第3章 #11

 それから数十分ほど掛けて、私達はトンネルの最下層へと到達した。体感時間としては数時間くらい掛かったような気がした。


 トンネルでの道中は、先ほどと同じく警備システムによるドローンやロボットとの戦闘があったくらいで、それ以外に特筆できるものは無かった。つまり、ランを探し出す手がかりも、ここまでは何も得られなかったということになる。


 トンネルの最下層は一見して行き止まりに見えたものの、(コイル構造として見た場合の)内側に、壁とほぼ同化した扉が設けられていた。目を凝らすと微妙に隙間が開いており、既に中に誰かが入ったことが窺える。実際、これまでの念話にて、既に何組もの魔法少女が最下層に到達していたことは把握している。私達は、後ろから数えた方が早い組になる見込みだ。


「すみません。師匠の手がかりを探すのに手間どって、後れを取ってしまいました。遅くなったのは、わたしのせいです」

「いいよ、それが私達の目的だし。とは言え……マナプラントへの突入は、可能な限り全ての組が揃ってからだって話だったけど、本当にみんな待ってくれているのかな」

「念話での作戦内容変更は通達されていませんけど」

「エイリさんがそう言うなら大丈夫かな……いやでも」


『最後の一組。こそこそ話しているの、聞こえてるわ』


 急にルピナスパープルの声が聞こえてきたものだから、知らず識らず身が竦んだ。エイリも目を白黒とさせている。


『貴女達を置いていったら、万全の戦力で挑めないじゃない。いいから早く入ってきなさい』


 念話が切れる。


 エイリと顔を見合わせた後、急いで扉へ手を掛け、引いた。


 外観で受けた薄っぺらな印象よりも重量のある扉を開くと、その先は真っ白な広間に繋がっていた。そばにエレベーターのものらしき出入り口が複数あることから、ここはエントランスホールなのだろうか。


 遮蔽物一つ無い空間。半円の形をしているらしい広間の床は、白い大理石のような材質で埋め尽くされている。天井は遙か上にあるのか、広間全体を照らす眩い照明に阻まれて目視することができない。中へ入ると、私達より早く到達していた数十人もの魔法少女達からの注目が一斉に注がれた。


「やっと来たわね」


 待ちくたびれたとでも言いたげに、ルピナスパープルは苛立たしげに首を傾けていた。手には握られた黒い鞭は、一目見ただけで自分に首輪が掛けられているのだと錯覚させるほどの威圧感があり、カリスマリーダーを務める彼女にはらしい武器だと思えた。


「お待たせしました。遅れてすみません」とエイリが謝る。


 その一方で私は、「あの、もしかして、余計なこと聞こえちゃってました?」と冷や汗をかきながら、ルピナスパープルに尋ねた。


「そうね、何かありそうだってことは予想してたわ。詮索する気はないわよ」

「ご配慮痛み入ります」と私はホッと息を吐いた。人捜しの手がかりを探していることだけ知られるならまだしも、マナプラントを破壊するかどうか迷っていることは隠しておきたい。


「それで、この奥にマナプラントが?」

「十中八九ね」


 私達が入ってきたのは半円の弧にあたる部分で、ここから真っ直ぐ進んだところ――円を分断する白塗りの壁に、如何にも重厚そうな鋼鉄の扉が備え付けられていた。ルピナスパープルはその扉を、いや、その奥にある何かを力強く睨んでいた。


「まだ来ていない組もあるけど、これ以上は待てないわね」


 ルピナスパープルは、手に持った鞭で床をパシンと打つ。それに続けて、彼女からの指令が念話へ発せられた。


『現時刻を以て最下層にいる人員で、マナプラント中枢部へ一斉攻撃を掛けるわ。各員、用意』


 魔法少女達が各々の戦闘準備を整える。ある者は武器を構え、またある者は足下に幾何学模様を投影して呪文の詠唱を始めた。私とエイリも、スタンロッドを、SCARを構えて、奥の扉をへいげいする。


「突撃!!」


 そして、号令に合わせて、魔法少女達は鋼鉄の扉へ進撃した。私とエイリも扉に向かって疾走する――が。


(――なに。この感じ)


 これまで経験してきた死線の蓄積が告げる、第六感。


 不意に、悪寒が空から降りこんでたかのように、背中が寒さに震える。


 私達が扉へ向かうよりも圧倒的に速く、空から何かが落ちてくる、迫ってくる。万事が上手く運んでいるのに、一秒先の未来がバラバラに吹き飛んでいる予感。成すべき事をしようと動く全身の筋肉に、それではいけないというノイズが逆流してくる。


(マズい、マズい、マズい、何かよく分からないけどマズい!)


「全員! 待避! たい――」


 ルピナスパープルが決死の形相で叫ぶ。しかし、その声は虚しくかき消された。


 刹那、空間を瞬く間に満たす轟音が迸った。前触れ無く現れた複数の巨大な質量が、この広間を叩きつけたのだ。

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