第2章 #12

 右手でスロットルを捻り、左手でクラッチを切りながら、右足の爪先でギアを上げる。するとバイクが加速していき、研ぎ澄まされた排気音が轟き、すれ違う風圧がさらに重く冷たいものになっていく。最大速度に到達すると、景色は更に後方へと置き去りにされ、眼には鮮やかな縦縞模様となって映った。


 このままでは追いつかないと判断したのだろう。私を負ってきているエグゼクターの三人はハンドガンを一旦腰へ収納し、両手でハンドルを握り、スロットルを入れて加速してきた。乗機はいずれも同じモデルであるから、彼我の距離はつかず離れずといった様相になった。


 もはや止まって見える一般車の脇を通り抜けるように走行していると、再び鉛玉が追ってきた。三人のうち一人が後方から撃っているのだろう。


 適度にスピードを落としながら、車線の変更も交えてジグザクに走行する。このまま真っ直ぐ走っていると、良い的にしかならないからだ。しかしながら、銃弾も逃すまいと、銃弾も追従してきた。弾丸が道路を跳ねる様は、まるで走って追ってきているように見える。


 そのうち数発がバイクに命中したのか、打音が間近に響いて肝が冷えた。エグゼクター用のバイクなので、ボディはもちろんホイールも頑丈には造られてはいるが、何発も受ければ当然いつかは破損する。もし、エンジンに被弾してしまったらその時点でおしまいだ。


(怯んだら終わりだ。諦めるな、振り切れ! 振り切れ!)


 スピードを過度に落とすことなく、追い縋ろうとする銃弾から逃げ続けた。このままいつまでも追いかけっこが続くのだと思われたけど、私を狙った銃弾が他の車両のスピンを誘発し、ハンドガンを撃っていた一人が制御不能となった車と衝突して吹っ飛ばされた。


(一人減ってくれた……けど)


 後方を一瞥する。依然として二台のバイクが追いかけてきていた。


 トップスピードを維持して走り続けると、通行止め用のバリケードが設けられていた。おそらくは、この先で繰り広げられているであろう、二人の魔法少女の戦いから一般車両を遠ざけるためのものだろう。構うことなく蹴散らして先へ進む。後ろの二台も躊躇無く突っ込んできた。バリケードが空を舞い、コンクリートへ倒れる虚しい音が響いた。


 バリケードの先には、大きな孤を描く右カーブが続いていた。本来ならスピードを落として丁寧に回りきるべき場所だろう。しかし、スピードを維持して通過するために、私はハンドルを右へ大きく切った。


 車体が右へ傾く。上半身が重力を感じるまでに傾いでも、限界まで倒していく。バイクのボディがコンクリートを擦り、火花が散って外骨格に跳ね返る。AEによって身体能力を強化されたからこそ可能な走法だ。生身でやったら絶対にすぐ転んで怪我を負う。


 後ろに続く二台も、同様に車体を限界まで倒して追ってきた。そのうちの一台がジワジワとこちらへ近づいてきた。


(このままで追いつかれる。ならいっそ)


 速度を落とし、近づいてきた一台の左側へこちらから近づく。そして、こちらの意図に気づかれないうちに、右足で踏みつけるように蹴りつけた。横転したバイクからエグゼクターが投げ出され、道路を転がっていく。


 心の中でガッツポーズをとっていると、カーブ地帯は終わって直線道路へと移り変わった。半端なく傾けていた車体をなんとか起こして走行を続ける。


 この直線道路を抜ければコンテナ埠頭に辿りつく――そう安心しかけたとき、後方から爆音が響いた。


 振り返ると、残る一台がエンジンを大いに噴かしてこちらに距離を詰めていた。あちらはリミッターを解除しているのだろうか、このバイクのスロットルをいくら捻っても振り切れない。


