第4章 #1

◇◇◇◇◇



 ――将来は、ヒーローになるんだ。


 幼い頃、両親に旧いビデオデータを買ってもらった私は、化石同然のタブレット端末で、何度も何度もそれを再生した。


 変身ヒーローが活躍する実写ドラマ。めいめいに特徴的なデバイスを起動し、外骨格で固められたスーツを纏い、悪と戦うヒーローの姿は、すぐに私にとって身近な将来像となった。今は小さくて無理だけど大きくなったらみんなこうなっていくものなんだって、何も深いことを考えずに両親に話して微笑まれたこともあったっけ。


 そして、神鳴町に来て、私は魔法少女であるカトレアホワイトに出会った。配信で視た彼女の、悪を挫き救いの声に応じる振る舞いは、まさに私の憧憬の中にあるヒーローだった。だからこそ、私は彼女にもっと惹かれていった。彼女が私の何を認めて傍に居ることを許してくれたのかは分からないけど。


 さらに年月が経過し、適性検査の結果が発表されたとき、正直嬉しかったし誇らしい気持ちになったことを覚えている。街のために戦うエグゼクター。その姿は幼い頃より憧れてきた、変身ヒーローそのものだったんだから。


 ――でも、エグゼクターは本当にヒーローなの?


 易きに流れ、神鳴市の言うことを鵜呑みにして行動するのがヒーローのあるべき姿なのか。叛魔法少女という烙印を押された少女達をマニュアルに沿って処理するのが、かつての私が憧れたヒーローの理想像なのか。


 ――未来の私は、ヒーローになれるかな?


 あの頃の私にそう尋ねられたとしたら、今の私は――



◇◇◇◇◇



 瞼が開く。


 四つ目の照明の下で、私は大の字に寝かされていた。服は最後に記憶にあるスーツジャケットとスラックスではなく、使い捨てのガウンだった。ガウンの下には何も穿かされていないことが皮膚感覚から自明であり、普段は意識することのない痒みやもどかしさを覚えた。


 とりあえず起き上がろうとするも、ベッドには首元、手首、足首、胴体を固定する拘束具が取り付けられており、身体の自由は奪われていた。


 夢から醒めるように記憶が戻ってくる。危機感が全身に流れ込んできて、すぐにここから脱出しなければならないと理解する。


 全身を動かして、拘束具から逃れられないか試してみる。しかし、拘束具は当然ビクともせず、結果は徒労に終わったところで「おや」と男性の声が響いた。白衣を着た初老の男性だ。背はエイリより少し高いくらいに見える。


「麻酔の前に目が醒めるとはね、運がない」


 マスクをした彼の手には、鋭く研がれたメスが握られていた。そういえば、部屋の隅の棚には大小様々な刃物が揃っており、壁には巨大なノコギリが立て掛けてあった。


「せっかく起きたようだから、作業内容を説明しておこうかの。キミの四肢は切断され、最低限の生命活動は維持されるよう脳髄を改造される。だから、まぁ、死ぬことはないんでな」


 初老の男性は倦んじ顔で淡々と述べた。


 あまりにも身の毛のよだつ内容で、自分に降りかかろうとしているのだとはすぐに受け入れられなかった。


 部屋中にある刃の光沢が、ギラギラと舌なめずりをしているように感じられる。寒い。喉がカラカラになる。冷気と瘴気に満ちた極寒の地にいるようだ。


「そんなの、もう死んでるのと同じ……」

「諦めなはれ。いずれそうなることは定めではあったと聞いておるよ。もとよりキミは要処分対象者だ。キミの日頃の行いに関係なく、キミ自身に備わる特異な体質のせいでな」


 ――「法雨ナギカは要処分対象。住民名簿にそう記録されていましたから」


 エイリの言っていたことは、正しかったんだ。しかし……その原因となった『特異な体質』とはいったいなんだ。


「なんでも、マナを身体に溜め込める特質だと……おぉ、自分でも知らなかったのかね」


 無知と恐怖で首を横に振る。そんなこと知らない。いいから早く解放して。


「その体質が備わったキミの身体を研究することは、人類が高濃度瘴気吸引症候群を克服する鍵となりえる。キミの犠牲は、人類にとっての財産となるのだよ」


 高濃度瘴気吸引症候群。それはたしか、マレ病の正式名称だったはず。


 その考えが薄らとでも顔に出ていたのか、「キミの考えるとおり、マレ病のことだ」と彼は告げる。そう聞いて、私は抗弁した。


「待って。マレ病は、マレフィキウムに取り込まれて発症するものじゃないの? もし、私がマナを溜め込める身体だとしても、それに何の関係があるのか」

「その認識は実は誤っていてな。マレ病は……ヒトの体内に一定量のマナが蓄積されると発症するものなんでな。本来なら、キミは今、マレ病を発症して絶命しているのが普通なのだ」


 マレ病はマレフィキウムではなく、マナが原因……?


 それが事実だとしたら、マナは安全な物質でないということになる。今日、日常で扱われているマナを誰もそんな風には思っていない。


「そんなの……マナの安全性に関わることじゃない! そんなもの、すぐに公表されるはず!」

「だから、公には公表しとらんのでな。マナの生産、供給、利用……これらが少しでも滞れば、神鳴市は存在意義を失う。魔法少女ごっこなどやっている場合ではなくなるんでな」

「やっぱり……この街は腐っていたんだ……マナを作る側も、使う側も、みんな自分のことしか考えてない……」


 私は、こんな街で、憧れの変身ヒーローになれるって喜んでいたのか……。



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