第3章 #13
プラントと言うからには、如何にもな機械や装置で埋め尽くされているものだと思っていた。
けれども、扉の向こうにも機械の類いは全く見当たらず、等間隔に柱が並ぶ緩やかな石段の上を歩いているだけ。雰囲気自体は厳かで、工場ではなく、祭壇、もしくは神殿だと言われた方がしっくり来る。
扉の外と同様にここも照明が眩しいのだが、それ以外にも霧のようなものがたちこめているせいで、視界状況は最悪だった。肉眼にしろAEを経由した視野にしろ、奥に何があるかを知るためには、よほど近づかなければならないだろう。
『――――』
AEの内部スピーカーからノイズが聞こえた。この場所の影響なのかと思いきや、エイリに「ナギカさん?」と声を掛けられた。
「いま、ルピナスパープルから念話があったんですけど、聞いてました?」
「えっ。そうだったの――あ」
もしかしてと腰へ視線を落とし、異常に気づく。
ベルトの中央に備わったスキャン装置が砕けてしまっている。おそらくは、さっきの戦闘で金槌による衝撃波をモロに受け続けたせいだろうか。
念話が聞こえなかったということは、ベルトの機能が全部ダメになってしまった可能性が高い。そうなると、変身の解除も自分の意思では出来なくなる。別のベルトを取り付けて変身を解除するコマンドを発信させるか、生身に直接ダメージを受けることで脳で稼働しているモジュールを機能停止させる他にない。後者に至っては気絶か瀕死の重傷を負っていることになるので、それはそれで別の危機に直面していることになる。
いや、そんな心配を今はしている場合じゃない。ルピナスパープルの念話のことだ。
「それで、なんて言ってたの?」
エイリは俯き気味に、小さな声でゴニョゴニョと答えた。それも聞こえなかったので「もう一回いい?」と聞き返す。
「……本当に、もう一回だけですよ」
「うん」
少し間を空けたあと、気が進まない風にエイリは口を開いた。
「『ワタクシに何があっても構わずに、絶対にマナプラントを破壊しなさい』……って」
付かず離れずの距離で先導するルピナスパープルの背中へ視線を向ける。
その背中はまるで鋼鉄のマントを背負っているかのように圧を覚えるもので、傍目に見ても一歩一歩に重みが感じられた。ルピナスパープルが一言も口を開いていないのは、この場所の雰囲気が厳粛なだけではないのだろう。
(歴戦のルピナスパープルをして、そこまで言わしめるほどの何かがある……のか)
隣に並んで歩くエイリも険相を浮かべており、唾を飲み込むのも辛そうな程に緊張していることが窺えた。彼女にとっても、この場所は『師匠』にまつわる場所であり、ここが空振りになったら二度と会えないのだと思い込んでいるのかもしれない。
私としては、張り詰めた様子の彼女に、繋ぐための手を差し出したいと思った。けれども、今この場でそう提案するのは、この場所と『師匠』に対する想いを踏みにじることだと捉えられるかもしれない。そう理性的になると、彼女へ伸ばそうとした手をそっと引っ込めるしかなかった。尤も、この心配が杞憂だとしても、「そんなことしてる暇があるなら、周囲を警戒してください」と窘めてくることだろう。私はハンドガンを構え、厳戒態勢で進むことにした。
そうして重い足取りで進んでいくと、奥に何か物影が見えた。
霧と眩光でハッキリと視認はできないものの、やはり機械の類いには見えない。おもむろに浮き上がってくるシルエットからは、巨大な樹木だと捉えた方が妥当なように思えた。
(でも……植物?
私が不思議がる一方で、ルピナスパープルの歩みが早くなる。しかし、彼女の歩みはどこか苦しそうで、一歩一歩踏み出す度に、見えない出血が生じているようにも感じられた。私達を無視してまで靴音を響かせて急ぐのは――時間が無いとでも言うのだろうか。
「わたし達も急ぎましょう」
エイリの相貌にもどこか焦りが浮かぶ。彼女もまた、ルピナスパープルの不自然さを感じ取っているのだろう。
コクリと頷き、ルピナスパープルを追い抜くぐらいの速さで進む。すると――
「なに……これ……」
近づいたことで、遠目に見えていた樹木、いや、大樹の全貌が明らかになる。想像だにしなかった異様な雰囲気に、私は呑まれた。
幾星霜の時を経て成長してきたことが窺える太い幹、地表に浮き出るほどに堅牢に張られた根。底のない天井に向かって悠々と伸びている樹冠。大樹は、生命の力強さという概念を私達に語りかけてきているような気さえした。けれども、根幹から枝葉末節まで、大樹は淀み濁った黒色に浸されており、その姿は病的であった。血液よろしく黒い狂気が巡っているようにも感じられる見てくれは、目にした事実を後悔する程に生理的嫌悪を及ぼすもので、ともすれば両目をえぐり出し、心臓を潰してしまいたいと願う自分自身がいることに気づく。
いや、紛い物の破滅願望から頭を振り、冷静さを取り戻す。
冷静さを取り戻してもマズい。これはマズい代物だと、理性、本能、直感、五感、第六感、予感に閃きに虫の知らせまで、ありとあらゆる感覚が満場一致でマズいと叫んでいる。
不意に、背後から呻き声が聞こえてきた。どうしたのかと尋ねようと、追い抜いたルピナスパープルへ振り返り――絶句した。
「ナギカさん……ルピナスパープルが……ルピナスさんが……!」
エイリが嗚咽同然の声をあげる。
彼女の肌がみるみる硬化し、ひび割れていく――否、樹木化していた。
木の表皮が捲れ、軋む音が鳴る。そうした中で彼女があげる呻き声は、さながら地獄の底からの怨嗟であった。四肢は末端から解かれては枝と化していき、枝と化した手足は自分自身をも包んでいく。
「言ったでしょう……ワタクシに何があっても構わずに……アレを……アレを……」
喉も樹皮と化していき、次第に発声機能が失われていく。それにも関わらず、彼女は怒声を振り絞り、私達に渇を送る。それこそが自身の最後の使命であると、言外に含ませながら。
「アレこそが諸悪の根源よ!! 撃て……撃ってえ!!」
彼女はもう、助からない……!
そう直感した私は黒い大樹へ振り向き直り、マルチプルウェポンをバズーカ形態へ変化させて構える。最大火力でのレーザービーム照射は、あと一回可能なはずだった。
エイリもまた、マナで生成した設置砲台を瞬時に複数台展開し、黒い大樹へ砲口を向けた。彼女自身もSCARを構え、引き金に指を掛ける。
今の私達が出せる限りの最大火力。もし、これで破壊できなかったら――
互いに号令を掛け、同時に放つ。
生身の人間であったら五感に機能障害を引き起こすほどの、爆光、爆音、爆風。だが――
「えっ……」
「うそですよね……」
黒煙が晴れる。黒い大樹は健在であった。
傷を負わせることも、枝を折ることもなく、変わらぬ姿でそこにあった。
「当然だ。マレフィキウムに魔法無効化機構を施したようなものだ。そう簡単には倒れん」
靴音が響き、振り返る。
声の主はホクト局長。神殿のような厳かな雰囲気の場所に背広姿とは浮いてはいるが、今はその不調和が却って不気味であった。臨戦態勢の人間が二人居るにも関わらず、局長は靴音を鳴らして、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「局長」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます