめた。


「昨日会った子はマリーピーチと同じくらいに見えたから、たぶん十二歳前後。その歳になっても訓練中というのは考えにくいかな」

「たしカニ。だいたいの子が十歳くらいからデビューするイメージじゃんね」


 両手をハサミに見立ててチョキチョキ切るポーズをとっているリコのことは一旦無視しして「なるほど」と答えた。データに常日頃から触れているであろうリコがそう言うなら説得力がある。となると。


(昨日、私が視たのは魔法少女ではない……?)


 でも、あの飾りに飾った出で立ちは魔法少女特有のものだ。それに彼女は、たった一人でマレフィキウムを討伐した。それが出来るのは魔法少女だけだ。


 何か見落としているのか、それとも幻覚を視ていただけなのか――答えを出せずに頭の中をモヤモヤさせていたそのとき、突然PDAがぶるると震えた。リコの物ではなく、私の物だ。


『ご苦労様、法雨ナギカ』


 繋がった電話にはホクト局長のご尊顔が映し出された。


 今までずっとリコと気を抜いて話していた反動で、爪先からつむじまでをピアノ線で引っ張られたかのように、急に背筋がピンとした。失礼な顔をしていないかと心配になる。


「お疲れ様です、ホクト局長」

『昨日は尻拭いをさせてしまったと聞いた。叛魔法少女の対応が終わった直後に、君にあのような無茶をさせることになった非礼を詫びたい』


 あれは私の独断行動だったから、ホクト局長に知られているのは嬉しさよりも気恥ずかしさや自分の今後の立場に対しての不安感が勝る。


 とは言え、報告をあげたわけではないのにどうして知っているんだろう――と思って横目でリコを一瞥すると、彼女はピースサインと共にお茶目なウィンクを飛ばしてきた。「アピールチャンスっしょ」――なるほどね。そういうモノの見方もあるか。


「いえ。私は魔法少女が駆けつけるまでの支援をしたまでなので。詫びられるほどのものでは」


『心強い言葉だ。しかし、尚のこと心苦しくもなる』

「心苦しい、とは?」


 ホクト局長の険とした顔に、どことなく気まずさや憐れみが滲んでいるような気がした。


 疲れから現実と妄想を一緒くたにしているんだと決めつけていると、『君に仕事だ』と確固とした声が発せられる。そばで作業していたリコの方がギョッと跳び上がっていた。


『対象の叛魔法少女を討伐してもらいたい。詳細はPDAへ送る。本日の夜までに準備をしてもらいたい。健闘を祈る』


 その言葉を最後に、PDAの通話は打ち切られた。


 仕事が振ってくる流れもその後のやりとりも、普段と何も変わらない。敢えてイレギュラーな不安要素を挙げるなら、事実上の三連勤ということくらい。いつもは間に一日以上の休みを設けてくれるのだけど――そう漠々と物思いに耽りつつ、送られてきた情報を見て、思わず目を見張った。


「え。この子って」


 標的の『反魔法少女』の姿として添付されていた写真は、昨日会ったばかりの青装束の魔法少女そのものであった。

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