第1章 #2

 先ほど視ていた動画のマリーピーチと同様に、少女は可愛らしい衣装に身を包んでいる。カボチャのように盛り上がったスカートと、王冠を大きくしたような形の帽子――叛魔法少女、『ザンティウムビリジアン』。


(資料で見たのと同じ姿。彼女が今回のターゲットで間違いない)


 彼女はステッキの代わりに金属製のハンマーを握っていた。『マナ』を注ぎ込むことによって巨大化させた鎚を叩き込むことで相手に必殺の一撃をお見舞いする戦闘スタイルを得手としているらしい。


(さて、と)


 自分よりも幼い少女を見据える。向こうも私を敵だと見做す目つきをしていた。


(じゃ。今日も、さっさと終わらせよう)


 腰に携行していたスタンロッドを手に取り、それへ軽く意識を向ける。すると、スタンロットを構成する部品が複雑怪奇に組変わり、たちまちハンドガンへ形を変えた。


 スタンロッドだったもの――『マルチプルウェポン』と命名されているこの装備には、魔法少女の体に流れているものと同じマナが通っている。そのマナへ軽く念じるだけで、さながら自分の手指を閉じ開きするような気軽さで、形態を大きく変化させることが可能であった。


 そんな大した代物ではあるけれども今更なんの感慨を覚えることも無く、すぐさまトリガーを引く。このハンドガンから撃ち出される弾は、マナによって即席で生み出されたものではあるけれども、実弾と変わらぬ威力を誇る。つまり、並の人間に命中したら体に穴が空くし、当たり所が悪ければ即死だってありうる。


 けれども、それにも関わらず、彼女は避ける素振りも見せずに全て体で受けた。脇腹、脚、腕、そして頭部。だが、少女の身体は無傷であった。纏っている衣装も、依然として真新しいままだ。


「はン。魔法少女には効かないよ、そんな豆鉄砲」


 彼女の顔に浮かんだ笑みには、こちらを見下していることを隠すつもりはないようだった。


「そんなことも知らないんだね。これだから大人って馬鹿ばっかり」


 そんなことは知っている。エグゼクターになって最初の座学で習ったから。


 たとえ、まともな人間なら即死する武器、あるいは兵器であっても、万全な魔法少女の肌に傷を付けることは難しい。魔法少女は普通の人間ではないから、彼女たちの体内にはアイドル状態のマナが常に巡っている。


 マナは願いに反応して奇跡を起こす万能物質だ。ひとたび願望に触れてしまえば、それが物理法則から如何に乖離していようと、世界の外側から事象を書き換えることで叶えてしまう。


 魔法少女が傷つかない理由はここにある。マナの主の願いでさえあれば、意識の有る無し、理性や本能のどこにあるかは関係なく、マナが叶える対象となる。つまり、身体に傷がつく事象が起これば、生物が刺激に対して無意識に起こす反応、いわゆる反射によって『傷つきたくない』という願いが形成される。そして、痛覚そのものは残るが、体に傷がつく事象自体をマナがなかったことにして願いを叶える。だから、魔法少女は傷つかない。


 目の前の少女はそうなることを知っていたのだろう。だから敢えて避けずに受けてみせた。そして、無知を感じただけでこちらの首を取ったような気になって嘲ったツラを見せつけてきた。決して快い態度ではない。けれども。


(自信過剰で直情的。つまり、とってもやりやすい相手。正直助かる)


 私は走り出し、懲りずにハンドガンを連射する。弾は全て少女に当たった。


 けれども、彼女は傷一つ付いていない身体でこちらに接近し、マナで鎚を膨らませては、こちらに向かって何度も叩きつけてきた。


 AEによって強化された身体能力を駆使して、横に飛び、前方へ転がり、後ろへ飛び退いて回避する。荒れ地に真っ平らなクレーターがいくつか出来上がっても、AEに傷がつくことはなかった。


 そうやって回避を続けながら豆鉄砲を当て続けていると、少女の顔面に青筋がいくつも浮かび上がってきた。


 自分の攻撃は当たらないのに、痛くも痒くもないにしろ、相手の攻撃だけ一方的に当たる不愉快な気持ち。やがて、目に見えて分かる昂ぶりが、「ふざけんなっ!」と彼女の口を突いて出てきた。


「頭から爪先まで無個性なヤツ! お前なんか! この一撃で!」


 少女は空高く跳躍すると、ぶんぶん振り回してきた鎚を頭上へ掲げた。


 膨大な量が流れ込んでいるのだろう、彼女の身体から自身の腕、鎚の柄、そして鎚本体へと伝ってくるマナの流れが、肉眼で追えるほどに発光していた。そうして大量のマナを注がれた鎚は際限なく肥大化していき、終には巨大湖を一つ作れてしまいそうなサイズにまで成長した。これだけ大きくなっては、もはや回避など不可能。これこそが、彼女の誇る必殺の魔法であることは疑いようがなかった。


