第4章 #4
「曰く付き……」
「そ」とリコは頷く。
「ハッキリ言うと、普通の人間がコレ使ったら、マレ病を発症して死ぬ」
マレ病――今の私がその言葉で連想するものは。
「マナが身体に溜まって死ぬ……ということ?」
「どこで知ったん、それ……絶対まともなトコロからじゃないっしょ」
「待って。リコも知ってたの?」
「……研究資料を並べて見たら、ね。まぁ、バズらせたら揉み消された上でウチは処分されるから、誰にも言えなかったってのはマ。こういうときだけ創造局って動きイダテンだし」
リコは「はー」と大仰に息を吐く。ずっと言いたかったけど本当に言えなかったんだと察せられた。
「と言うか私、普通の人間だったら死んでるくらいマナ溜まっているって言われたんだけど」
「あ、うん。それマヂ」
リコはそう言うと、手元のPDAを操作してスクリーンにグラフを映しだした。
横方向に伸びる折れ線グラフと綺麗な直線が描画されたもので、折れ線グラフは急降下と緩やかな上昇を続けながら、だいたい直線の上を通っていた。そこにリコが、レーザーポインタで楕円状にグルグルと走らせる。
「これな、リコにAEのベルト返したときに、こっそり体内のマナ計測器を仕込んだ結果。多分、マナプラント? で壊れる直前までのデータが記録されてる」
「爽やか王子が仕込んだ発信器と言い、二人ともいい趣味というか仕事してるね……それで、このグラフがなんだって?」
「たまに意味わかんないタイミングで急降下してるけど、リコの体にはだいたい常人の十倍から二十倍くらいのマナが含まれている……ってコト。普通なら常に二十回死んでる」
「うわあ……すごい……」
もしかしたら、私にも魔法少女の才能があったのかな……。
「魔法少女と比べるとミジンコっしょ」と、私の浅薄な思慮はリコにお見通しだった。
「というか、素朴な疑問なんだけど、なんで私に溜まっているマナ、時間と共に増え続けてるの?」
「表だって言えないけど、コレ、今のAEの欠陥」
リコは口をすぼめて声を小さくする。
「ベルトが壊れても変身が維持できるように、脳にモジュール書き込んで、変身するときにベルトに貯蔵されたマナで発火させて……みたいな? 動きになってるせいで使う度にマナが溜まんだよね……。日数を置けば普通は回復するんだけど、ちゃんナギはそんなのお構いなしにバンバン変身してたし。マレ病を拗らせることはなかったのは良かったけど、なんかすごい調子悪げに現場から帰ってこない日があったっしょ? アレ聞いてヤババとは思った」
「だから、あんなに健康診断行けって言ってたんだ……」
「まぁ、結果的に何もなかったから良かったけど。ショージキ、しばらくちゃんナギ探しににウチが三途の川を往復してたイメージなんだかんね」
「ごめんね……本当に……」
「じゃあ、今度ツレ飯したらシャケ五枚な。よろよろ」
またシャケのツケが増えた。
「まぁ、そういう謎体質のちゃんナギにだから、このAEを託せるんだけど」
「そうだ。僕もあまり聞けてなかったけど、そのAEがなぜ、『普通の人間が使ったら死ぬ』ものになってるのかな? そこ、僕も聞いていい?」
しばらく様子を見守っていた爽やか王子――じゃなくて、ユウヘイが話に割り込む。
エンジニアとしてのサガなのだろうか、こんな時に両目をキラキラさせているのは、ちょっと不謹慎なような気もしたけど、リコもそういうところはあるので私は何も言わない。
「ざっくばらんに言うと、このAEのゲキヤバポイントは二つ」
リコは指でピースを作り、「まず一つ」と指を折りたたんだ。
「魔法少女の魔法を無効かしつつマナ吸収する機能『魔法無効化機構』が、なんと外骨格本体に付いてる。だから、普通のAEのシールドみたいに軽く使うと、外骨格から漏れた分のマナが溜まって気軽に死ねる」
「で、こっちのがヤババな二つ目」とリコは二本目の指を折りたたんだ。
「このAEは、何をとち狂ったのか『魔法少女の願い』を機械で再現しようとして、使用者の『願い』がダイレクトに反映されるようになってる。そのせいで、マナがAEと使用者の身体をぐわんぐわん移動するから、ちょっと本気出すと常人に耐えられる量を超えてすぐ死ねる」
「リコさん、今トンデモないこと言ったけど……それ本当?」と、ユウヘイが冷や汗を浮かべながらリコに尋ねた。「だから廃棄同然だったっぽ」とリコはしれっと頷く。
私は一度聞いてそれがどう凄いのかよく分からなかったけど、エンジニアのユウヘイにとっては殊に衝撃的な内容だったらしい。
「まぁ、魔法少女みたいに魔法をバンバン撃てるようにはできないっぽい。だから、言うなれば『エグゼクターの願い』でマナを使うってカンジ? 動かしてみんとマジワカメだけど」
「『エグゼクターの願い』……」
ぞわりと武者震いがした。その言葉で、胸が高鳴っていくのを感じる。
「ROM焼き、もうすぐ終わるっぽいし、あとついでに変身後の見た目も出しちゃうかー」
そう言ってリコはスクリーンの表示を切り替えた。新たに映し出されたのは、このベルトで装着することになる外骨格の3Dモデルだった。
私がこれまで使ってきたAE――つまり、現世代型と比べて、スラッと丸みを帯びたデザインになっていた。
「へえ。ボディに色が付いているんだね」
ユウヘイが意外そうな口を利く。このAEはメタリックに輝く黄色をベースに、着色が施されていた。
「AEって基本的に、無着色という印象があるけど」
「ヒヨコカラーの黄色じゃんね。プロトタイプってこと目印なんだろうけど」
ユウヘイとリコが何やら話している間、私はスクリーンに映った3Dモデルに目を奪われていた。
外骨格というよりは鋼鉄の筋肉として作られたかのような、より人間に近いフォルム。そして、煌々と輝くメタリックイエロー。
かつて憧れた映像の中のヒーロー像が、ついに現実へ持ち出された。私にとっては、そんな感動を覚える風貌であったのだ。
「良い! 良い! 良い! 良いよ、コレ! さいっこう!!」
興奮を抑えきれず叫んでしまった。ユウヘイがびっくり仰天と言った様子でこちらをまじまじと見つめる。
「良いんだ、コレ……」
リコは呆れ気味である。ただ、今度は私が目を輝かせる番だった。
だって、こんなにイカしたAEが、私のものとなるのだ。それも、私にしか扱えない専用装備として!
その事実だけで、どんなに押さえたって胸が弾む。早く装着したいとうずうずしてくる。だけど、いや、だからこそ、完璧に近づけるためには、どうしても加えて欲しい要素があった。
「ただ、一個だけお願いがあって……リコ様」
「なに? 今って時間巻き巻きマキちゃんじゃないの?」
「急いでいるのはそうなんだけど、せっかくならこれも加えてほしくて……」
そう言ってリコに、PDAに保存された写真を見せる。
それは昨日撮った写真――ビルのウィンドウに、赤いマフラーを巻かれたエグゼクターが写っているものだった。
「このマフラーを足して欲しいの!」
「は? 何コレ? 新たな機能を足せってこと?」
「見た目だけの問題! お願い! 一生のお願いだから!」
リコは頭を掻く。しばらくして、わざとらしく溜息をついて、こう告げた。
「じゃあ、シャケ二十枚な」
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