第2章 #15

 アイリスブルーはカトレアホワイトの弟子。それだけで護る理由は十分だ。


 このまま生きてもうだつの上がらない人生を、ランの大切な人のために燃やすことが出来るというなら、本望――


「どうして! あなたは! そんなにバカなんですか!!」

「なっ……バカって言った!?」


 笑顔で覚悟を決めようとしたところなのに、守ろうとした相手から罵声が飛んできた。


「バカバカバカ! ナギカさんのバカ! 脳の栄養、ぜんぶ胸に吸われてるんですか!?」

「は、ハァ!? 今それは関係ないよね!?」


 少なくともエグゼクターに変身しているうちは、男性と女性の外観に殆ど差異はないから、本当に関係ない。関係ないはずなのだ。


「大ありです! だからそんな勝手な言葉しか吐けないんです!」

「勝手って……」

「わたしを助けさえすれば自分のことはどうなったっていいって? 残されたわたしのことを何も考えていないくせに、なんでキリッて決めてるんですか! 勝手すぎるんですよ!」


 十二歳の少女から檄が飛ばされる。


 勝手に始まった口論を前に、私達を取り囲んでいるエグゼクターの面々は互いに顔を見合わせて、明らかに戸惑っていた。あのホクト局長ですら、ホログラム越しに絶句している。


「ナギカさんはなんでそんなに死に急ごうとするんですか! 焚き火に近寄っては本当に燃えちゃう虫みたいに!」

「え? そんなに死にたがっているように見える?」

「だって、初めて会ったときも、逃げ遅れた人を守るために、策もなしにマレフィキウムに突っ込んでいきましたよね。わたしが居なかったら本当に死んでたんだって分かってますか」


 言い返すことはできなかった。


 私に、自分の命を軽く考えるきらいがあることは否定できない――今、この時だって。


「ナギカさん」

「なに、エイリさん」

「変身を解いてください」

「今この場で!?」

「変身したままだと、あなたは絶対わたしを守るためって言って、自暴自棄になりますから」


 図星でしかなかった。これ以上の抗弁は無駄だと観念して、私は変身を解く。程なくして、彼女の瞳に映っていたエグゼクターはいなくなり、スーツジャケットを着ただけの女になった。


「やっと顔が見えましたね」


 そうやって勝ち誇る笑みの中には、私への優しさが一片だけ含まれているような気がした。


 彼女は私をじっと見つめながら、次の言葉を紡ぐ。


「あなたが死にたがっている理由なんか、わたしにはどうだっていいんです。聞いてもきっと、理解も納得もできませんから」

「でも」と、僅かに声色を湿らせて、エイリは続けた。


「わたしを守るために死んでほしくなんてないんです。そんなの、余計なお世話なんですよ」


 強気な表情を作っている目尻がほんのりと潤んでいるのが見えたのは、肉眼で見つめているからだろうか。


「だから、死にたがる理由があっても生きる理由がないんだったら――」


 一旦エイリは不安げに下を向いてみせたけど、すぐに顔を上げて私を見据えた。


「――わたしを、生きる理由にしてください」


 現れたのは、決意の面立ち。


 その顔から、私は目を離せなくなった。


「わたしが居る限り生き続けてください。勝手に死んだら許しません」

「エイリさん……」

「あ、勘違いしないでください。今あなたが居なくなったらわたしも詰みだというだけなんですから」

「もしも、うっかり私が先に死んじゃったら」

「一緒に死んでやって地獄の果てまで問い詰めに行きます。絶対ぜったいに」

「それは……余計なお世話だね……」


 なんということだ。


 カトレアホワイトの愛弟子であるこの子にはいつまでも生きていてほしいのに。どうせ日陰で俯きながら職場へ向かって帰宅するだけの一生を繰り返すことになるくらいなら、この子のために燃やし尽くしたって構わないって思ったのに。自己犠牲ではそれは叶わない。


 まったく、私の親友は、人を見る目がありすぎる。


「……分かった」


 エイリの眼を見てしかと頷く。


 エイリの瞳に星が瞬いたような気がした。だから思わず、彼女の肩に置いていた手に力が籠もった。


「もらった理由、大切にするよ。だから、今すぐここから」

「はい。一緒に逃げましょう」

「でもどうやって」と今更になって彼女に尋ねる。すると、彼女は――


「さっきのマナ、実は全部は使わないで残しておいたんです。だから――」


 天に向かって右手を掲げた。


「――こうします!」


 すると、私達の周囲に突如、鋼鉄の板や大小細かな様々な部品が数え切れない程に出現した。おそらくは、エイリのマナで作られた物体だ。


 それらは自動的に組み立てられて一定の形を成すと、私達を中心へ押し込めるようにして円柱状へ合体していく。


 さすがにずっと成り行きを見張っていたエグゼクターの面々も、これは無視できないと判じたらしい。外から「撃てぇ!」という号令、そして無数の銃弾の跳ね返る音が狭い円柱の中に響き渡った。


「撃たれてる! 撃たれてる! 大丈夫なの!?」

「障壁を展開して耐えてます! あともう少しです!」


 エイリがそう叫ぶと、足下から何かがせり上がってきて、自分達の収まった円柱が上へ突き上げられたような感触があった。外ではいったい何が起きているのか。


「できました! カウントダウン入ります!」

「カウントダウン!? なんで!?」

「耳だけはしっかり押さえておいてください! ……ごー!」

「耳!? だからどうして!?」


 嘆きに近い問いかけを無視して、エイリは「よん! さん! にー!」とカウントを進める。


「いち! ――ぜろ!」


 即座に、耳をしっかり押さえておくように言われた意味を理解する。


 足下から音が――円柱がぺしゃんこに潰れるんじゃないかと危惧するくらいの爆音が昇ってきて、この円柱の内外問わず全体をあっという間に包み込んだのだ。コレに比べれば、外から響いていた銃声なんて嵐の前の小雨でしかなかったのだった。


 必死に耳を押さえてはいる。それでも鼓膜が破れてしまいそうな程の爆音が三半規管を揺るがしてきた。耳鳴りがして頭が痛い。取り外せるのなら耳を外してしまいたい――そう思っている中、更にはこの円柱そのものが上へ上へ向かって無理矢理に引っ張られているような衝撃が伝わってきた。


「いったい……なにが……おきてるの……」


 舌を噛まないように慎重に尋ねてみると、エイリは平気な顔で答えた。


「なにって、ロケットを造って打ち上げただけですが」




【第二章 最強の師匠と最愛の友達】 了

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