第3章 #7
「君はエグゼクター……ということは、対叛魔法少女鎮圧課かな。僕は
頭がクラクラしてきた。
元創造局の人間にして、今は叛魔法少女によるレジスタンスの幹部で、その上リーダーの魔法少女と婚約関係にある……? 情報量が多すぎる。
(どこから突っ込んで良いんだろう、これ)
そんな風に途方に暮れていると、「ココア、冷めちゃうよ」と余裕たっぷりに言われた。「冷めたココアも好きなので」と抗弁しつつ、「ルピナスパープルとはどこで会ったんですか」と馴れ初めを尋ねてみた。
「シオリと会ったのは、創造局に勤務していた頃だね。三年前、マレフィキウムとの戦闘で、大怪我を負って運ばれてきたんだ。僕はただ必死に治療していたんだけど、退院が決まった時にシオリの方からアプローチがあって」
「あ、ノロケは間に合ってます」
「はは、そうだね。そんな感じで色々あった後、シオリから叛魔法少女集会を立ち上げたいと告げられたから、僕もそれについてきたんだ」
ルピナスパープルは怪我を負ったことを切っ掛けに、神鳴市の負の側面、特に叛魔法少女について触れてしまったのだろう。そして、創造局に勤務していたユウヘイという男は、その負の側面を一通り知っていたはずだ。この私のように。だから、この組織を立ち上げるために一役買ったというのは、想像に容易い。
「さて、僕の話ばかりしてもなんだし、ナギカさんの話をしようか」
ユウヘイは眼鏡の位置を調整してから、隣に座る私へ顔を向けた。
「君は今、アイリスブルーとの付き合い方で悩んでいるよね。違うかな?」
顔の表皮が真っ赤に燃える。何か言おうとしたけど舌が回らない。
「大丈夫、僕も通った道だから」
それでも目の前の男は余裕綽々と言わんばかりにコーヒーを啜っていた。
「友愛、情愛、恋愛、何であっても創造局に属する人間と、魔法少女をリタイアした彼女達は立場が違う。だからこそ、本来なら殆どの価値観が正反対になるはずなんだ。僕たちが守るべきものは、彼女達にとっては壊すべきもので、逆も然りだ」
――「本来は敵同士だもの」
ルピナスパープルの言葉が蘇る。彼女もまた、この事実を受け止めていたのだろうか。
「つかぬ事を聞くけど、君がアイリスブルーと出会ってからどれくらい経つんだい?」
「一、二……五日ぐらい」
「五日!?」
ゲフゲフ、とユウヘイが咳き込む。余裕ぶっていた顔をようやく崩せたのは良い気味だった。
「じゃあ、そんなに短いなら尚のこと、君が彼女について回るのに何か理由が必要になる」
「どうして私がついて回っている側だって仮定しているんですか」
「本来の役割から逸脱しているのはエグゼクターの君の方だからね。そして、その理由こそ、先ほど呟いていた『ラン』という人にあるのかな――」
反射的に、身体が動いた。
カップを置いたユウヘイの右手を私の左手で引っ張り上げ、右手は彼の側頭部に手を掛けて、テーブルの上へ叩き付け、押さえ込んだ。
「そこまで貴方が踏み込む必要って」
「ない……ね。君が自覚しているならそれでいいんだ……」
妙に理解が早いところも癪に障る。
もしこの状況を他の魔法少女に見られたら、私の心象は地の果てを突き破って奈落の底へ落ちかねない。そう考えて、理解の早い彼から手を離した。「ありがとう」とユウヘイは眼鏡を直して、「理由はなんだっていいんだ」と再び語り始めた。
「アイリスブルーは、君が一緒に居てくれる理由はそこにあると思っている。それでしかなく、それ以上でも以下でもない。シオリの時もそうだった。僕はシオリに惹かれていたからずっと傍に居ようとしたのに、義務で自分に付き合わせているんだとシオリに勘違いさせてたんだ」
通った道だから、という言葉は伊達ではなかったらしい。
「アイリスブルーもシオリも不安なんだ。僕たちがいつ在るべき場所に帰ってしまうのか、って。与えられた理由や義務に縛られるのは楽だけど、そこに僕たちの心は存在しない。感じ取れない。だから、一方的に突き放される破滅の未来を想像して怖くなるんだ」
たしかに。今の私とエイリの関係を取り持っているのは、彼女の師匠であるランだ。
今の私達は、ランの言葉に盲目的に従っている。易きに流れているだけだ。
「そうかもね。だとしたら、どうすれば」
「気持ちを伝えて。そして、自分の意思で共に在ろうとすることを証明するんだ」
「でも、そんなことしたら、エイリの気持ちが私と違っていたら、結局……」
「アイリスブルーが本当に何を何を想っているかどうかは後で考えればいいから。言わなきゃ伝わらないんだよ」
どうして、この男は余裕を持って上からこんなことが言えるのか。
業腹だった。腹の底がグツグツと煮えて、今にも噴火しそうだ。
「たしかに、貴方達の馴れ初めは病院の中でしたもんね」
旧時代の創作にも、そういうシーンは飽きるほど出てきたし……使い古された定番で、だからこそ、そんなことが現実であったら、特別な出会いだと思えるのは間違いなくて……でも。
私達は、私とエイリはそうじゃない。
「私達は、殺し合いの中で出会ったんです! 貴方達みたいな運命的で特別な出会いなんかじゃない! だから、エイリはきっと……私なんか……」
「特別な出会いなんてない。出会ったから特別になれるんだ」
泣き出しそうな肩が、両手にがっしりと掴まれる。
「君たちを特別同士に押し上げられるのは――君たち自身の心と体だけだ」
彼の瞳は真摯にこちらを見ており、そこには先のような穏やかさや涼しさは欠片も存在しなかった。
「君を救えるのは、君自身だけなんだ」
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