第2章 #2
ビルに設けられていたボロボロの階段を使ってなんとか降りて、昼下がりの日光を受けながら、二人で外を歩く。
この街でこの時間帯に食事をするとなれば選択肢はひとつしかない。私はエイリを先導しながら、整備された区画を横切っていく。辺りに人の気配がないのは、大半の人間は仕事に出ているからだろう。
そうして、ガラス張りの清廉としたビルとビルの間を通り抜けるように進んでいくと、やがて煤けた建造物の横たわる、寂れた区画へと足を踏み入れた。後ろをついてきているエイリをチラリと一瞥すると、魔法少女服の彼女は不安そうに周囲を窺っていたが、「大丈夫。もうすぐ着くよ」と微笑みかける。
そのまま進むと、わいわいと活気のある人だかりが視界に入った。「あれですか」とエイリは尋ねる。「そう、あれ」と答えながら人だかりの中へ加わった。「私達は『マーケット』って呼んでる」
私たちがやってきたのは、様々な露店がひしめく通りだった。通称『マーケット』。補修されずに放置された
「凄い人混み……こんな場所、データにありませんでした」
「まぁ、本当はあっちゃいけない場所だからね。地図を見ても載ってないよ」
本来、神鳴市で個人が商店を持つことは禁じられているが、それにも関わらず存在する不可思議な場所である。今は昼だから多少胡散臭いだけの雰囲気があるぐらいだけど、夜になると時代錯誤なネオン管が点るから如何わしさが更に増す。
市による摘発は何度も行われてはいるものの、いくら刈り取られたところで彼らは雑草のように何度でも店を開く。根絶に至っていないのは市の職員が賄賂を握らされているとか、完全に潰してしまうとカタギの人間の労働効率が極端に落ちるからだとか、風の噂で好き放題に言われている。なお、支払いは神鳴市が運営する施設と同様に電子クレジットで決済するため、あちらこちらに使い古されたり改造を加えられたPDAの
「あなた……ナギカさんは、いつもここで昼食を?」
「ううん。お金が掛かるし、高いし。食いっぱぐれた時ぐらいかな、ここに食事で来るのは」
普段使っている食堂は無償で食事を提供しているものの、神鳴市の職員だけが使える場所である上に、提供時間も決まっている。そのため、空腹を我慢出来ないときはマーケットのお世話になることがあった。
一応、今は昼食の提供時間ではあるけれど、いくらなんでも神鳴市のテリトリーへ叛魔法少女扱いのアイリスブルーを連れて行くわけにはいかない。それに、自分の立場も不透明であるのだから、私にとっても悪手である。
嬉々とした表情で露店に並ぶ商品や物を売り買いする人達を眺めてはキョロキョロするエイリを傍目に、私は食料を売っている店を手早く探し、有り金の大半と引き換えに二人分のプレートを手にした。固形物やペーストで構成された、市の食堂で提供されるものと同じ定食。様々な駆け引きや利害の果てにこんな闇市へ横流しされたのだと想像はできるが詮索はしない。洗浄された形跡のある、人数分の使い捨てフォークとスプーンという心温まるサービス付き。お水の入っているコップは使い捨ての紙素材だ。
「お待たせ。これが今日の昼ご飯」
「食欲のそそられない見た目をしていますが」という微妙な顔をされた。私もそう思う。
「味も見た目通りだから、期待しないで食べてね。栄養価だけは信じて」
「毒とか入ってたりしませんよね」
「そんなことがあったら、私も一緒に苦しむことになるから」
「……分かりました。それで、どこで食べますか?」
「食べる場所かぁ。ええと」
純粋に何処で食べるのか聞いただけなのだとは思うけど、答えに迷う。
私一人でここに来たなら立ち食い、ないし地べたに座り込んで済ませる。でも、流石に十二歳の少女にそんなことはさせられない。彼女は立って食べるのはまだしも、座り込んだからフリル付きのスカートから下着を晒すことになってしまう。
「ちょっと待ってて」と言って、手近な露店に入って粗雑に組まれた椅子を一脚買う。さらに所持金が削られた。週末に市の運営する施設でエステを受けることを楽しみにして今週は頑張ってきたけど、そのささやかな望みはもう叶いそうにない。
「座って」と手で指し示す。エイリは訝しげに椅子をジロジロと睨め回す。
