第3章 #4

 雨は降り止んだけど外は既に暗くなっていたから、なにか行動するのは陽が出てからにしようという話をした。


 そのため、一般的な就寝時刻としては早いけど、陽が出てからすぐに動けるようにするために、雨宿りした廃墟の中で睡眠をとることにした。当然、布団はないし床は硬いから、あの狭い自宅と比べても環境は最悪ではあったけど、屋根がついているのが救いであった。エイリのランタンは電池の消耗を防ぐために電源は切ってあるけど、何かあったときに備えてそばには置いてあった。


 そうやって眠っていたら、睡眠の浅くなったタイミングで物音がして目が醒めた。遅れて、小石が転がるような音が聞こえた。


 始め、エイリが寝返りを打ったのかと思ったけど、彼女は寝相良くスヤスヤ眠っていた。音は遠くから聞こえ、段々と砂利が踏み転がされる音、枯れ草の潰れる音が混ざってきた。


(何かが近づいてきてる)


 耳を澄ませる。音は蛇行しながらも一定の間隔でこちらに近づいてきていた。数はおそらく一。足音だと仮定するとやや軽め。だとすると、群れた獣ではなく、追っ手が集団で迫っているわけでもない。何者かがたった一人で、私達にコンタクトを取ろうとしている――その可能性が考えられた。


(それほどの脅威ではないかもしれないけど、念には念を入れておこうか)


 立ち上がり、赤いネクタイをキュッと締める。そして、PDAをベルトのスキャン装置へとかざした。


「エグゼクター、変身」


 PDAをスロットへ差し込み、AEを纏う。いつもの癖でマルチプルウェポンを呼び出そうとして――思いとどまる。マルチプルウェポンは創造局の管理下で保管されている。こちらに転送することによって、何か動きがあったことや現在地を知られるリスクはなるべく被りたくない。


(大丈夫。AEを装着しているなら、武器無しの肉弾戦で生身の人間に後れを取ることはない)


 寝息を立てている紺色のワンピースの少女を見下ろす。


 エイリを危険には巻き込みたくない。だから、ここで待ち構えるのではなく、音の鳴る方へ向かって、自ら向かって行くことにした。


 虫の鳴き声も聞こえない荒れ地を歩く。こちらから近づくことで、尚のこと一人の人間が歩く大人のだと確信を持てたが、頼りにしていた物音はそのうち聞こえなくなってしまった。私が探っていることに気づかれたのだろうか。


(どうしよう。ヘタに動くとエイリとはぐれるかもしれない)


 せめて辺りに不審な人影がないかと立ち止まって探す。すると――


「――貴女が法雨ナギカさんかな?」


 背後から声がした。バッと、振り返りつつ距離をとる。


 そこに立っていたのは男だった。


 眼鏡を掛けた柔らかい雰囲気の男で、歳は私より少しばかり上だと思われた。二十は超えている。身なりが整っていることから浮浪者でないことは間違いないが、彼の清潔な外見は、この荒れた土地には不釣り合いだとも思えた。


「どうして私の名前を」

「君たちは有名人だからね。かのマリーピーチを倒した叛魔法少女アイリスブルーと、エグゼクター法雨ナギカ、と。一刻も早く貴女達を確保したい創造局が煽りに煽っているよ」


 マリーピーチにとっても界隈にとっても、あの配信は前代未聞の放送事故だ。今頃はネットもリアルも、人のいるところは興奮のるつぼと化していてもおかしくない。


「それと恐縮だけど、良かったら貴女の顔を見せてくれないかな。僕は、話し合いに来たんだ」


 彼は両手を開いてみせた。無防備であることを示すジェスチャーだろうか。


 武器は隠し持っている様子はないし、腰に見覚えのあるベルトが巻かれているわけでもない。今のところは殺気もない。たしかにこれでは、対話を試みた相手に対して、AEを装着したこちらが一方的に嬲ろうとしている図だ。


(相手がエグゼクターでないなら、何かあったときは変身すればいい。こちらの優位は変わらないか)


