第2章 #8

「お! シャケ! あざーすっ」


 翌々日の昼、リコと都合が合ったので、神鳴市の食堂で一緒に昼食をとることにした。


 とりあえず、今日は私もシャケ定食を注文し、約束していたシャケのような何かを渡すと、リコはトレーをスプーンで叩いてキンキンと鳴らして喜んでいた。「みっともないから止めなよ」とは言っておく、一応。


「でさー、ちゃんナギさぁ、精密検査サボったじゃーん」

「あ、バレてる」

「そりゃそう。ドタキャンされたらセンターから激オコメッセが来るし。てゆーか来た」


 頬いっぱいにシャケみたいな物を含んでいるせいで、怒りで膨れっ面になっているようにも見えた。そうか、リコが代わりに怒られてしまったんだ。


「精密検査、予約とるの結構メンドイんだかんね。もう予約とってやんないぴー」

「ごめん……リコ」

「でも、ちゃんナギに任せても予約しないだろうから、またウチが予約しとっから」

「本当にごめん。リコ愛してる」

「ん、よろし。じゃあ今度のシャケもよろぴく」

「さっきシャケ返したばかりなのに」

「やっはー、シャケ錬金マジウマー。本気ウマ走りすぎて大運動会ってカンジ」


 リコはPDAを取り出すや、液晶へ指を滑らせた。おそらく再予約をとってくれているんだろうなと思われたけど、ばつの悪さを覚えながらも尋ねてみる。


「そういえばさ、どうしてそこまでして精密検査に行ってほしいの?」

「ん?」とPDAの操作を続けながらリコは生返事した。


「私、別に持病とかは患ってないし、今までの業務だって何事もなくこなしてこれたんだよね。怪我はあるけど、それは最近だいぶ減ってきたし。だからさ」

「だから?」

「リコが何を心配してくれているのかなって」


 リコの手がピタリと止まる。


「リコ?」

「……次の精密検査、この日でおけまる?」


 妙な沈黙があったけど、私は見せてくれた画面を確認して「じゃあそこで」と答える。


「別に、大した理由はないぴナ。マヂまんぢ。まぁ、意味分からんくらい働いてたし? さすがにダチのことだから心配にはなるっしょ?」

「たしかに……」


 エイリがマーケットで倒れた時のことを思い出す。


 あのときは、生きた心地がしなかった。大したことではないとは思いつつも、医療診断アプリで症状が確定するまでは気が気じゃなかった。


(結局、その軽率な行動のせいで、エイリは創造局に連行されてしまったけど……)


 エイリは大丈夫なのだろうか。そんな想いが脳裏をよぎる。


 しかし、彼女の身を心配する権利は自分には一切無いようにも感じられた。青い魔法少女のことなど一日も早く忘れて何事もない日常へ回帰することを望む、薄情な自分がいることも事実であった。


 エイリとはもう会わない方が良い。彼女に関わる資格は、私にはない。


「ちゃんナギ? やっぱなんかまだ調子わるいん? だいじょぶ?」

「ううん。なんでも」と意識的に口とスプーンを動かす。


 一昨日のことは、どうしてもリコには言えない。


 余計な心配をさせたくないから。正直なところ、髪を乱暴に掴まれたことは誰かに愚痴りたかったけど、平穏な日々のためにぐっとこらえる。


「てかそうだ。マリーピーチの配信見なくていいの?」

「配信? 今日は定期ライブ配信のない曜日だけど」

「それがさ、急に特別配信やることになったって。さっきネットでバズってた」

「そうなんだ」とびっくりした。


 昨日は事務作業に追われていたから、帰ってからネットや配信を視よう、なんていう余力は湧かなかった。その時に何か発表があったのなら、間違いなく見逃している。


「マリーピーチが特別配信かぁ。何やるんだろ」

「内容までは知らんケド」


 リコはシャケとは形容しがたい何かを、幸せそうにスプーンでほじっていた。私はというと、メインのおかずが丸々無くなったこともあって、リコより早く食べ終わっていた。


 だから、リコが食べ終わるまでの間、件のマリーピーチの特別配信を視ておこうと思った。昼以降も事務作業があるのでリアルタイムで視聴することは叶わないので、後でアーカイブされたものを視ることになるんだろうけど。


 PDAでマリーピーチの動画チャンネルへアクセスすると、特別配信はもう始まっていた。配信の視聴画面へ遷移しようとして――それのタイトルが目を引いた。


「『魔法少女VS魔法少女! 想いを懸けた戦い』……?」

「読み上げんな。バカっぽくてハズいし」

「魔法少女同士が戦うなんて企画、よくやろうとしたなぁ」

「需要あるんじゃね?」

「それはそうだけど。どこもやりたがらないでしょ、こういうのって」


 たしかに魔法少女対魔法少女の企画は、視聴者リスナーにとっても望まれているものではある。しかし、それが実現に移されることは諸般の都合により滅多にない。


 魔法少女同士が戦うということは、大量のマナによって生み出された魔法がぶつけ合われることを意味する。スタジオの破壊規模、それに伴う後始末の作業量は、普段のマレフィキウムとの戦いに比して圧倒的に大きなものになる。


 それに、どちらを勝者にしても角が立つし、引き分けにするなら余程拮抗した勝負でないと視聴者リスナーは納得しないだろう。仮に、視聴者リスナーのお眼鏡に適う綿密な台本が出来たところで、魔法少女が思い通りに動く保証はない。過去にあった事例では、企画の終了後に双方のファン同士が言論物理問わず殴り合う事態に発展したこともあった。それは彼女達も分かっているから、当人としても誰もやりたがらないのが普通だ。


 故に、魔法少女と魔法少女が戦うという企画は安易に思いつくモノではあっても、前提や実現可能性、よしんば成功したとしても採算を大きく度外視したものだ。何も考えずに理由もなく、こんな企画を提案したらクビが飛びかねない。


(でも、そんな企画をマリーピーチにやらせるなんて……)


 マリーピーチは、現役の魔法少女の中で最も人気があると目されている。市場へ与えている影響は、往年の最強魔法少女『カトレアホワイト』に匹敵するとの見方もあるぐらいにだ。だからこそ、創造局としては下手を打つことなく丁寧に育てていきたいところだろうに。だから、こんな無茶な企画をやらせることに違和感を覚えた。


(創造局にとって何かメリットがあるのか、それとも……マリーピーチ自身が望んだのか)


 嫌な予感がする。


 深呼吸して気持ちをなるべく落ち着かせてから、配信画面への遷移を試みる。「大げさでウケる」とリコは笑っていたけど――映し出された動画は、予感の的中したものだった。


「どういうこと……」


 マリーピーチの仇敵として晒されていたのは、青いとんがり帽子とクラシカルロリータの叛魔法少女。アイリスブルー――徒花エイリだった。

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