「何してるの?」
「罠が仕掛けられていないか確認しているんです」
ほぼ空になったクレジットに免じて座って欲しいなぁ……という気持ちが表に出ていたのか、私の顔を見るなり、エイリは渋々と椅子に座った。
小柄な彼女が座ったのに関わらず、椅子はギギィと悲鳴のような音をあげて軋んだ。私は廃屋の外壁にもたれることにした。エイリはどこか躊躇いがちな風に私を見ていたが、その後に自らが腰掛ける不安定な椅子を見遣ると、観念した様子で膝の上にトレーを置いた。
「……ありがとうございます」
「気にしないで」と返す。その椅子が情報料の代わりになってくれればいい。
「まさか、食事まであなたに頼ることになってしまったなんて」
おそるおそるといった調子でペーストを口に運びながら、エイリはそう切り出した。
「気にしないで。私もここで食べるつもりだったから」
「屈辱だって言ってるんです」
「なんとまあ、難しい言葉を知っていることで……」
リラクゼーション効果のある栄養素を含んでいるらしい固形物を咀嚼しながら返事をする。
「ですが、こうなった以上、わたしに反抗する権利はありません。どうぞ、煮るなり焼くなり絞るなり捻るなり斬るなり断つなり好きにしてください」
「もしかして、ご飯を奢られただけで自分の扱いを捕虜以下だって捉えてる?」
「違うんですか」
赤の他人と仲良くなる方法が分かりません。助けてリコ先生。
とにかく、放っておくと本当に舌を噛み切る等して自分で命を絶ちそうだ。その前に聞いておくべきことは聞かないと。
「どちらでも別にいいんですけど。それなりの待遇だって分かったら、わたしのSCARが火を噴くだけですから」
「すかあ……? なにそれ」
「わたしのアサルトライフルです。旧時代に製造された特殊部隊用の突撃銃なんですけど、拡張性が高い上に取り回しが良いんです。私が使っているのは五・五六ミリNATO弾を使用するL型――MK16とも呼ばれる方なんですが、H型みたいに七・六二ミリNATO弾を使えるよう換装することも可能です。ただ、重量はそこそこあるので、三キログラムを切るように機能性と剛性を極力損なわないよう軽量化はしてもらっていますが――」
「分かった! 分かったから! 待って! ちょっと待って!」
何も分かっていないけど、宇宙語が飛び交っているようにしか感じられなかった。
銃器の話となって辛うじて記憶に残っているのは、前にリコから「マルチプルウェポンの一形態のハンドガンって、グロックシリーズをモデルにしているんだって」と聞かされたことぐらいだけど、それ以上踏み込もうとは思えなかった。
「そういえば、魔法で銃火器そのものを持ってくるというのも、渋いチョイスだよね……」
大抵の魔法少女は分かりやすくて画面映えするものを好む。マリーピーチのステッキから放出されるビームはそうだし、この前戦ったザンティウムビリジアンの巨大化するハンマーだってそうだ。魔法が画面映えするものかどうかは自分の魔法少女としての意義にも直結するから……という側面もある。
「理由は色々ありますけど、誰を相手にするにしてもこれぐらいの火力があれば足りますから。極端に硬い相手には徹甲榴弾を装填した設置砲台も使えばどうにかなりますし」
「可愛げが無い……」
「あとは、お守りですね」
「お守り?」
急に可愛げが顔を覗かせてきた。あの物々しい銃器にはどんなおまじないが籠められているんだろう。
「はい。SCARがそばにあると落ちつくんです。寝るときに抱くと心地いいんですよ」
「銃器が抱き枕……それだけおまじないを信じてるんだ」
「信じてます。どんなに下卑た大人が相手でも、その気になれば腐れた頭を吹っ飛ばしてやれるんだって思えますから」
おまじないじゃなくて覚悟の話だった。
にこやかにやってきた可愛げが裸足で逃げ出したように感じる。逃げたいのは私もそうだけど、震える足を堪えて質問をする。なるべく話題を変えられるものを、頭を吹っ飛ばされないことを祈りながら。
「ところで、エイリさんはどこから来たの?」
「この街の外です」
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