「光に、なっちまえェ!!」


 魔法少女の怒号と共に、巨大な鎚が振り下ろされる。


 逃げ場など何処にもなかった。


 私はハンドガンを頭上に掲げ、ラウンドシールドへと形状を変化させた。そして、そのまま小惑星さながらに落ちてくる鎚を受け止めるほか無かった。


 鎚が盾と衝突する。


 常人であれば鼓膜の破れるほどの轟音が響み、地に生えている建造物すら瓦礫と化して吹き飛ぶほどの風圧が荒れる。AEに包まれた全身にも衝撃は伝わり、脚部が地面にめり込みそうになる。しかし――その程度であった。


「えっ? え。なんで? どうしてっ!?」


 晴れやかな勝利を確信していた少女の顔が戸惑いへ歪む。どうやら彼女も様子がおかしいことに気がついたらしい。


「なんで潰れないんだっ!? というか――」


 答えに思い至った彼女の顔色が途端に青みを帯びる。


「――あたしのマナが……吸われてるっ!?」


 彼女が感じ取っているとおりだった。


 私が構えた盾は、巨大鎚を受け止めながら、そこに蓄えられているマナの吸収を行っていた。


 AEのマスクの内側に展開されているHMDには、『MAGICA INVALIDDER』と映し出されている。この表示は、シールドに備わっている、魔法少女がマナに籠めた願いを取り消すことで魔法を無効化させ、行き場を失ったマナを吸収する機能――『魔法無効化機構』が正常に動作しているコトを示していた。事実、巨大な鎚は徐々に収縮しており、体を押し潰そうとしてくる圧力も、次第に弱まりつつあった。


「魔法少女を倒すのに一番簡単な方法って知ってる?」


「なんだよなんだよなんだよなんだよ」


「相手のマナを枯渇させること。分かりやすいでしょ」


 マナが枯渇した魔法少女は魔法を行使できず、なにより体に受ける傷をなかったことにはできなくなる。故に、対魔法少女との戦闘では、マナを身体へのダメージよりもマナを如何に損耗させるかに比重が置かれることになる。エグゼクターの標準装備となっているマルチプルウェポン。その一形態であるラウンドシールドに備わっている魔法無効化機構は、その戦法を可能とするためのものであった。


「ひっ……」


 突如、鎚が光に包まれて、巨大な輪郭が朧気に霞んだ。必殺の巨大化状態を維持できなくなったのだろう。この時を待っていたんだとばかりに、私の手にある盾が光の粒子と化した彼女のマナを一斉に吸い込んだ。高度を維持するマナも尽きたらしく、彼女は地上へ落下して、大の字で地べたに寝転んだ。


(そろそろかな)


 マナを充分に吸い込んだマルチプルウェポンに無言で指示を送り、その形状を変化させる。頑強なラウンドシールドは、みるみるうちに屈強な大砲へと変形した。


 ほんのりと発光する大砲を前にして、魔法少女は顔を引きつらせた。この砲から発射されるのがなんなのか、説明されるまでもなく理解してしまったようだ。


「そう、これで終わり」


 右肩のプロテクターに砲をドッキングして固定。側面に出っ張っているグリップを左手で握り、セーフティを解除して、トリガーへ右手を掛ける。


「おいばかやめろやめろやめろ。それあたしのだろあたしの撃とうとしてるんだろやめて!」


「貴方はもう魔法少女じゃない。マナをどう使われようが関係ないよね」


 これから撃ち出すのは、彼女から吸収したマナだ。


 アーマー越しに砲身が熱を帯びているのが分かる。生身のままでこれを撃とうとしたら、火傷程度では済まないのは間違いない。


 バズーカの中から吠えるような機械音が轟く。少女の顔がたちどころに青くなる。その場から走って逃げようとして、転んだ


「じゃあ、おつかれさま」


 そして、大量のマナから変換された、暴力的な熱と光が発射された。


 光は哀れな魔法少女の姿をかき消し、熱は最後の防護壁を無慈悲に剥がしていく。全てを打ち出して、風が辺りを舞った後、少女はその場にぱたりと倒れた。


 彼女の纏っていた豪奢な衣装が光に包まれては霧散し、特に飾り気のない野暮ったい衣装が外気に晒された。魔法少女への変身が解けたのだった。


 髪の色や顔つきが僅かに変わったように見えるのも、おそらく気のせいではない。変身した魔法少女の身を包んでいるのは、デザインされた顔立ちも含む『アバター』なのだから。


「……おわった」


 起き上がってこない少女を見下ろして、私も変身を解いた。EAという鋼鉄の鎧は消え去った今、水たまりに映る私の姿は、濡れたスーツジャケットを着ているだけの女だった。


「大人の言うことを聞いて過ごしてれば人生イージーモードだったのにね。もったいない」


 達成感は特にない。普段通りの工程で対象を処理しただけだから。


 むしろ、今回はその中でも楽な作業だったなと振り返りつつ、少女の傍らに落ちている宝石――『トランスジュエル』を拾い上げる。魔法少女へ変身するために必須となるアイテム。始めたての頃はこれの重みに感動を覚えたこともあったけど、今ではただの成果物でしかない。


「それで、私は」


 無感動な疲労を覚えながら、PDAで作業完了のメッセージを送る。頭の中に曖昧でぼんやりとした黒い霧が立ちこめる。それから逃れたい気持ちで、縋るようにガラス玉のペンダントを触れた。


「こんなこと、いつまで続ければいいんだろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る