第3章 #9
数十分が経過した頃、私達を含むバンの乗員が全員降ろされた。
降ろされた場所は、神鳴市の中央部だった。建物の外観から空間の使い方まで、全てが巧みにデザインされたこの摩天楼の森は、旧時代における『東京丸の内』をモデルとしているらしい。この場所は撮影スタジオとして人気が高いのはもちろん、魔法少女の住む邸宅が揃っているという噂もある。
「それにしても、地下にマナプラントを拵えているのは予想外でした。神鳴市も考えますね」
「それなりに長く住んでいるけど、全然気づかなかったなぁ」
マナプラントは地下にある。それが、叛魔法少女集会から渡ってきた情報だった。
マナプラントそのものは、円柱状の空洞として神鳴市中央部の地下にあるらしい。空洞の中がどうなっているかは不明でありながら、空洞の最下層にプラントの中枢部が設けられている線が濃厚であるとの見方がされていた。
地上には最下層への直通エレベーターが備わっているらしいが、今の時刻は稼働していないとのことなので、そのルートは使えない。代わりに、緊急用に設けられたトンネルを通って攻め込む方法を採る。
トンネルは円柱状の空洞に沿ってコイル状に巻かれた構造となっている。入り口は街中に複数設けられており、四台のバンから降りた後は二人一組になってそれぞれ別の入り口から突入を試みる。幸いなことに、私はエイリとのペアだ。
同じバンに乗っていた魔法少女の一人が、降りた箇所に設置されていたマンホールを魔法で吹き飛ばした。そうして現れた下水道の奥に、トンネルへの入り口が一つ設けられているとのことだった。
「そろそろ頃合いかな」
乳白色のガラス玉を指先で握り、赤いネクタイをキュッと締める。
そして、PDAに表示していたドキュメントを閉じて、ベルトへ端末をかざした。
「エグゼクター、変身」
辺りにあるビルの大きなウィンドウへ、銀色の外骨格の姿が映る。
魔法少女達は、開けられたマンホールへ順に入っていっていた。私も後に続こうとマンホールへ向かおうとしたとき、「待ってください」とエイリに声を掛けられた。
ふと、首回りが温かくなるのを感じた。
いや、私の身体はAEに包まれているので、外装をよっぽど温めない限りはぬるいと感じることもないはず――と思ってビルのウィンドウへ目を遣ると、見覚えのない赤いマフラーが首に巻かれていた。
「マナが余っていたのでマフラーを作っておきました。ネクタイと同じ赤色です」
「なんでマフラー? 武器とかじゃなくて」
「もしも、他のエグゼクターにばったり遭遇したら、どれがナギカさんか分からなくなりますからね」
合点がいった。
たしかに、敵味方で同じAEを装着されると誰が味方なのか識別するのは困難極まりない。私は全く気にしていなかった……というか、今まではエグゼクターが敵味方入り乱れて戦うような状況にならなかったから気づかなかっただけだ。
「それに、そうじゃなくても遠くから目立つようになるので、これで見失うことはありません。どこにいてもあなたを見つけられます」
エイリの声にはどこか嬉しそうな響きが含まれていた。彼女が見失わなくなるのなら、私にとっても嬉しい。
せっかくだから、反射した窓ガラスに向かってAE内蔵の写真を撮っておく。本来は、任務中に情報共有するための機能だけど、今が一番の使い時であることに疑いの余地はない。
「似合ってる?」
「当然です。わたしが作ったマフラーですから!」
聞くまでもなかったな、と少し恥ずかしくなる。当然なのはその通りなのだから。
「マンホール、わたし達が最後みたいですね。行きましょう!」
ふんふふん、と鼻歌を奏でながらエイリはマンホールに向かった。私もまた、赤いマフラーをたなびかせる感触を楽しみながら、彼女の後を追った。
◇◇◇◇◇
「わたし、実は考えていることがあるんです」
「考えていること?」
下水道を進みながら、やや小声で話しかけてきたエイリに私は聞き返した。
「あまり大きな声で言えませんけど、わたしもマナプラントを破壊すること自体は迷っているんです。たしかに、この街には碌でもない大人がたくさんいますけど、そうじゃない人……色んな人がいるって分かりましたから。ナギカさんだってそうですし」
「私も本当なら碌でもない大人の一人だったと思うけどね。でも、ありがとう」
「あ、別に、ナギカさんの気持ちを尊重したわけではありませんからね。わたしの主目的は師匠の手がかりを見つけることですから。それ以外は些細なことに過ぎません」
「そうだね。マナプラントを破壊しなくてもランの手がかりが見つかるなら」
「はい。だから、マナプラントを本当に破壊するかどうかは、自分の目で見てから考えます」
下水道を進むルートは、先に配られた作戦内容の中に組み込まれている。今のところは事前に得た情報と差異はなく、順調に進んでいるように感じられた。そうなると、まもなく――
『トンネルへ続く入り口を発見。内部ネットワークの無力化まで待機します』
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