第51話 大丈夫
「美樹ちゃん。ここからどうしようか〜?」
図書館の本棚に身を隠して、優斗と美樹は様子を伺っていた。
「……そうですね。流石にこのまま堂々と向かう訳には行きませんし、人が少なくなるのを待った方がいいかもしれません」
「そうだね〜。とりあえず、夜になるまで隠れて待ってみよう。案外、隙はありそうだもんね〜」
優斗は、思っていたよりも少ない図書館の職員の出入りを見ながら意外そうに呟いた。
「教授から隠れてこんなところにいるなんて……。わたし、今まであまり反抗とかってしたことがないから……なんだか、悪いことをしてるみたいで、少しドキドキします……」
マイペースな優斗とは違って、優等生気質な美樹はこれまでに大人に逆らったことがないのか、少しだけ不安そうな表情で、ぎゅっと服の裾を掴んでいる。
「ふふっ。だ〜いじょうぶ、ボクが一緒にいるんだから。ね?」
悪戯っぽく歯を出して優斗が笑いかけると、美樹は少しだけほっとしたようにくすりと微笑んだ。
「ふふっ。優斗くんが言うと、本当に大丈夫な気がしますね」
「そ〜でしょ? 二人いればなんだって出来るよ! せっかくだもん、楽しんじゃおうよ」
「はいっ!」
反射的に元気よく返事をしてしまい、焦ったようにきょろきょろと周囲を確認する美樹の姿に、優斗は肩を揺らして笑っていた。
「うんうん、気合いはバッチリだね〜。とりあえず、図書館が閉館したら潜り込むとして〜、それまではお喋りでもしていようか?」
「お喋りですか?」
「うん。だって、美樹ちゃんのこと、もっともっと知りたいからね〜」
体育座りをしながら、狭い通路に身を寄せ合う二人の距離は肩が触れるほど近かった。こてんと首を傾げて、照れもせずに真っ直ぐと見つめて言ってのける優斗に、美樹はさっきされたばかりの告白を思い出して、かああと頬を赤らめた。
「ふふっ、普通に話してくれてるな〜って思ってたけど、やっぱりボクの告白のこと忘れてたでしょ?」
「わ、忘れてるわけない、ですよ……。ただ……」
「ただ?」
「この時間が、幸せで……。噛み締めていたんです」
そう言うと、美樹は柔らかい表情で幸せそうに微笑んだ。
(わたしは、まだ自分の気持ちを伝えられていないのに。ずるくて臆病者で……そんなわたしを優斗くんが許してくれるから、今はまだこの関係を崩す勇気がなくて、この時間に甘えてしまうんです)
こんなにも狡い考えの自分に気づいて欲しくなくて、ほんの少しの罪悪感とともに、美樹は少しだけ優斗から視線を逸らす。
優斗の瞳は、いつだって真っ直ぐに見つめてくる。見透かされてしまいそうで、嫌われてしまいそうで、それが美樹は怖かった。
「そうだ、念の為にスタパットを切っておかないと」
「どうしてですか? 音が出ないようにするだけでもいいんじゃ……」
「ボク、こういう鳴っちゃいけないって時に限って、なんでか鳴っちゃうことが多いんだよね〜。今回はさ、鳴っちゃったら本当に困るでしょ?」
「そう言われると、わたしも不安になってきました……。これだけメモしたら、わたしも電源切っておきますね」
「何をメモしてるの〜?」
「その日にあったことを、すぐにメモするようにしているんです。さっき教授を図書館で見かけたことを書いておこうかと思って……」
そう言って、美樹は慣れた手つきでぽちぽちと手早くスタパットにメモを残した。
「書けました。それじゃあ、わたしも音を消して電源を……。……っ!」
ズキン、と頭に痛みが走る。
急な痛みに美樹が頭を抱えると、横で優斗が辛そうな声で呟いた。
「……ボク、なんだか頭が割れそうなんだけど。もしかして、美樹ちゃんも……?」
声を発するのも辛いのか、美樹は優斗の言葉にこくりと頷くと、ふらつく身体で優斗の肩へともたれかかった。
「……ごめ、なさい……。なんだか、ふらふらして……」
いつにも増してか細い声の美樹を、優斗はぎゅっと抱き締めた。
「……大丈夫。大丈夫だから……」
自身も痛みに耐えながら、優斗は安心させるように穏やかな声色で囁いて、美樹の肩を抱く手に力を込めた。
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