第1章 #11
かつての友人の顔が脳裏に浮かぶ。
彼女ならどうするんだろう。それを聞きたくて縋ろうとしたイメージは――しかし、奇妙なことに、目の前の少女と重なった。首を絞めようとする手から力が脱ける。
このままでは、私は彼女を殺してしまうのだと予感した。だから――
「――げほっ。こほっ、こほっ」
私はアイリスブルーの首から手を離していた。
解放された彼女は咳き込みながら怪訝な顔で私を睨んでいる。なんで殺さなかったのか――彼女は説明を求めているように窺えた。
何か言わなければと息を整える。大丈夫、大丈夫だ。目の前にいる魔法少女はアイリスブルーだ。私の友人のランではない。
「……こちらは、神鳴市魔法少女創造局、対叛魔法少女鎮圧課、法雨ナギカです」
所属と名前を告げた一瞬、アイリスブルーが目を丸くさせたような気がした。それが気のせいかどうか判じるよりも前に、彼女は眼を細めた。どうやら余計に警戒させてしまったらしい。
「大変失礼致しました。こちらも顔をご覧に入れます」
変身を解除する。少女の瞳に映る人影が、物々しい外骨格に包まれたエグゼクターから、スーツジャケットを着ただけの生身の女へと変わる。
これまで外骨格に備わっていたカメラの映像を通して見ていた少女の顔は、肉眼で見るや思っていたよりも凜々しく、そして年相応にあどけなかった。
「アイリスブルー。只今の貴方には、叛魔法少女として扱われるに足る嫌疑が掛けられています。ご自身に心当たりはありますか?」
「はん……魔法少女?」
そんな言葉知らないとばかりに、彼女は両目をパチクリさせている。
「神鳴市との契約を破った魔法少女のことですが」と念押ししてみるも暖簾に腕押しのようで、彼女は疑問符を浮かべながら首を傾げるだけだった。
「では、質問を変えましょう。貴方は昨日、マレフィキウムの出現に乗じて、器物損壊、強盗、殺人の罪を犯したとされていますが、これは事実でしょうか」
アイリスブルーは「そんなことしてません」と、即座に首を横へ振った。
「もしかして。そんな風に疑われていたから、あなたは私に襲いかかってきたんですか?」
「敵だと認識したのは貴方が先ですが……その通りですね」
「なるほど。そうなんですね」と彼女は頷いた。理解が早い。聡い子の相手はこういう時に助かる。
「それで、あなたはそれをわたしに伝えるために、戦うのを止めて、顔を剥き出しにして、こうやって教えてくれていると」
「はい。そういうことで――」「バカなんですか」
は? という声が喉元まで出掛かった。
「私が本当にそういう罪を犯していたとしたら、あのまま首を絞めているのが正しかったんですよ。自分が有利な状況を放棄して、感情のままに動いて。それが大人のやることなんですか。呆れます」
「い、いや、でも、私は貴方が民間人を守り、マレフィキウムを討伐しているところを見ていましたから」
「あのですね、『やった』ということは、その現場を一発でも見れば間違いないって証明できますけど、『やってない』ということはそうもいかないんですよ。一時のお気持ちに惑わされて主観で決めちゃって、間違ってたらどうするんですか。どう責任とるんですか」
自分のこめかみがピクピクと動いているのが分かる。
笑顔。笑顔だ。相手は子供だ。ここで怒ったら大人げない。大人げない。
「だいたいですね、今この場でわたしがその気になれば、あなたの頭は簡単に吹っ飛ぶんです。わたしの武器は健在なんですから。良かったですね、わたしがちゃんと大人の話を聞こうとする従順な子供で。はい、ほら、これで満足ですか、満足ですよね。一時の正義感を満たせちゃって気持ちいいですよね。これで話のネタになる
「こ、こ、こ、こ、こ、この、この、この」
ク○ガキャ、という前時代的な汚い言葉が口から出そうになるほど体温が沸点に達しようとしていたその時に「ただ」と生意気な魔法少女は口を開いた。
「一方的なのは良くないですし、私も一つお伝えしましょう。借りはすぐ返す主義ですから」
こんな子供に何を伝えられるのか――と思ったのも束の間。
「そちらの雇い主は、あなたもまとめて始末しようとしているみたいですよ」
聞こえてきた内容は、自分の耳を疑うものだった。
「なんだって?」と聞き返したそのとき、周囲で甲高い電子音が鳴り出した。
辺りを見回すと、床で何かが光っている。それも一つだけではなくフロアを取り囲むように複数個。
遠目には何かしらの小型機器にしか見えないが、それらはいずれも艶の消された黒色へ塗装されていた。なるほど、こういう暗闇の中に隠れて設置するにはうってつけだ。
アイリスブルーの転送術式で設置されたものではないか――そう考えて彼女を一瞥するも、「多分最初からありました。知りませんけど」としれっと言う。最初からあった――?
そうこうしているうちにも、光の明滅は早くなり、電子音も間隔が短くなっていく。そして――それぞれの小型機器は爆発した。
爆発自体は小規模なものだった。けれども、フロアの外周に沿って配置されていたそれらは、床を崩落させるには十分な火力があった。
瓦礫の混じった黒煙が舞い、足下がぐらつく。逃げるには時間が足りない。
「私は落下してもAEを装着している以上は大丈夫。でも、アイリスブルーは」
彼女には魔法少女にあるべきマナによる身体防護機能が備わっていない。このまま落下すれば怪我を負うことは免れない。
「ああもう! 魔法少女のくせにどうして!」
再び変身を試みる。しかし、かざしたPDAには『ERROR』と表示されており、AEを纏える気配がなかった。
ベルトのモジュール発火機能が故障したのか――そう考えていると、更に『SYSTEM REBOOT』なんて表示された。ベルトのシステム再起動だ。こうなると、次に操作が出来るようになるまで時間が掛かる。つまり、その間は無防備ということだ。
「待ってたら間に合わない! このままで!」
そして、ぐらぐらと揺れる足場の中で右往左往しているアイリスブルーを見つけると、無我夢中で滑り込み、彼女を背中で包むように抱きかかえた。「えっ、ちょっと!」と羞恥も不快感も隠さない罵声を浴びせられたけど、そんなのに構っている場合ではない。
私もアイリスブルーも、共に為す術無く崩落に呑まれていった。
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