第2章 #13

◇◇◇◇◇



(あれ? なんか変)


 アイリスブルーへステッキを向けているマリーピーチは、微かな違和感を覚えていた。


(いつもなら、もうとっくにマナが充填されているはずなのに。おかしいな、今日はマナチャットの出がいつも悪いの……?)


 マリーピーチは訝しげに、自分の傍らに投影されているホログラムディスプレイを盗み見る。


 マナチャットの流れる速度は平時の配信以上に活発であった。魔法少女対魔法少女というシチュエーション、それに加えて(彼女自身にとっては不本意ではあるけれど)予想外に拮抗し、ギリギリの勝負を魅せられている相乗効果によるものだろう。しかしながら、それにしてはマナの充填が普段以上に遅いことに、マリーピーチは業腹を煮やしていた。


(むしろ、マナ来るの止まってない? ポンコツ創造局め、ちゃんと仕事してよね)


 内心で悪態を吐くが、決して言葉にも顔にも出さないよう気を払う。


【マリーちゃん、今日はいつもより溜めてるね】


【結果わかってんだから超必はよ】


 投影されたメッセージに舌打ちが出そうになったが、堪える。「あの子は強敵だから、いつもより集中して撃ちたいの!」と、咄嗟にらしい台詞を吐いて誤魔化した。


(もうこれいじょう待ってられないわ。アイリスブルーはろくにマナも残ってないだろうし、何か一発当てるだけで落ちるでしょ)


 ステッキを握り、放出の構えをとる。光球が普段より控えめであることを指摘するメッセージも流れてきたが、取り合うつもりはなかった。


「みんな、お待たせ! いっくよぉ!」


 ホログラムディスプレイへ滝のようにメッセージが流れては落ちていく。


 そうだ、視聴者リスナーもマリーピーチが勝つことを疑っていない。今回も普段通り、私が勝つのだ。


「エンジェリック・イレイザー!!」


 そうして、必殺と謳われた『魔法』が放たれた。


 夥しい光の奔流が、磔になったアイリスブルーを無慈悲に襲う。


 感情を持たない獣が、一人の魔法少女を食いちぎり、灼き払い、焦がして、貫き、掠め取とろうとする。持てる力を出し尽くして満身創痍となったマリーピーチは、けれども二本の足で立ち、肩を上下させながらその様を眺める。光が霧散したときに現れるのは、果たしてアイリスブルーの骸か塵か。口角を吊り上げながらその時を待つ。しかし――


「な、なんで……?」


 声が震える。彼女の眼前に現れたのは、そのいずれでもなかった。


「どうして、生きているのよ!?」


 もはや、自分のキャラも忘れてマリーピーチは叫ぶ。


 必殺の魔法に食い千切られたはずのアイリスブルーは、未だ健在であった。


「なるほど。マナによる防護機能とは、とても便利なものですね」


 ケロッとした様子で、彼女は足下に障壁を展開する。そして、下方へ向かって階段状に生成しては、トン、トンと軽い足取りで地上へ降りてきた。そして、地面に放置されていたアサルトライフルを拾い上げると、手で軽く砂埃を払う。


 なぜ、マナを自分で生み出せないはずのアイリスブルーが、マナによる身体防護を使用できているのか。


 小馬鹿にしてくるような足音が胸をムカムカ刺せてくる中、マリーピーチは思い至った。そして、感情が堰を切って口から溢れ出した。


「ふざっけんなァ!」


 ホログラムディスプレイには、唐突なヒステリーに驚いた視聴者リスナーが戸惑い、視聴を取りやめる通知が飛び交っていた。けれども、マリーピーチは口を閉じなかった。


「アンタが使ったのは、私に送られるはずだったマナよ!! 返しなさいよ!! ねぇ!?」

「マナの直接供給。なるほど、そういうものもあるんですね」

「とぼけんなアッ! なによなによなによなによ、これもカトレアホワイトの弟子だからって、アンタがお姉様に選ばれたからって言うつもり!?」

「いや、さすがにそこまでは……」


 マリーピーチに剣幕に圧されている様子のアイリスブルーは「でも」と、彼女から視線を外して言葉を紡ぐ。 


「どこかの世話焼きな方がなんとかしてくれたのかもしれません。余計なお世話ですけど、今回は助かりました」

「余裕こきやがって……!」


 気丈に振る舞うアイリスブルーを見つめる眼が、揺れる。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう)


 マナはもうない。攻撃に用いる分どころか、身体を防護する分も、全てアイリスブルーに持って行かれた。


 手が、足が、ガクガクと震える。こんなことは初めてだった。


 今ここに立っている自分は魔法少女ではない。粋がっているだけの非力な少女だ。


(もう私に勝ち目はない……お姉様……最強のカトレアホワイトから遠のいてちゃう……)


 でも、と


(私は魔法少女なのよ。視聴者リスナーに見られている中で、敵に背を向けることはできない……!)


 だから、これしかない。


 マリーピーチは自分に残されたステッキを握りしめ、コンクリートを蹴って走り出した。相対する魔法少女へ、最後の一撃を加えるために。


「アアアアァァアアアアアァァァアアアアアアァッッ!!!!」


【落ちついて】【こわい】【キレすぎて草】【かわいくない】【大丈夫?】などと、マリーピーチへ種々の反応が寄せられる。しかし、それらは彼女の足を止められはしなかった。


「策が無いなら逃げた方がマシな状況ですけど」


 対して、アイリスブルーは指揮者の如く右手を振りかざした。


「向かってくるなら、迎撃手段をとります」


 彼女の声に呼応するように、陸、空問わず、周囲へ幾何学模様の障壁が水平かつ無数に展開される。加えて、それぞれの障壁を台座として、設置砲台がマナによって生成された。


 各々の設置砲台が独りでに駆動し、弾薬を装填する。そして――


「――一斉射っ! てえぇー!!」


 全ての砲台から一斉に、マリーピーチへ弾が発射された。


 意識が途切れる前にマリーピーチの五感に焼きついたのは、砲弾の炸裂する轟音、噎せ返る火薬の匂い、肌を焼く熱線、そして、黒煙の中で毅然と立っている青いクラシカルロリータであった。


(アイリス……ブルー……)


 ホログラムディスプレイに流れるのは、彼女に失望した身勝手な声。


 自我の消えるその瞬間まで、マリーピーチは胸中で呪詛を唱える。


(許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さな…………)

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