「マズい、マズいマズいマズい、近づかれる!」


 敵のバイクが左側にやってきた。


 さながら自走式のサイドカーになったかのように、速度も完璧に揃えて真横にピッタリくっついてくると、相手はハンドルから手を離した。そして、腰に携行していたハンドガンをスタンロッドへ変形させて振り下ろしてきた。電撃を帯びたスタンロッドが迫る。


(あれを受けたら間違いなくバイクから振り落とされる)


 迫ってきたスタンロッドを、すんでのところで屈んで回避する。今度は下から上へと振り上げるが、私もスタンロッドを腰から抜いて弾き返す。その一撃で互いのバイクが少しふらつき、相手は体制を立て直すべく重心を取り直そうとした――ところに、私は自分のスタンロッドで相手の胸部を突いた。バチバチと白い雷が爆ぜて、外骨格を纏った人間が痙攣する。


 私はすぐにハンドルを握って運転へ戻る一方、スタンロッドを受けた相手はバランスの制御が不可能となり、すぐさま座席から振り落とされていった。主を失ったバイクも、やがて平衡感覚を失って道路へ倒れて開店しながら道路を滑っていく。


「ふぅ……」


 安堵の息を吐くと共に、マスクの裏のHMDで、マリーピーチの配信の様子を確認する。戦闘はまだ続いていた。爆発する光球によってエイリは防戦一方に追い込まれているが、それでもまだ持ち堪えてくれている。


「もう少しだけ待って、エイリさん」


 次のインターチェンジで下に降りると、すぐに目的のコンテナ埠頭が見えた。コンテナが林立する区域へバイクに乗ったまま進入する。


 そのまま区域を走っていると、コンテナに偽装した建屋が見つかった。上にはパラボラアンテナみたいな機器が取り付けられている。


「あった! マナ供給装置!」


 設けられている戸口を蹴破って中に入ると、狭い室内の中で大仰なタンクのような装置が稼働していた。傍らには入力受付用のインターフェース端末が用意されており、設定の確認や変更はここから行うことができるはず。端末へ近づいて内容を確認すると、合図があり次第マリーピーチへ大量のマナを供給する設定となっていた。


「エイリさん、まだ耐えてるかな」


 焦る気持ちでマリーピーチの配信を窺う。そこに映った光景に、私は息を呑んだ。


 苦悶の表情を浮かべるエイリが宙へ磔になっていた。地上には衣装をボロボロにさせたマリーピーチが彼女へ向かってステッキを突きつけている。まもなく視聴者リスナーからマナを集める流れになるのは目に見えて明らかだった。


「すぐに設定を変えないと!」


 端末の画面を触れると十六桁のパスワードの入力を求めるコンソールが表示された。ここに入力するパスワードはエグゼクターなら誰でも知っているもの――のはずなのに、入力したパスワードは弾かれた。タイプミスだと思い直して慎重に入力しなおしても通らない。


「パスワードを直前で変えられた……!?」


 思いつく限りのパスワードを入力しても全て弾かれた。他方、エイリへ向けられたマリーピーチのステッキには、桃色の光が収束しつつある。マナが送られたら一気に放つつもりだ。


「そんな、もう時間が」


 やはり、私にはエイリを救えないのか。


 そう落胆しかけたそのとき、HMDにメッセージ受信の通知が入った。それどころじゃないと苛立ちつつ中身を開く。送信元不明のメッセージだった。書かれている内容は、十六桁の英数字の羅列だけ。


「十六桁……もしかして、新しいパスワード? でも誰から……」


 いや、送ってきた相手が分からない事を気にしてる余裕はない。


 縋る気持ちで送られてきた十六桁を入力する。すると、パスワードを受理した旨の表示がインターフェース端末に映し出された。心臓が早鐘を打つ中、急いで画面を操作して、マナの供給先設定を手繰り寄せる。


 画面にマリーピーチとアイリスブルーの名前が並ぶ。私はほんの少しだけ躊躇した。


「ごめん、マリーピーチ」


 小さな声で謝ってから、マナの供給先をエイリへ変更した。

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