第3章 #5

 車から降りて目に入ったのは、比較的損傷の少ない大きな建物だった。さっき寝泊まりしようとした廃屋を縦横奥に何件も集めて繋ぎ合わせたぐらいの規模がある。


「旧時代の小学校をそのまま使っているんだ」と説明してくれたユウヘイの案内に従い、建物の中へ入る。


 廊下を渡り、階段を上がっていく途中で、少女の姿をいくつも見かけた。創造局のデータベースで見たことのある顔もある。


 年齢には幅があり、エイリぐらいの子は全体の真ん中ぐらいで、目にした中でも最年長の子は私より年下であれど、そうそう差は無いように思われた。しかしながら、彼女達は共通して私達を――特に私を非難がましい目で見つめていた。腰に巻かれたベルトへ、痛いほど視線が集まってくる。


「そっか……みんな叛魔法少女で、私がエグゼクターだから」


 自分の視線がベルトへ落ちる。


 今まで私が手を掛けた中に、彼女達の同胞がいたであろうことは疑いの余地がない。


「お待たせ。ここに僕たちのリーダーがいる」と言われて顔を上げる。


 連れてこられたのは廊下の端に位置した部屋の前。おそらくは、特殊教室を改装したものなのだろう。


 ユウヘイの手でレール式の扉が開かれ、私達は足を踏み入れた。


 資料の詰まった棚と机が置かれた部屋の奥には、紫色を基調としたドレス衣装に身を包んだ魔法少女がいた。左手の薬指には銀色のリングを嵌めている。


 年齢はおそらく最年長。私より年上では無さそうだけど、魔法少女と名乗っていられるまでの時間はあまり残っていないようにも感じられる。ユウヘイは部屋に入ると、彼女のそばに立った。


「初めまして、ワタクシの名はルピナスパープル。此度は『叛魔法少女集会』までご足労頂き、心より感謝を申し上げますわ」


 スカートの端を摘まみ上げる所作をとる淑女の姿には見覚えがあった。ルピナスパープル――三年前に大怪我を負った後、界隈から失踪したとされていた魔法少女だ。


「あら……ワタクシのことを既に存じ上げているご様子ですわね」

「創造局のデータベースで、何度も見たもので」

「……フン。貴女は創造局の人間でしたわね、法雨ナギカさん」


 八方美人の淑女然とした態度を一転させた後、彼女はユウヘイへ視線を向ける。


「ユウヘイ、どこまで話したのかしら?」

「まもなく創造局へ攻撃を仕掛けるというところまで。具体的な標的は伏せたけど」

「意外と明かしましたのね。アナタなりの誠意を見せたのだと捉えますわ」

「さて」とルピナスパープルはこちらに向き直る。


「既に聞いての通り、ワタクシ達はまもなく創造局へ攻撃を行いますわ。そこで、貴女には護衛をお願いしたいの。どうかしら、アイリスブルー」

「せめて標的くらいは教えてもらえない?」

「保護者気取りかしら」

「……そんなものじゃない」

「そうね、貴女達は叛魔法少女とエグゼクター。本来は敵同士だもの」


 俯き、舌を噛む。


 彼女にとっては、何気なく吐き出された言葉でしかないのだろう。


 しかし、その言葉に、異様に傷ついている自分がいたのだ。


「まぁ、良いでしょう。ワタクシ達の標的は――」


(活動理由が『叛魔法少女の自由を得ること』であり、創造局に大きなダメージを与えられる標的と言ったらどこだ。スタジオ? 創造局? いや、どちらも場所が散らされているんだ。どんなに大きく見積もったところで、今見えている人員では一斉に潰すことはできない。出来てトカゲの尻尾切りだ。それでは大層な深手を負わせられるとは――)


「――マナプラントよ」


 意識の外にあった標的を告げられ、思わず目が丸くなった。


「正気!? マナプラントはこの街のインフラも兼ねているの。叛魔法少女の自由を取り戻す、なんて目的で襲うには、及ぼす影響が大きすぎない!?」

「まあ。ワタクシ達の大義をそのように聞かされていたのね……ユウヘイ?」

「時間が無い以上、まずは理解を得るのが先だと考えて、噛み砕いて説明したから」

「骨まで砕けとは言ってないわ……コホン」


 咳払いをしてから、ルピナスパープルは改めて口を開いた。


「ワタクシ達、叛魔法少女集会の大義は『魔法少女の解放』よ」

「魔法少女の……解放……?」叛魔法少女に限った目標ではない……?


「そう。この街の魔法少女は、マナを産み出すことに囚われて生きている。マナプラントは、神鳴市の意義を形にしたシンボルであり、中核を担う設備よ。だから、破壊するの」

「無関係な住民を巻き添えにしてでも?」

「邪悪なシステムを容認してのうのう生きているボンクラも加担者でしかないわ。同罪よ」


 歯噛みする。それに対して言い返すことはできなかった。


 神鳴市の住民全員が、この街の仕組みを積極的に肯定しているとは思えない。しかし、違和感や嫌悪感を覚えたとして、それに相応しい行動をとる者がいなかったのも事実であった。


 易きに流れること自体は悪ではない。だが、ルピナスパープルの思想は尤もだ。しかし、どうしても抗弁したくて、私はこの作戦の根本的な欠点を指摘することにした。


「それに……マナプラントの場所は……隠されているから……攻め入るのは……」

「あら。場所は既に突き止めているわ。ユウヘイのおかげでね」

「本当ですか!?」といち早く反応したのはエイリだった。


「本当よ。作戦に協力してくれるまでは、誰にも明かすつもりはないけれどね」


 ふと、エイリの視線が動いていることに気づく。


 自信に満ちているルピナスパープルと、納得しがたい感情を咀嚼できずにいる私。その両側の顔を比した後、彼女は逡巡しながら「ごめんなさい」と私に告げた。


「ナギカさん……わたし、この人達に協力します」

「エイリさん……」

「師匠は間違いなくマナプラントに行ったんです。やっと見つけた師匠の手がかりですから、それを逃すわけにはいきません……」

「ありがとう、アイリスブルー。感謝するわ」


 ルピナスパープルは勝ち誇った笑顔をエイリへ向けた。彼女は控えめに頷く。


 その図が何故か癪に障って仕方が無かったけれど、拳を握ってグッと堪える。そして、「分かりました」と震えながら声を発した。


「では、私も協力します。作戦の決行はいつ?」


 少し間を置いてから、「四時よ」とルピナスパープルは答えた。


「明日の朝四時。暗がりに紛れて、最も手薄な時間を狙うわ」

「朝四時……」

「作戦の開始時刻に、拠点の正門前に来なかったら置いていくわ。そこは悪しからず」


 面会はそこで終了となった。


 私達はユウヘイによって部屋の外へと連れ出された。


 扉が閉じられるそのとき、エイリは何かに気づいたような表情を浮かべた。「どうしたの?」と顔を覗き込むと、「なんでもありません」と彼女は首を振った。


「それならいいけど」と私は踵を返そうとする。しかしそのとき、「あの」とエイリは私に呼び掛けた。どこか心細げな声だったから、私は足を止めて振り返らざるを得なかった。


「あの、ナギカさん。ここから先は、わたし一人で大丈夫です」

「え……」


 その一言は、私の心身を凍り付かせるには十分だった。


「あなたは魔法少女ではなくて、創造局のエグゼクターです。だから……」


 彼女の見せる横顔は寂しげで、湧き上がる感情を必死に嚥下しようとしているように見えた。


 けれども、エイリの面持ちはすぐに毅然としたものとなり、次の一言を言い渡した。


「わたしに付き合う理由なんて、もうないんです」

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