第4章 #5

 リコから託されたベルトを装着し、ユウヘイから借りたバイクに跨がって、私は高速道路を駆けていた。とうに月とハイビームがコンクリートを照らす時間帯となっており、そのおかげか渋滞に巻き込まれることなくスイスイと進められていた。


 フルフェイスヘルメットに、スーツジャケットとスラックス。いずれも拠点の物資として保管されていたものだった。普段着用しているのと瓜二つな色合いの物が揃っていたのは運が良かった。ガウンから着替えた姿を見たリコは「うぇ、うぇあいず女子力……」と嘆いていたけど。


『ちゃんナギ。確認っけど、あの魔法少女ちゃんは研究施設に捕まってる。ちっとは研究費用こっちに寄越せって思うくらい、最新設備満載のトコ』


『位置情報は改めて送信したとおりだけど、場所はマナプラントのほぼ真上だ』


 エイリの居場所は、リコがデータベースにアクセスして調べてくれた。特に厳しい閲覧権限が設定されていないということは、叛魔法少女の扱いとしてはこれぐらい、普段通りのものでしかないだろうか。


『リコさんが提供してくれた情報を基に、その施設の稼働状況を盗み見たところ、アイリスブルーが囚われているのはおそらく地下のフロアだ。施設内のほぼ全てのエネルギーがそこへ回されているから、かなり厄介なことに付き合わされていると思う。おそらく時間は無い』


『ウチが道順をナビするから、地下までは一本道で行けるはず』


『ただ、ナギカさんが逃走したという情報は創造局に筒抜けだと思うから、ここへ救出に来ると踏んでいるはずだ、それなりの防衛網が敷かれているだろう。厳しい戦いになると思う』


『ロリコン王子が設備のクラック? またしてくれれば良くない?』


『ここはセキュリティがしっかり更新されている。今回のクラックは期待しないでほしい』


「平気だよ。リコからもらったAEがあるから大丈夫」


『イケイケちゃんナギぃ! ウチの想いも背負って、アバアバアバれて研究予算を一点集中させた創造局を涙目にさせてくるのだ!』


「私怨が背中に乗っかってる……」


 夜風の中を突っ切ると、やがて目標の研究施設の前に着いた。


 バイクから降りてヘルメットを外した。そして、これから乗り込む伏魔殿をこの目に収める。


 角をガラス張りにしたエントランスに、細かなグリッドで仕切られた木箱を立て掛けたような外壁が特徴的なデザインだ。魔法少女の創作の舞台となりがちな旧時代の日本のビル街に馴染み、それでいて格式張った印象をもたらす小綺麗な建築物。魔法少女の戦闘で映り込んでも、違和感なく『映え』に貢献してくれることを期待して、この意匠で建てられたのだろう。


『AE、初めての使用になるから脳の中にモジュール書き込むけど、体調はおけまる?』


「大丈夫。だからここまでは変身しないで来た」


 初めて装着するAEへの変身時は、ベルトからの起動と共にモジュールの書き込みが発生するため、脳に負荷が掛かることになる。運が悪いと乗り物を運転できないほどの酩酊感を覚えることがある。


 いつもの癖で、赤いネクタイに手を掛けようとして、一度間を置く。


「ここまで付き合ってくれてありがとう、リコ。貴方がここまでする必要なんてなかったのに」


『いいって、いいって。ちゃんナギは女子バナの相手してくれっし、ツレ飯も一緒に行ってくれるから。それに後でシャケ百枚くれるし』


「シャケの枚数増えてる」


『ちゃんナギ、この先ナニがあるか分からんから先に言っとくね』


 リコの吐息が、PDAから聞こえてきた。


『絶対、帰ってきてよ』


「うん」


 そうとだけ返して、赤いネクタイをキュッと締め直す。


 そして、首に提げた乳白色のガラス玉を祈るように指先で擦り、ジャケットスーツの前裾をはためかせて、新たなベルトを外気に晒す。そこへPDAをかざし、システムのロックを解除した。


「エグゼクター――」


 息を大きく吸い、声と共に吐き出した


「――変身!」


 PDAをスロット部分へ差し込む。すると、ベルトが作動して、頭の中で光が明滅した。


 目が眩み、自分の身体から振り落とされそうな錯覚に陥る。聴神経の中で、音が弾けては大波のように打ち寄せてくる。これまでの人生を一瞬で灰燼に帰す焦熱が、脳から全身へと伝播し、魂を昂ぶらせる。


 すごく久々の感覚だった。苦しくてたまらないけど、懐かしくて誇らしい。これが、二度目の変身――


「――ううん、これが初めての変身だ」


 身体に与えられた種々の苦痛を、煌々と輝く生命のキラメキへ昇華させ――


「本当のヒーロー、ミノリ・ナギカとしての!!」


 ――そして、私は変身した。


 スマートな外骨格がマナによって生成され、私の全身を覆っていく。装着された外骨格は、生まれたときからそうであったかのように全神経と接続されていく。やがて、自分の身体として違和感なく滑らかに動かす自由がもたらされた頃、スーツジャケットの女の姿は消えていた。そこに立っているのは、赤いマフラーをなびかせた、メタリックイエローの『エグゼクター』であった。


「変身完了! 待ってて、今行くから」

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