第31話 三組に分かれよう

 



「それじゃあ、僭越せんえつながら、仕切らせて貰うね。これからどうするか、なんだけど……とりあえず、ネットや図書館を使って調べてみようか」


 まずは目星をつけたい。その想いから、僕はそう切り出した。それでも、人が消えてしまうかもしれないという図書館に何の用意もせず、不用意に近づくのは良くない、と思い留まって訂正する。


「いや、ごめん。図書館は辞めておこう。まだ、不確定要素が多過ぎる……」


「それなら、まずは教授に話を聞きに行くのはどう〜? 最近、様子がおかしい上に、その図書館の周りをうろうろしてるんでしょ〜」


「それはいいかもしれないね。教授が何か知っているかもしれない」


 僕は優斗の提案に、首を縦に降った。


「調べ物といえばネットや図書館……ってのはわかるんだが、何を調べるんだ? 範囲が広すぎるし、そもそも調べられるようなところに手がかりはないと思うんだが……」


「うん。だからまずは、『死ぬ』って言葉は、元は普通に誰もが知っていることだった。それが隠されるようになった理由とか、誰が何のためにこの世界の常識を捻じ曲げたのか、とか。そういう話に繋がりそうな痕跡を片っ端から調べていくしかないんじゃないかな」


「この世界の成り立ちとかってことか。記憶が消える、歳をとった人間はいなくなる、これが『当たり前』だと俺達が考えてることが、そもそもおかしいんだからな」


「あぁ。後は僕の家にある沢山の本や、今は使っていない部屋も見てまわったほうがいいだろうね。写真のことといい、きっと僕の家には手がかりになるような何かがあるはずだ」


 僕はそう言って腕を組むと、より効率的に情報収集をするにはどうすればいいのか、頭を悩ませた。


「全員で同じ作業をするよりも、三つのグループに別れたほうが効率的だね。僕と真人で僕の家を、情報収集は莉奈と……」


「まぁ、待てよ」


 メンバーの割り振りを言いかけていた僕を、真人が止める。


「こんな感じでは駄目だったかな?」


「いや、内容は問題ない。だけど俺とお前が組んじまったら、女子が一人になるだろうが。それならいっそ、最初から男女ペアにした方がやりやすいだろ、と思ってさ」


 なるほど。確かに気心の知れた真人と僕、莉奈と姫花で組んでしまったら、初対面に近い優斗と美樹が疎外感を感じてしまうかもしれない。


 組み合わせは適当でいいか、と思っていた僕は考えもしなかった。

 相変わらず細かいところで気が利く奴だな、と僕は心の中で真人を賞賛した。


「とりあえず、教授の話は全員で聞きに行くからいいとして……。ネット系が得意な莉奈はそこでいいだろ。教授の話を聞いて、図書館周りを調べるなら既に詳しい美樹が必須で、お前んちはお前がいなくちゃ意味がないから……」


「それなら、美樹と優斗が図書館周り、莉奈と真人がネット関係、僕と姫花で僕の家、でどうだろうか?」


「おう。いいんじゃないか? こっちの方が適任だとか、意見があるなら言ってくれ」


 他に案があるならと真人が促したけれど、誰も反対意見は出さなかった。まぁ、それはそうだろう。二人組で組み分けているのにこっちに変えてくれ、というのは、いくらその方が効率的だといっても、その相手とは組みたくないと言っているように聞こえてしまう。


 やっと打ち解けて、これから始めていこうというのに、そんなことを言い出せるわけもない。

 ただ純粋に、反対する理由がないからなのかもしれないけれど。


「ま、まぁ? 別に反対する理由もないし、これでいいんじゃない?」


 上擦った声でそう言った莉奈の思惑が、真人以外にはひしひしと伝わってきていた。真人と一緒に行動出来るのが嬉しいのだろう。


「それじゃあ、明日からはその二人組で行動して、夕方に研究室に集合して情報交換、でいいかな?」


「いいともー!」


 拳を突き上げて、莉奈が元気よく返事をした。


 流石に、会ったばかりの美樹と優斗を組ませたのは、まずかったのだろうか。

 最初の頃よりは、和やか会話をしているように感じていたが、男女で分かれて会話をした後くらいから、どことなく、ぎこちない空気が流れている気がする。


 それでも、反対意見として出なかった以上、変えようか? なんて今更僕が言い出すのもおかしい。ネット上では長年の友人関係だったようだし、一緒にいれば美樹の人見知りもなくなるだろう。


 僕はそう自分に言い聞かせると、伝えておくべき連絡事項を頭の中でざっと整理した。


「……と、まぁ、どう進めるのがいいかなんて、やってみないとわからないからね。そこを考えるのは後にしよう。とりあえず、朝は各自で現地に集合して、夕方に研究室に集合ってことだけ覚えておいてくれればいいかな」


「そうだね〜。じゃあ、今日は教授の所に皆で突撃! ってして、話を聞き終わったらそのまま解散〜って感じかな〜?」


「うん。そうしようか」


 話を聞いてすぐに帰宅出来るように、それぞれ身支度を整えると、僕は研究室の鍵を閉めた。


「よし。教授の所に行こうか」


「なんだか……少し緊張しちゃうかも」


「僕も個人的に話したことはないけれど、怖そうな感じはしないから、きっと大丈夫だよ」


「……ありがとう、恭哉くん。有力情報、聞き出そうね!」


 姫花はぐっ、と胸の位置で両手の拳を握って力を込めると、僕の目を見つめてはにかんだ。大人しい姫花が見せた元気なポーズに、思わず頬が綻んだ。


 僕がそんなことを考えているとは知らない姫花が、莉奈と美樹のところへ、たたたっと駆け寄っていった。

 思い思いに歩き出した皆の背中を見つめて、僕は小さくため息を吐いた。


「男女で別々に話してる時は、だいぶ打ち解けたと思っていたけれど、僕の気のせいだったのかな……」


 男女別々に打ち解けていた。というところが重要なポイントであると、普段なら突っ込んでくれる真人は、優斗とともに前を歩いている。


「近づいたと思ったら、近づけていなくて。理解出来たと思ったら、理解不能な感情に躍らされて……。人間の感情というのは、目に見えないから難しいな」


 ぽつり、と小さな声で呟いた僕の独り言は、誰に聞かれるわけでもなく、宙へと消えた。


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