第2章 #14
◇◇◇◇◇
徐々に晴れゆく煙の中に「ふぅ」と息を吐くクラシカルロリータ衣装の少女を見つけ、私はエグゼクターの姿のまま、彼女の元へ駆け寄った。
「エイリさん! 大丈夫!?」
「ナギカさん……ですか?」
「そう、私」と頷く。
一瞬、エイリは目を見開いたけど、すぐにそっぽを向いた。
「うわ……背中の生地、ずるむけになっちゃってる……」
「これくらい平気です。怪我はありませんから。誰かさんが助けてくれたおかげで」
「そう?」
どうやら、マナ供給装置の設定変更はなんとか間に合ったらしい。AEのマスクの裏で表情筋が勝手に動いた。
浮き足だった声から何かを察したのだろうか、エイリは呆れた様子で溜息を吐いていた。可愛げが無い。
「それで、わざわざ自己顕示するためだけに、ここに来たわけではないですよね」
「その通り。ここから逃げるよ」
そう言って、私は完全に晴れた煙の向こう側に置かれた二輪車を指し示す。
ここまで乗ってきたエグゼクター用のバイク。本来は一人用であるけれど、座席は広めにとられているので、小柄なエイリとなら二人で乗ることも不可能ではない。
「でも、本当にいいんですか?」
「何が?」
「あなたは創造局の人間です。助けるべきなのは、わたしではないと思います」
エイリはそう言って足下を見下ろす。
彼女の視線の先にあったのは、全身に傷を負い、倒れ伏した少女の姿だった。その少女の手には、トランスジュエルと思しき宝石が握られている。
おそらくは変身が解けたマリーピーチ。無残な姿になった推しの姿をあまり眼に留めたくないのもあって、私はエイリへと向き直る。
「いいの。マリーピーチは推しだけど、貴方は友達の弟子だから」
「ナギカさん……」
エイリは顔を曇らせる。そこへ「勘違いしないでね」と言い放ってやった。
「貴方を追えば、一緒にランを探しに行けるからってだけで」
「なるほど、利害の一致ということですね」
曇っていた表情に柔らかな晴れ間が訪れた。こちらの顔も解されていきそうな、青く澄み渡った晴れ空のよう。
とは言え、いつまでもそれを鑑賞しているわけにもいかない。いつ創造局の追っ手が来るかも分からない。一刻も早く、ここから立ち去らないといけないのだ。
「乗って! 急いでここから離れ――」
ぐいとエイリの腕を引く――が、バイクに乗って逃走する目論見が、叶うことはなかった。
くるりとバイクへ顔を向けた瞬間、それは前触れ無く爆発し、炎上した。どうやら、追っ手は予想よりも早く近づいていたようだった。
鋼鉄の足音がコンクリートに響く。恐れ戦きながら振り向くと、マルチプルウェポンを変形させたバズーカを抱えたエグゼクターがいた。首をコキコキと鳴らしながら歩いてきている。
それとは別に、ハンドガンを構えたエグゼクターが隊列を組み、二列に分かれて道路の前後を封鎖していた。
頭上からは、バタバタと大気をバラバラに切り裂くような音が聞こえた。冷や汗を垂らしながら見上げると、二機の軍用ヘリが上空で待ち構えていた。ご丁寧に、底部に備え付けの機銃もこちらへと向けられている。地上も空も、退路を断たれた。
『通信が切れたから心配したぞ、法雨ナギカ』
眼前に、ホクト局長が姿を現す。整ったツーブロックに、普段と代わらない険としたイケボ。しかしながら、薄い輪郭とやや透けた背格好から、どこからか投影されているホログラムだと分かる。本人は別の場所にいるのは間違いない。
私は固唾を呑んでホログラムのホクト局長と向き合う一方、エイリは睨み付けて敵意を剥き出しにしていた。
「局長。リモートとはいえ、わざわざ足を運んでいただけるとは」
『悩みを抱えた部下とは直接対話すべきと聞いている。それに、君のPDAに直接繋いでは、また連絡が切れる可能性があるからな』
「はは……ごもっともで……」
たしかに。こちらにPDAを繋がれたら、すぐに切っていたと思う。こんな時でなければ、いくらでも声を聴いていたいのはそうなんだけども。
『しかし、我が目を離していたうちに、法雨ナギカらしくない報告がいくつも上がっている。警告を発しに来た同胞へ怪我を負わせ、マナ供給装置の設定を無断で変更し、マリーピーチの配信を妨害した、と。これらは全て事実か?』
「はい……」
この状況下だ。局長も全て分かって尋ねていることだろう。
『うむ。もはや過失として言い逃れ可能な度を超えている。本来なら懲戒処分だ』
「……本来なら?」
『君には可能性を感じている、そう言っただろう。法雨ナギカ、君は特別だ』
つい最近もそう言われたような気がする。けど、そのときはそこまでの意味だと思っていなかった。
今だってそうだ。実感がない。ホクト局長は、私の何を『特別』だと言っているんだ?
『最後の命令を誤らなければ、我が君を庇おう』
「最後の命令……」
『アイリスブルーを、魔法少女創造局へ引き渡せ』
つい、隣に立っているエイリへ視線が向いてしまった。
彼女の口が「え」の形へと開かれる。けれどもすぐに口を閉じた。そして、落ち着き払った声を発した。
「わたしを売るんですね」
真剣な眼で私を見据える。
「そうですよね。わたしを売れば、あなたは助かります。逆の立場だとしたら、私はきっとそうすると思います。当然です。その方が生き残る可能性が高いんですから」
そう告げる彼女の表情には、諦めと遣り切れなさが葛藤しているように見えた。そんな顔をされたせいだろうか、私は「ううん」と首を横に振る。
「エイリさんにしては、珍しく答えを間違えているね」
「え」とエイリは小さな口を大きく開いた。
「どっちにしたって私は詰んでる。創造局に貴方を引き渡したら、きっとアサルトライフルで頭を撃たれて死ぬ」
「なんでそうなるんですか。発想の飛躍が過ぎます」
「貴方のアサルトライフルは、碌でもない大人の頭を吹っ飛ばすためにあるんでしょう」
自分の発言を思い出したエイリは「たしかに言いましたけど」と言い淀む。
「だったら」と外骨格に覆われた手を、彼女の肩に置いた。
「少しでもマシな終わり方を私は選びたい。貴方を守り抜いて私は死ぬ」
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