 変身を解除し、スーツジャケット姿の素顔を晒す。「貴方の名前は?」と聞いてはおく。


「名乗りが遅れて悪かったね。僕は、ユウヘイと申します」


 ユウヘイと名乗った男は頭を下げた。物腰柔らかく丁寧な態度ではあるけど、この状況では却って警戒を強めるべき要素であった。相手には、余裕があるということだ。


「要件は何?」

「先にも申し伝えた通り、話し合い……少し言葉を変えるなら、交渉だね」

「交渉? 私……ううん、私達に?」

「ええ。なので、アイリスブルーの居るところに案内してもらえると――」

「――その必要はありません」


 ぴしゃりと言い放つ声がした。


 ユウヘイと共に振り向くと、そこにはエイリが立っていた。とんがり帽子も被ったクラシカルロリータの魔法少女の衣装。手にはSCAR《アサルトライフル》が握られていた。


「エイリさん……」

「すみません、こっそり後をつけていたんです」


 ばつが悪そうに謝った彼女は一転、招かれざる訪問者である男には厳しい眼光を向けた。しかし、ユウヘイは怯むことなく「初めまして、アイリスブルー」と頭を下げる。


「わたしはナギカさんほど気は長くありませんから。論理的かつ簡潔に話さないと、その頭を吹っ飛ばします」

「いきなり嫌われちゃったね。いや、スカウト対象としては頼りになると言うべきかな」

「スカウト?」と私が口を挟む。


「はい。どうか二人に助けてほしいんだ。僕たち、『叛魔法少女集会』を」

「はんまほうしょうじょしゅうかい?」と今度はエイリが疑問符を浮かべる。


「叛魔法少女の自由を得るために活動する集まり、言うなれば、叛魔法少女達で構成したレジスタンスかな。創造局にとってはテロリスト、民間人にとっては過激派組織でしかないけどね」


 物騒な単語を並べ立てているというのに、ユウヘイは涼しそうに話していた。


「僕達はこれから創造局に対して攻撃を加えるつもりなんだ。けれども、成功率を上げるためにもう少し人手が欲しい……そう望んでいた矢先にちょうど、君たちがマリーピーチを倒し、創造局に抗ったという一報を耳にしたんだ」

「別に創造局に抗ったつもりではないんだけど」

「ナギカさん。わたし達、もう世間的にはそうなっているんです」


 エイリの指摘に「そっか」と少し気落ちする。


「この攻撃が成功すれば、創造局に甚大な痛手を負わせることができる。けど、成功させるには今の僕達だけでは戦力が心許ない。だから、君たちを仲間に加えられたら心強いんだ」

「テロリスト」「レジスタンス」と私とエイリは顔を見合わせる。


「君たちもこれからの行動指針に困っているとお見受けするよ。協力してくれるなら、僕たちも見返りは惜しまない。どうかな?」

「私達への要求は何?」

「護衛、とだけ伝えさせてほしい。具体的な標的は僕たちの拠点に来てもらってから話すよ」

「それだけの情報で決断させるつもり?」

「とても申し訳なく思っているよ。けど、作戦の実行まで時間が無い。だから、この場ですぐ決めてもらいたいんだ、悪いけど」


 ここまで話された内容を、ある程度真実だと仮定して吟味する。


 ユウヘイは涼しげな顔をしてはいるものの、要求する内容が簡単なものでないことは間違いない。直前になって人員を増やそうとするほどの作戦、いったい何を狙うつもりなのか。


(今の私達が欲しいものは、ランの情報があるというプラントの場所、創造局の手が届かないほどの身の安全、あとは食料と衛生。もし、これら全てが手に入るとしても、彼らが参加を要求する作戦の難度が高いと、状況は悪化しかねない。最悪、命を落とすことだって。けど、今の私達に行動指針がないことはその通り。どうする……)


 天秤に掛けられたメリットとリスクが、頭の中でぐらぐらと揺れる。回答を決めあぐねていると、エイリはアサルトライフルの銃口をユウヘイに向けた。


「いきなり決めろというのは横暴が過ぎます。それに、わたしはあなたに借りがあるわけではないんです。だから、受ける理由はありません」


 その理屈も間違ってはいないように思える。しかし、エイリの述べた論にユウヘイは動揺を見せなかった。むしろ、好機として捉えたのか眼鏡が光る。


「貸し借りの話なら、少なくともそちらのエグゼクターさんにはあると思うな」

「どういうこと?」と私は訝しんだ目をユウヘイに向ける。


「マナ供給装置の新しいパスワードを伝えたのは、実は僕だからね」

「な」と私の口が勝手に開く。エイリがおそるおそる「本当なんですか」と尋ねる。喉を塞ぐ異物を飲み込むように、首を縦に振って応えた。


「言うまでもないとは思うけど、真偽を疑うのは無意味かな。パスワードが直前に差し替えられたことを知っているのは、君を含め限られている。それに、僕が創造局の関係者だとしたら、今になって明かす意味がない。君もそう考えているよね?」


 ユウヘイが笑う。私は「そうね」と頷くほかなかった。


「それなら、わたしも借りがあるということになりますけど……ナギカさん、わたし達どうすれば……」

「……誘いを、受けましょう」


 ユウヘイが嫌味の無い穏やかな笑みを浮かべる。


「今の私達に行動指針がないことは事実。それに、貴方達も最低限のリスクを犯してくれた」

「リスク……?」とエイリが私の顔を覗き見ようとしていた。


「これから創造局に対してテロを起こすなんてこと、もし私達が日和って従順になろうとしていたら、局に恩を売ろうとして通報される可能性があったもの」

「なるほど。聡明でありがたいよ」

「はは、どうも」と、表情筋が勝手に苦い笑みを浮かべた。


「じゃあ、僕たちの拠点へ案内しよう。そばに車が停めてあるから、それに乗り込んでもらえるかな」

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