第4章 #3

「マナプラントに向かったみんなの中で唯一、君のPDAだけが信号を探知できる状態で残っていたんだ。だから、君の生存している可能性が最も高いと踏んで、情報を集めていたんだ」


 もっとベコベコに凹んだバンを運転しながら、ユウヘイは後部座席に座る私へ、救出に至った経緯を説明して聞かせてくれた。


「そうしたら、あの病院施設に拘束されていることが分かった。だから、そこで動いているシステムをクラックした上で迎えに来たんだ。旧いシステムで助かったよ。セキュリティが更新されていたら、こう上手くはいかなかった」

「すみません……」

「当然のことをしたまでだよ。生き残った君にしか、作戦の結果やそこで見た物を聞くことができないからね」

「……とても、つらい話になりますよ」

「……心構えはしてる。ずっと前から」


 バックミラーからユウヘイの顔を覗く。彼の表情は、諦念と覚悟の色を帯びていた。


 諦念に胸を打たれ、本当に話すべきかどうか逡巡はした。けれども彼の覚悟を信じて、マナプラントで起きた出来事の一切合切を包み隠さず打ち明けた。


「……ありがとう。そうか、叛魔法少女集会は全滅したんだ」

「……ルピナスパープル……シオリさんのことは、残念でした」

「……実は知っていたんだ。僕もシオリも、彼女の寿命があと僅かだったということは」


 周囲の車に追い抜かされる音がする。どうやら、バンのスピードが落ちているようだ。


「シオリ……ルピナスパープルだけじゃない。魔法少女全員がそうなんだ。彼女達は、十九歳を迎える前に死ぬことを運命づけられる。大方、彼女達の体内で育ったマナを効率良く得るためだろうって考えていたけど、君の話を聞いてそうだと確信したよ」

「じゃあ、カトレアホワイトも……」

「久しぶりにその名前を聞いたね」と話すユウヘイの声には、ノスタルジーが含まれていた。


「史上最強の魔法少女だと言われていたカトレアホワイトも例外じゃない。もし、途中で失踪しなかったとしても、長くて十八歳で魔法少女としての活動を終え、十九歳になる前にはこの世を去っていたと思う。まぁ、その死は隠蔽されるだろうけどね、今までと同じように」


 遅れ気味だったバンのスピードが少しずつ戻っていく。


 その中で、私の頭をよぎったのは、アイリスブルー――エイリのことだった。


 魔法少女は誰もが例外なく十九歳までに寿命を迎えるようになっているというのなら、エイリも……。


「そんなこと、知らなかった」

「安心して。僕も創造局に居たときは想像もしてなかったから」


 バックミラーに映るユウヘイは苦笑いを浮かべていた。


「確信を得たのは、シオリと一緒に脱けて、可能な限りの魔法少女に関する情報を集めた後だ。ただ、僕が公表したところで揉み消されるのは分かっていたから発表はしなかった。だから、誰も知らないし、想像できないはずなんだ。僕が直接話した、シオリとナギカさんにしか」


 気づくと、他の車両が周りを走る音は殆ど聞こえなくなっていた。人気の無い道を進んでいるのだろう。


「さて、今後のことだけど、君は僕と一旦拠点へと戻って――」

「あの、ユウヘイさん」


 彼の座る運転席の座席を握り、前のめりに訴える。


「エイリはまだ、生きている可能性があるんです。だからまず、あの子を助けてくれませんか」


 街から離れていくにつれて、エイリが段々と遠のいていくような気がする。このままだと、二度と会えなくなるんじゃないか……そんな予感がしてたまらない。


「貴方の知っている人達が、シオリさんまで亡くなって、心を痛めている今、こんなことをお願いするのは身勝手すぎるって分かっているんですけど……でも、私にとっては、あの子が」

「はは、そう言うと思っていたよ」


 ユウヘイは力なげに笑った後、眼鏡に軽く指を添えた。


「でもね、今の君の装備でアイリスブルーを救いに行くのは無謀が過ぎる。変身ベルトは使えないし、武器もない。それに、服だってまともに着てないじゃないか」

「見るな……」とガウンを通した腕で胸元を覆う。


「大丈夫。僕のストライクゾーンは、さらに、もっと、かなり下だからね。年齢も胸囲も」

「やっぱロリコンなんじゃん!」

「その意気だよ」とユウヘイは微笑んだ。


「まぁ、まずは準備を整えよう。協力者も待ってくれていることだしね」


「協力者?」と聞き返すと、彼は「会えば分かるよ」と口元を綻ばせた。


◇◇◇◇◇


「ちゃんナギぃ! ぼんどうにいぎでだっ! えがっだぁ……」


 叛魔法少女集会の拠点に着き、『整備室』と札が貼ってある部屋に通されると、号泣したリコがいきなり抱きついてきた。


「れんらぐずっどながっだがら、じんばいでじんぱいでもうぅぅ!」

「リコ……ごめんね。また心配掛けたね」

「じゃあ、シャケよろしくな。あと、あの爽やか王子との合コンも」

「切り替えが早い。……て、どうしてリコがここにいるの!?」

「ん。あの爽やか王子に連れてこられた」


 リコが顎で指し示した先には、「王子ね……」と苦笑いを浮かべるユウヘイがいた。


「実はね、君達がマナプラントへ向かった後、ナギカさんの身辺を洗ってたんだよ。本当に僕達に害を為さないかどうか、念のためにね。そうやって交友関係を調べていたときに、リコさんのことを知ったんだ。君と馴染みのある、優秀なエンジニアだという事もね」


 リコは「ちゃお」と手を振っておどけてみせた。


「彼女をここに呼んだのは、万が一部隊が全滅したとき、君の武器が全て使用不能になった可能性を考慮したからだ。エグゼクターの装備は創造局の管理下にある。実際に、君は局長に会ったときに変身を強制解除されたって、教えてくれたね」


「そんなことあったん?」と聞かれ、「うん」と頷く。「マヂでちゃんナギの彼ピじゃなかったんだ……」


「魔法少女達の装備は、彼女達が生きていればマナで作り直せる。けど、ナギカさんの場合はそうも行かない。創造局にロックされたらおしまいだ。だから、メンテナンスを担当していたリコさんに協力を依頼したんだ。なんとか抜け道はないかって」

「なるほど……でも、抜け道なんてそんな都合良く」


「アリ寄りのアリ」とリコが口を挟む。「あるんだ!?」と私は驚いた。


 リコは様々な機材が放られた作業台から「ほい」と何かを拾い上げて私に見せてきた。大仰な機械にケーブルの繋げられたベルトだった。


 たしかに、スキャン装置が備わっているなど、AEのベルトのように見えるけど……でも、私はこの型式の物を見たことがなかった。


「ウチさ、マレフィタールの研究してるって言ったじゃん? で、実験用に持ってたAEが実はあって……って言っても自分で変身する用じゃなくて、マレフィタールから抽出したマナを注ぐ用に、余ってたのを譲ってもらった試作機。ほっぽり出されていたから、創造局の管理外」

「早く! 早くこれを使わせて! 急いでエイリを助けにいかないと!」

「今、ROMにソフト書き込んでいるところだから、もうちょっと待つし……っても」


 そこでリコは言葉を一旦切り、渋い顔を浮かべた。


「……イワクツキなんよね、コレ。だから、ホントはあんま使って欲しくない」

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